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ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第7回:大新聞がネットメディアに敗北する日

新入社員、若手社員、就活生も必読!! つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第7回は、インターネット時代に直面する新聞業界のジレンマ。かつて全国紙の大部数を支えた販売店制度が、今や新しいビジネスモデルへの転換を阻む枷となっている。紙から電子へ。新聞は生き残れるのか⁉

 

紙メディアとフィルムメーカーの類似点

 人口の減少は、言葉の産業を直撃すると前章(第2回)で述べましたが、紙によるメディア、例えば全国紙にも写真産業と同じ構図が見て取れます。
 つい最近まで1000万部を超える世界最大の発行部数を誇ったのは読売新聞ですが、その礎を作ったのはたい光雄氏が編み出した販売手法にありました。
 地域ごとに販売エリアを定め、地元の自営業者に独占的販売権を与えたのです。売れば売るだけ儲けになるのですから、当然販売権を獲得した経営者は部数の拡大に奔走する。新聞は速報性が命です。掲載記事が版を重ねる度に違ってくるとはいえ、国内のほとんどの地域にほぼ同時刻に朝刊が届く配送網が整備されました。
 この全国を網羅する販売網と配送網が、読売新聞を発行部数1000万部超という世界最大の新聞社に育て上げたのです。
 経営的、マーケティング的視点からすると、務台氏が考案したビジネスモデルは実に素晴らしいものです。実際に拡販を受け持つのは販売店ですから、本社の営業担当社員は最低限に抑えられる。しかも、販売店は独立経営ですから新聞社に人件費は発生しません。エリア内は独占販売ですから、取り扱い部数を増やすためには、他紙を食うしかありません。そして、取り扱い部数が増えるにつれ、折り込み広告の収入もアップするのですから、そりゃあ販売店は必死に拡販に動くでしょう。
 当然、他社だって指をくわえて見ているわけがありません。全国紙4社は、読売の後に続き、同様の販売体制を敷いたわけですが、インターネットが出現し、社会に浸透していくにつれ、情報産業のありかたは激変します。
 速報性という点において、新聞はネットに敵いません。紙面という物理的な制約もネットには存在しませんから、伝える情報を選択する必要もない。それこそ、網羅しようと思えば大小様々な情報をもれなく、瞬時にして読者に伝えることができるのです。
 しかも、紙媒体からネット配信に切り替えれば、販売店へのマージン、販促費用の援助や報奨金、印刷所や紙の費用も、全国に張り巡らした配送網も全て不要になるのですから、利益が倍増するどころの話ではないでしょう。今後、人口減少は地方においてますます顕著になるでしょうから、配送網を維持できなくなる日もいずれやって来るはずです。生き残るためにも、ネット配信により一層力を入れるべきなのは、新聞社も重々承知のはずなのですが、ここで問題になるのが販売店の存在です。
 日本ABC協会の調べによると、各全国紙の発行部数は2019年で、読売=830万部、朝日=566万部、毎日=250万部、日経=240万部、産経=140万部もある。もちろん、これは紙での発行部数ですから、配達するのは販売店。そのほとんどが、新聞の配達で生計を立てているわけです。
 読売新聞1社で4000店もの販売店を持っているそうですから、紙で発行している新聞を電子に移行すれば、たちまち経営が成り立たなくなるのは目に見えています。
 その時、間違いなく販売店は猛反発するでしょう。それならとばかりに、廃業する販売店が続出ということにもなりかねません。この10年だけでも全国紙の販売部数は1000万部も減少しているのに、ただちに電子版の購読者が減少分を補って余りあるほど増えるならともかく、経営が危機的状況に陥る新聞社だって出て来ることにもなりかねません。
 私はそこに、かつて写真産業が直面したイノベーションのジレンマを見る思いがするのです。
 今までのビジネスモデルが通用しない時代が近づいていることを察知しつつも、新しい時代の波に乗り換えれば命取りになりかねない。いずれネット配信が主流になるにせよ、移行期をどう凌ぐか、どうやって事業規模を維持するか。
 経営を取り巻く環境が厳しさを増す一方となっても、現時点ではとりあえず「食えて」いるとなればなおさらのことです。
 しかし、来るものは必ずやって来るのです。それはアメリカの例を見れば明らかです。
 様々な見方はあるものの、アメリカには全国紙と言える新聞は、『USA TODAY』と『ウォール・ストリート・ジャーナル』の2紙とされています。有名な『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』は日本でいう地方紙と位置づけられています。
 リーマンショックを機に、広告収入が激減した『ニューヨーク・タイムズ』は、倒産寸前にまで追い込まれましたが、その後電子版の有料販売に重点を置く方針を打ち出した結果、2014年の時点で90万人程度しかいなかった電子版の購読者が、16年第3四半期末では156万3000人、17年同期に248万7000人、18年同期には309万5000人にと激増しました(「この10年で1000万部減…日本の新聞に再生の芽はあるか」 下山進 現代ビジネス〈講談社〉2019年2月9日)。
 もちろん、これには『ニューヨーク・タイムズ』が電子版の普及に力を入れるに際し、様々な工夫を施したこともありますが、18年の時点での紙版の発行部数は平日で57万1500部、日曜版で108万5700部だそうですから、現在では電子版の購読者数が紙を遥かに上回っているのです。
 電子版への移行が成功を収めた最大の理由は、アメリカの新聞業界には販売店制度がないからです。アメリカにも宅配はありますが、日本ほど普及しているわけではなく、通勤、通学の途中でニューススタンドで購入するのが一般的です。
 加えてアメリカでは、全国紙よりもローカル紙がよく読まれているという事情もあるでしょう。
『USA TODAY』、『ウォール・ストリート・ジャーナル』は全国紙ですが、前者は紙面は薄く、主にホテルなどの新聞サービスの需要が高く、後者は株や経済関係の記事がメインですが、地域によって販売開始時間が異なることから、投資家や金融関係者が手にする頃には既知の情報となってしまっているのがネックとされていました。ローカル紙が好まれているのは、地域のガレージセールであったり、新規開店のレストラン情報であったり、日頃の暮らしに有益な情報が掲載されるというのが理由の一つにあるのですが、これらは広告で、ローカル新聞社の貴重な収益源であったのです。
 しかし、インターネットの普及によって、広告はネットという流れが急速に進みます。購読者が減少すれば広告の効果は薄れてしまいますし、情報提供者はネット広告によって告知費用が軽減できるのですから、ローカル紙の経営が持つわけがありません。
 かくしてローカル紙の廃業が相次ぐことになったのですが、こうした現象が『ニューヨーク・タイムズ』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』のような新聞社に有利に働いたのです。電子版には情報の時差がありません。市場情報も国内外のニュースも、全国どころか全世界の購読者が同時刻に入手できるのです。電子化に踏み切った結果、刷って、あるポイントまで運ばなければ情報を届けられなかった紙媒体の欠点が解消され、購読者層がアメリカ全土、さらに世界へと広がったのです。

 

新聞社は宅配から電子版への切り替えが生き残りの鍵
(写真は米ニューヨーク州のニューヨーク・タイムズ本社)
 
 

 果たして、『ニューヨーク・タイムズ』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』のような思い切った改革が、日本の新聞社にできるのでしょうか。いままで、社業を支えてきた販売店の反発を無視できるのでしょうか。
 最近、テレビの情報番組には、元全国紙の新聞記者で、現在ネットメディアの編集長、あるいは経営者を肩書きに持つ方たちが頻繁に登場しますが、その大半は比較的年齢が若いように思います。
 待遇の恵まれた大新聞社を辞してまで新興媒体に移るのは、全国紙のビジネスモデルに限界が来つつあることをいち早く察知し、ネットメディアが取って代わる時代になると、確信しているからではないのか。
 私には、そう思えてならないのです。

 

次回は5月18日(月)に公開予定です。

プロフィール

楡 周平(にれ しゅうへい)

1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。

 
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