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ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第4回:教育熱が高くなると、国が亡びる!?

つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第4回は、親たちの受験熱がもたらす、少子化の未来に迫る。我が子を少しでも“上”の大学に入れようとして費やされる膨大な労力と教育費。学歴社会という共通項を持つ日・中・韓の行く末とは?

馬鹿につけるバカの薬 アイキャッチ

 

韓国、中国でも巻き起こる親たちの受験戦争

 子供の将来を案じない親はまずいません。まして対象が1人となれば、できるだけのことはしてやりたいと思うのが親心。そのためには高い教育、というより、少しでも偏差値の高い学校に我が子を入学させようと、親は必死になり、身を削ってでも教育におカネをかけるようになる。
 こうした傾向が見られるのは日本に限ったことではありません。
 韓国、中国は、その最たるものです。
 日本でも韓国が大学入試シーズンを迎えると、試験開始時間に遅刻しそうな受験生をパトカーや白バイが会場に送り届ける光景が盛んに報じられます。受験会場の入り口には、各高校の後輩が集まり、入場していく先輩を横断幕を手に激励すれば、父兄は閉じられた門の前で、試験中ずっと我が子の合格を祈り続ける。
 韓国では、幼稚園の頃から英語、中国語、日本語を学ばせている家庭が多いそうです。また、ソウル在住のジャーナリスト・キムチョンチョル氏の著書『韓国 行き過ぎた資本主義』(講談社現代新書)には、一例として小学5年生の日常が書かれているのですが、ソウルでは小学生の頃から少なくとも一日に2、3軒の塾を回るのが当たり前とあり、下校時の学校周辺の道路には、子供を塾に送る母親たちの車がずらりと並び、3時間の英語塾での授業が終わると近所で待っていた母親と合流、20分で食事を済ませた後、数学塾へ走っていく。有名塾の人気は過熱しており、入塾試験に合格するための塾まであると書かれています。
 まさに東京のお受験事情と寸分違わぬ光景が繰り広げられているようなのですが、高校になると1年生から「夜間自律学習」なるものが、有名校はもちろん、全ての学校で行なわれているそうです。放課後もすぐに帰宅することはなく、そのまま学校に残り夕食を摂った後、教室で学習が始まるのだといいます。もちろん、自律学習ですから、塾に通う生徒も多いようですが、この自律学習が終わるのは午前零時。それまで教員も待機という凄まじさです。
 韓国は住宅事情に恵まれていないせいで、子供の勉強部屋を確保するのが難しいという事情があるにせよ、教育熱が極めて高いことがうかがえます。ソウルなどの都会の小学生は7、8軒の塾に通う子供たちも少なくないそうですから、家計に占める教育費の割合は相当に高い比率になるはずです。
 かつて、海外でゴルフスクールを経営していた知人が、「韓国では子供に何かしらの才能があると思えば、親は全財産を、あるいは借金をしてでも子供に賭ける。日本人のゴルフ留学生は遊び半分だが、韓国人は違う。自分の将来だけでなく、家族の将来がかかっていることを知っているだけに、取り組み方、ハングリーさが違う」と語っておりましたが、大学受験も同じことがいえるのでしょう。
 子供の学校外教育費に月額30万円を費やす家庭もあるという話を聞いたことがありますが、韓国の平均年収は雇用労働部の「雇用形態別労働実態調査」によると、約320万円。もっとも、大企業と中小企業では大企業が月額約45万9000円、中小企業は20万5000円と2倍以上の差がありますが、いずれにしても複数の塾に通わせれば、費用を捻出するのは相当厳しいと見て間違いないでしょう。
 中国もまた同じです。
 試験会場に向かう受験生を乗せた貸し切りバスを群衆が取り囲み、激励の声援をかける。あるいは試験の最中、孔子像に親が願を掛ける映像を毎年目にしますが、2018年6月7日の米CNBCは、「中国の入試〝ガオカオ〟に合格するためには学校外教育が鍵になる」と報じています。
 また、その中で、「不動産同様、安い塾は指導の質に問題があると親は考える。それが授業料の高騰に繋がっている」と、ある母親の言を紹介しています。
 実際、中国の学習塾市場は1200億ドル(約11兆円)にもなる(FNN PRIMEでは16兆円とも)といいます。2018(平成30)年の日本の教育産業市場規模は2兆6794億円(矢野経済研究所)。高考を受験する中国の高校生は、2017年が940万人、同年の日本のセンター入試が約57万人であることを考えれば、市場規模に格段の差があるのは当然と言えますが、2019年初頭の国民の平均所得は中国全土で月額約10万円(人民網日本語版2019年3月1日)とありますから、年額120万円程度にすぎません。もっとも万事において地域間格差がつきものなのが中国です。中国の統計によると2019年の都市別平均賃金トップが北京で月額1万970元とありますが、1元16円で換算すると、それでも年額210万6240円に過ぎません。
 確かに14億人と巨大な人口を持つだけに、教育産業の市場規模が大きくなるのは当然だとしても、アメリカが11兆円、日本は2兆7000億円。中国は長く不動産投資ブームが続いてきましたし、結婚は男性が家を持っていることが最低条件というのが中国です。ローンを抱えている親が圧倒的多数でしょうから、家計の中に占める教育費の割合は、小さなものではないはずです。

 

受験熱の高い国は、少子化になる

 では、なぜ韓国、中国の親たちは、それほどまでに子供の教育費におカネをかけるのでしょう。
 この二つの国には、かつて科挙の国であったという共通点があります。
 韓国の大学最高峰はソウル大学ですが、〝SKY〟と称されるように、高麗大学、延世大学が三大名門大学とされています。いずれかの大学に合格すれば、文字通りSKY、一気に空に駆け上がり、前途が開けるのです。そして、これらの大学を頂点としたヒエラルキーが完全に出来上がっているのですから、大学ならばどこでもいいというわけにはならないのです。
 全ては学力の高低、しかも入試の点数次第で、その後の人生が決まってしまう。東大や京大同様、1点が合否を分けることになるのですから、受験生はもちろん、親が必死になるのも当然といえるでしょう。

 

合否が人生を左右する!? 親の受験熱が高くなるほど少子化は進む(写真は韓国の大学受験風景)
写真提供:共同通信社
 
 

 中国もまた同じです。
 なんといっても、中国は科挙制度を生んだ国。清の時代に至るまで、長くこの制度の下、官吏を採用してきたのです。科挙がいかに過酷な試験であったかは、浅田次郎氏の名著『蒼穹の昴』(講談社)に詳しく書いてありますので、興味を覚えた方は是非一度読んでいただきたいのですが、制度が廃止されて長い時が流れた今もなお、中国は紛れもない科挙の国といえるでしょう。
 中国には2879校の大学がありますが、政府がランク付けを行ない、その中の112校を「重点大学」、残る2767校は「非重点大学」とあからさまに分類しているのです。
 当然、重点大学の卒業生は、就職活動でも俄然優遇されれば、生涯に亘って能力(といっても学力ですが)の証明となるのですから、大学ならどこでもいいということになるわけがありません。重点大学に合格できるか否かで、人生が大きく変わってしまうのですから、誰しもが112校のいずれかへの合格を目指す。競争が苛烈を極めるとなれば、受験生だけでなく、親も必死になるわけで、評論家の石平せきへい氏によれば、重点大学に教え子が何人合格したかで評価され、さらに年末のボーナスに大きく反映されるといいますから、高校の教師だって必死です。
 試験間際になると、教師、親、後輩が一丸となって受験生を激励するのも韓国と同じなら、各地方で実施された統一試験で、地方トップの成績を収めると、かつての科挙制度の〝状元〟に倣って、「高考状元」と称して褒め称え、街をパレードすることもあるといいますから、これもまた科挙制度の名残そのものです。
 そして、中韓両国ほど極端ではありませんが、日本もまた、紛れもない学歴社会です。AO入試が取り入れられて以来、学力一辺倒のかつての受験のあり方とは大分変わってきたとはいえ、偏差値によって序列化され、上位の大学に入学できるか否かで、その後の人生が変わって来るのは事実でしょう。
 そうした傾向が顕著に表れるのが新卒採用です。
 新卒採用に際して、かつてのように指定校制度を取り入れている企業はありませんが、エントリーの段階で学校名をもってふるいにかけているのは公然の秘密。
 自社が採用対象とする大学の学生以外は、満席を理由に会社説明会にすら参加させないのは、広く知られた事実です。
 一流校に合格できるか否かで、子供の将来が大きく変わる。その現実が、そして不安が、親の教育熱を掻きたてる。我が子の将来を案じ、手をかければかけるほど、砂に水を撒くがごとく教育費は増す一方。
 かくして、平均以上の所得があっても、子供は1人で精一杯。教育費のことを考えれば、子供を産んでも不幸にするだけだと、はなから子供を持つことを諦める夫婦も出てくることになる。
 事実、国立社会保障・人口問題研究所の調査では「理想の子ども数を持たない理由」として上げられているのは、「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」というのが56.3パーセントでだんとつです。
 中国の合計特殊出生率1.8、韓国0.98、日本1.42。ただ、中国の1.8は一人っ子政策の破滅的な結果を覆い隠すためだという異論もあって、ウィスコンシン大学マディソン校イー・フーシェン教授によると(朝日新聞GLOBE 2019年2月20日記事)、2010年から2018年の合計特殊出生率は平均1.18であるという指摘もある。韓国に至っては、1.0を割り込んでいます。つまり、生涯1人の子供も産まない女性の方が多くなっているわけです。
 人口動態統計は、推計の中でも極めて精度が高いと前述しましたが、私たちの年代が生きている間は何とかなっても、かかる現状に決定的な打開策を講じることができなければ、国が持つわけがありません。

 

次回は4月20日(月)に公開予定です。

プロフィール

楡 周平(にれ しゅうへい)

1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。

 
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