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ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第6回:なぜ世界最大のフィルムメーカーは崩壊したのか

新入社員、若手社員、就活生も必読!! つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第6回は、世界最大のフィルムメーカー、コダックが業界トップから倒産へと至った道筋を、「社員の視点」で活写する。「業界のガリバー」とまで称された不動のナンバーワン企業に、そのとき何が起こったのか?

 

「業界のガリバー」と呼ばれた世界最大メーカーの倒産

 実は、私も大企業が崩壊する最中さなかに身を置いた者の一人です。
 正確に言えば、崩壊する直前に現在の仕事に転じましたので最後まで身を置いていたわけではありませんが、繁栄を謳歌する時代を身をもって体験していた分だけ、定年を迎えるその時まで会社があり続けるとは限らないことを、痛切に感じたものです。
 会社が崩壊するまでの過程は、『「いいね!」が社会を破壊する』(新潮社)、『象の墓場』(光文社)に詳しく記しましたが、未読の方もいらっしゃるでしょうから、ここでもう一度手短に書くことにします。
 私が働いていた会社は、世界最大のフィルムメーカーであったコダックです。
 後年になって、富士フイルムにシェアを食われたとはいえ、世界市場ではダントツのシェアを持ち、写真業界のガリバー、アメリカのエクセレントカンパニーとの名声をほしいままにし、フィルムの規格はコダックが決めるという、創業以来業界唯一無二の時代を長く謳歌してきたのでした。
 全盛期には「1ドルの売上げのうち、70セントが利益」と言われただけあって、収益性は極めて高く、アメリカ企業にありがちな「にっこり笑って首を切る」という社風とは程遠く、親子三代にわたってコダックの従業員という社員も珍しくはありませんでした。それほど従業員に優しい会社であったのですが、写真ビジネスが儲かったのにはもちろん理由があります。
 写真の撮影にはフィルムが必要です。撮れば次に現像、そして印画紙にプリントして初めて撮影画像を見ることができる。つまりフィルム、現像、プリントの三段階のプロセスごとに、収益を上げる機会が存在するのです。
 コダックの場合、大半のフィルムは米国内2カ所の工場で製造していましたから、生産効率は非常に高く、その分だけ製造原価は低くなる。現像過程ではケミカルが必要ですが、一旦補充してしまえば大量のフィルムを処理できますからフィルム1本当たりの処理コストは限りなくゼロに近い。印画紙だってフィルム同様、アメリカの工場で集中生産したものを全世界に供給していましたから、これも限りなく製造原価は低くなる。
 フィルムを用いて写真を撮った世代なら記憶がおありでしょうが、90年代の後半頃までは、クリーニング店、書店、文房具店と、町の至るところに『0円プリント』と書かれた看板がやたら目についたものです。フィルムの現像とプリントだけに特化したビジネスを行なう企業のものだったのですが、なぜこんな商売が成り立ったのか。そのからくりは、確かにプリント代は無料でしたが、現像料はしっかり取る。つまり、ケミカル代やペーパー代をただにしても、十分な収益が得られたからに他なりません。
 これが、メーカー系列の写真店になると、現像料はもちろん有料。さらにプリント1枚当たり30円台から40円台。さらにフィルムの販売も行なっていたのですから、かつては町のあちらこちらにミニラボ店が乱立したのも無理のない話ではあったのです。
 ところがデジタルカメラの登場と共に、この業界に暗雲が漂い始めます。
 銀塩写真がデジタルに取って代わるようなことになれば、フィルム販売、現像、プリントの三つのプロセスで収益を上げていたビジネスモデルが成り立たなくなってしまうからです。
 しかし、コンシューマー向けのデジタルカメラの発売が開始された当時、業界人のほとんどはさしたる危機感を覚えてはいませんでした。初期のコンシューマー向けデジタルカメラは、銀塩フィルムに比べて画素数が少なく、画質が劣悪だったからです。画像を出力するデジタルプリンターも同様の問題を抱えていましたし、機械自体が高額でしたから、「撮ったはいいけど、どうやって撮影画像を見るの?」、「銀塩には逆立ちしたって敵わない」、「こんな質が悪くて高いプリントに、誰が高いカネを払うの?」と、写真ビジネスのプロを自任する人間ほどネガティブな反応を示したものでした。
 ところが急速に普及した携帯電話にカメラが内蔵された途端、状況は一変しました。いや、携帯電話にカメラが内蔵されただけだったなら、銀塩写真市場はまだしばらくの間影響を受けなかったでしょう。しかし、カメラを内蔵した携帯電話とほぼ同時期に、インターネットが普及し始めると、業界人のほとんどが全く予期しなかった現象が起きたのです。
 かつて、写真業界では、「若者の写真離れ」、「市場は子供を持った若い夫婦と、写真を趣味にするリタイヤ層」と分析されていたのですが、いち早くブログをやり始めた若者層が、携帯電話で撮った写真をネット上にアップし始めたのです。
「若者の写真離れ」というのは、三つのプロセスを経なければ撮影画像を見ることができない銀塩写真の手間と、高額な料金を支払わなければならない経済的負担に原因があっただけで、いままでなかった遊び方を気軽に楽しめるとなった途端、夢中で写真を撮り始めるようになったのです。
 この現象は、写真業界にとどめを刺すことになりました。
 国内だけでも2兆円からあった市場は、毎年1000億円もの勢いで縮小していきました。もちろんこれは日本だけではなく、世界中で同じ現象が起きたのですから、「業界のガリバー」と称されたコダックもひとたまりもありません。ついに2012年、日本の民事再生法に当たるチャプター・イレブンを申請し、事実上倒産してしまったのです。

 

業界№1の巨大企業がまさかの倒産(写真は米ニューヨーク州のコダック本社)
写真提供:ロイター=共同
 
 

イノベーションの波が大産業を崩壊させる

 実は、私は会社を去る以前、5年にわたってデジタル製品のマーケティングを担当していました。
 コダックは博士号を持つ従業員が最も多くいる企業といわれ、8000人もの博士号取得者がおりましたが、研究開発部門の主流はケミカル系で、デジタル系は傍流とされていたように思います。
 しかし、1975年に世界初のデジタルカメラの開発に成功したのがコダックなら、後に知りましたが、それから程なく「銀塩は2010年までに、デジタルに取って代わられる。その時、写真は1ドルの売上げで70セントの利益から、5セントの利益になる」と、将来を予見したレポートを上げていたのもコダックだったのです。
 このレポートが出たのが1970年。倒産したのが2012年ですから、驚くべき精度。まさに写真業界の未来を予言したものと言えるでしょう。
 もちろん、デジタル関連の仕事に就いていた人間が抱いていた危機意識は、銀塩写真関連の従業員の比ではありません。それに、コダックはIBMの世界最大の顧客でしたから、電子メールどころか、インターネットなんて言葉すらなかった80年代には、メールが、それから程なくしてインターネットの原型ともいえるツールが社内では使われておりましたので、なおさらのことです。
 当然、デジタル関係の研究者たちは、銀塩写真が駆逐される時代が来ることを見越して次々に新製品を開発し、市場に送り出します。
 デジタルカメラで撮影した画像を、高品質で再現するデジタルプリンター。
 色の修正、画像の縮小・拡大は思いのまま、しかも瞬時に行なえる。複数画像の合成や、文字入れ、その他諸々。写真ビジネスを熟知していればこその優れものだったのですが、それはあくまでもソフトの話。画像処理を行なうパソコンは、全てマッキントッシュであったのです。
 当時のパソコンの性能は、現在とは比べようもないほど低く、とにかくよくフリーズする代物で、単純な画像処理はまだしも、データ量が重く、あるいは処理が複雑になると、突然爆弾マークがモニターに現れる。まして、当時はパソコンの勃興期でしたから性能は日進月歩。製品化にこぎつけた頃には、遥かに高性能な新型モデルがリリースされているという有様です。
 それでも開発の手を緩めなかったのは、写真業界が生き残るためには、こうした機器が絶対に必要だと考えていたからです。
 当時、我々デジタル市場を担当する者の間では、インターネットという言葉こそなかったものの、一般家庭のパソコンとカメラ店の機器を電話回線で結び、転送されてきた写真画像を印画紙にプリントする構想がありました。少なくとも我々の間では、フィルムが使われない時代が来る。ならば5セントの利益しか上がらないとされる収益をいかにして高めるかという方向にシフトしていたのです。今にして思えば、これも既存のビジネスをいかにして長らえさせるかという発想の延長線上にあったわけで、前述したようにプリントさえ必要とされない時代が到来したわけですが、こうした構想も、写真ビジネスに長く従事してきた社員には、ほとんど理解していただけなかったように思います。
 我々が着手したのは、画像処理のシステムの開発だけではありません。この技術を応用すべく、「何度でも撮り直しができる」をコンセプトにした証明写真ボックスの開発に着手したこともありました。
 しかし、いざ基本システムが出来上がり、サンプルプリントを披露したところ、「日本のパスポートに使われる写真にはラミネートがかかっているが、色素がにじみ出ることはないのか」との指摘。そこで、外務省にラミネートの材質を問い合わせたところ、「国家機密です!」。さらに「パスポートに必要なのは写真です。そもそもそれは写真なのですか」とおっしゃる。使用中に色素が滲み出したのでは、補償問題に発展しかねません。テストを申し出ても「いち企業の都合で、そんなことはできない」とおっしゃる。
 結局、開発を断念せざるを得なかったのですが、このまま没にするのはあまりにも惜しいので、女子高生が証明写真ボックスに複数人で入り記念写真を撮っているという話を聞き、シールプリントにすればと考え、サンプルプリントを見せたところ、返ってきた答えが、「画質が悪すぎる。こんな低品質のものしかできない代物に、会社の名前を冠することはできない」。
 デジタル事業とは異なりますが、宅配業界大手の一つと組み、「スキー場でも、海でも、旅行先でも、宅配便の窓口で撮影済みのフィルムを預けてくれれば、ご指定の場所に翌日プリントお届けいたします」を売り文句に、『送るんです』というサービスを手がけたこともありましたっけ。
 こちらは、長野県のスキー場でテストを始めたところ、営業部の人間が血相を変えて飛んできて、「こんなこと始めたら、町の写真店に現像依頼が行かなくなってしまう」と猛抗議を受けたものです。
 コンセプトは改めて説明するまでもなく、『写ルンですを送ルンです』。
「現像、プリントがもらえるならば、フィルムはただでくれてやってもいい」とまことしやかに言われていた業界でしたから、日本では圧倒的シェアを持つ富士の牙城を崩す一策となると考えてのことだったのですが、現像・プリントは、各地にある自社の基幹現像所で集中処理を行なうのが前提でしたから、写真店の経営者には脅威と映ったかもしれません。
 もっとも、証明写真ボックスでデジタル処理された写真の色素問題は、今私の手元にある1995年発行のパスポートを見ると、すでに色素が抜け落ちて、消える寸前にまで劣化していますから、全くの杞憂であったわけです。シールにしても、後に『プリクラ』が大ブームとなったことを考えれば、市場性は十分にあったわけですが、これらの経験から学んだことは、「確立されたブランドイメージ、確立されたビジネスモデルを持つ企業ほど、大胆な方針転換を図るのが困難になる」、そして、「業界を知る者ほど、斬新な対策に乗り出すよりも、従来のビジネスモデルにしがみつき、延命を図る傾向がある」ということです。
 まさか携帯電話にカメラが内蔵され、撮影画像をネット上に公開して楽しむ時代が来るとは、私たちも予想していませんでしたが、形態はどうあれ、いずれフィルムがデジタルに取って代わられる時代が来る確信と危機感を抱いていたのです。おそらく銀塩写真の世界で生きてきた人たちも、程度の差はあれ感づいていたはずです。
 しかし、その時点ではコダックは銀塩写真の市場で食っていて、デジタル事業の収益はほぼゼロです。メーカーがあからさまにデジタルに舵を切ろうものなら、カメラ店が「じゃあ、俺たちをどうしてくれるんだ」と反発するのは目に見えています。
 コダック、富士、コニカの3社間で、激烈な競争を繰り広げている最中に、カメラ店が一斉に反発しようものなら、目も当てられません。会社の業績が下がるだけでなく、営業マンは厳しいノルマを課せられています。未達となれば、どんなことになるかは明らかです。
 いつ来るか分からない。来るのは間違いないとしても、将来に備えるために、今の売上げを無くすわけにはいかない。第一、その間、どうやって食っていくんだ。
 明日の飯より今日の飯。なまじ、食えているだけに、意思の統一ができない。結果的に、身動きが取れないことになってしまうのです。
 かように、高収益を上げるビジネスモデルが確立されている企業ほど、過去を引きずるだけに、イノベーションの波にはもろい。そして、ベンチャーはそうした企業のビジネスモデルを崩すことができれば、巨大な市場をそっくりそのまま手に入れられると分かっているのですから、ひとたまりもありません。

 

次回は5月11日(月)に公開予定です。

プロフィール

楡 周平(にれ しゅうへい)

1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。

 
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