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ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第8回:EV車時代の到来で、日本の自動車メーカーに勝算はあるか⁉

新入社員、若手社員、就活生も必読!! つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第8回は、日本の基幹産業たる自動車メーカーの“これから”を掘り下げる。業界の覇者ほど、イノベーションの波には弱い。世界の主力がEV車へと移行しつつある今、産業構造の大転換を迫られる日本の自動車業界がとるべき道とは?

 

日本を支える自動車産業も例外ではない

 現在の日本を支える代表的な産業といえば、自動車が真っ先に上がるでしょう。
 自動車産業の裾野は広く、下請け、孫請けと、大中小のいかんを問わず、膨大な数の企業がこの産業の恩恵にあずかっているのは周知の事実です。
 しかし、この業界にもイノベーションの波が確実に押し寄せています。
 それが何かはいうまでもありません。
 電気自動車(EV)の出現です。
 EVは自動車といっても、内燃機関を用いる従来の車とは似て非なるものです。電力をエネルギー源としてモーターで走り、部品点数に至っては従来の自動車の10分の1程度とされています。
 日本の自動車会社は、系列に部品製造メーカーを持っていますし、内燃機関に用いる部品は、EVとは異なるものが数多くあります。それ以前に部品点数が10分の1になれば、傘下の部品製造メーカーが現在の事業規模を維持することはまず不可能でしょう。
 次世代の自動車の動力を水素に求めたのは、自動車部品メーカーの経営を維持する目的があってのことでしょうが、そもそも水素自動車が広く普及することはあり得ない話だったのです。
 最大の理由は燃料の供給インフラです。
 水素燃料の供給ステーションを1軒設けるのに要する費用は4億円といわれています。近年、ガソリンスタンドの廃業が相次いでいますが、その理由は法定寿命を迎えた燃料タンクを入れ替えようにも費用が捻出できない、入れ替えたにしても、採算が取れないからだといいます。
 タンクの入れ替え費用は2000万円ほどといいますが、採算が取れないというのは二つの理由があるように思います。
 一つは自動車の燃費が格段に上がったことです。
 ハイブリッド車(HV)が登場して以来、燃費性能は格段に上がり、いまやリッターあたり20キロ、30キロの性能を謳う自動車はざら。プラグインハイブリッド車(PHV)に至っては、フル充電で40キロ走ると謳っていますから、買い物程度ならガソリン消費はゼロ。毎日充電していれば、ガソリンを補給するのは、年に数回あるかないかということになるでしょう。
 加えて高齢化は進む一方で、国内の販売台数は減少傾向。まして高齢者ドライバーが問題視されている昨今の状況では、免許証を返納し、自動車の運転を諦める人が激増するのは間違いないでしょう。
 ならば、その穴を埋めるのが若者になるのかといえば、そうはならないでしょう。
 我々の世代には、自家用車の所有は一人前になった証というか、購入するのが当たり前と考えていた節がありますが、今の若者はそうではありません。
 現実的というか、合理的というか、公共交通機関の方が安くて便利、どうしても自動車が必要な時は、借りればいいと考えているのです。
 実際その通りではあるのです。自動車の維持コストは決して安くはありません。定期点検、車検、ガソリン、保険、自動車税と、自動車を所有しているだけで、基本的なコストが発生しますし、住環境によっては毎月駐車場代だってかかるのですから、小遣い程度の出費では済みません。
 都市部を中心にカーシェアビジネスが急速に拡大しているのは、使用料を払うだけで済ませる、無駄な出費は極力控えるという意識の表れというものです。
 かくしてガソリンの需要は減るばかり。2000万円の費用でタンクを入れ替えても採算が取れないというのに、個人にせよ、企業にせよ、4億円もの大金を投じて水素ステーションを始めようという人が現れるわけがありません。
 ならばEVはどうなのか。
 EVの動力源はモーターですから、必要なのは電気です。いうまでもなく、どんな辺境の地であろうとも、人が住んでいる場所には必ず電力が供給されているのが日本です。しかも、自家用車の9割が1日の走行距離は40キロ未満といいますから、現時点でPHVに搭載されているバッテリーですら、使用後に自宅で充電すれば十分に事足りることになります。
 こういうと、「いったい、そんな時代がいつやって来るんだ。充電には時間がかかるし、走行距離だって……」という声が聞こえてきそうですが、それは技術の問題ですから、解決される日がそう遠からずしてやって来るでしょう。
 考えてもみて下さい。ご自分が生まれた頃の社会と現在の社会の有り様を。
 私は1957(昭和32)年に岩手県で生まれました。
 幼い頃の記憶にある光景といえば、もちろん自動車は走っていましたが、道路は未舗装、水田を耕す際には牛、農家の中には荷物運びに牛車や馬車を使っているところすらあったのです。実際、町には馬鍛冶があって、立派に商売として成り立っていましたからね。
 テレビに接したのは、幼稚園の頃、『ブーフーウー』を見たのが最初です。我が家にテレビがやってきたのは、小学生になってから。電話を持つ家は少なく、使用に際しては電話機についたハンドルをグルグル回し、交換手を呼び出して、相手の番号を伝えて繫げてもらう。母親の実家は旅館をやっていたので、電話はもちろん、テレビもいち早く購入したのですが、夜になると近所の人たちが押しかけ、電話に至っては電話機を借りに来たり、取り次ぎの電話が頻繁にかかってきたりしたものでした。もっとも当時の岩手は「日本のチベット」と称されていましたから遅れていたのかもしれませんが、地方の中小都市も似たようなものであったでしょう。
 それが、いまやどうです。田畑の中に立派な道路が張り巡らされ、東北自動車道も整備されました。鉄道だって蒸気機関車はディーゼルに、そして電気機関車から新幹線です。
 住環境だって激変しました。
 東京で生活を始めたのは1976(昭和51)年のことでしたが、一般家庭ですらエアコンはほとんど普及していませんでしたし、学生のアパートに至っては皆無でした。自動車だってそうです。その頃の自動車は、エアコンは標準装備ではなく、夏になると窓を開け放ち、流れ込む風で暑さを凌いでいたのです。そうそう、冬になるとなかなかエンジンがかからず、チョークを引いてエンジンをかけ、しばらく暖機運転をしなければエンストしてしまうのでしたね。
 オフィス環境だって同じです。
 私が入社した当時はコピー機やファックスがやっとオフィスに導入され始めた頃で、海外とのやり取りはテレックス。ワープロなんてものは影も形もありませんでしたから、社内には文書室なるセクションがあって、公的書類は和文タイプライターでしたね。タイプといえば、英文書類を作成する際に用いたのは欧文タイプライターで、タイピストの資格を持った女性社員もいましたっけ。
 コンピュータはもちろん、パソコンもすでに業務に用いられていましたが、何をやるにしてもプログラミング言語を勉強し、プログラムを書かなければならない。誰もが使えるマシーンではなく、たいが大きい割にモニターは小さく、性能に至っては今とは比べものにならないほど原始的なものでした。
 それが僅か15年。会社を辞めた頃(1996年)のオフィスといえば、海外も含め社内のやり取りにはメールが使われ、後のインターネットのテスト版が早くも使われておりました。コピー機はもちろん、ファックスなどは一般家庭ですらあって当たり前。ビジネスパーソンの伝達手段もポケベルから携帯電話へと代わりつつありました。
 そして、会社を辞めてから24年。約四半世紀経った今、携帯電話はスマホが主流となり、静止画、動画、録音、音楽、辞書、情報、計算機と挙げればきりがないほどの機能を搭載した生活に必要不可欠なツールとなりました。ファックスや固定電話の使用者は減少の一途。買い物にしたってネット通販サイトにアクセスし、ポチっとやれば翌日には届いてしまいます。
 交通の便も劇的に良くなりました。東京では、地下鉄の整備が進み、各鉄道会社間の相互乗り入れも始まりました。その昔、高額なゆえに一般庶民には縁遠かった空の旅も、LCCの登場によってもはやバスや鉄道同然、気軽に使える交通手段となりました。そして、今度は新幹線に代わってリニアです。
 生まれた頃の社会を思えば、現代社会はまさにSFの世界そのものです。技術は、かように凄まじい速度で進歩するものなのです。
 そして成功した後、開ける市場が大きければ大きいほど、開発速度の加速が増すのが技術の世界です。
 パソコンがそうですね。
 私が本格的にパソコンを仕事に使うようになったのは、IBMの5550が発売されてすぐのことでした。このマシーンはもっぱらホストコンピュータの端末とワープロとして使われていたのですが、プログラムを独自に作成すれば、他の業務にも使うことができました。そこで独学で言語を学び、業務にも使っていたのですが、そこにアメリカ人の上司がマッキントッシュを持ち帰ってきたのです。
 一目見た瞬間、もの凄い違和感を覚えました。操作があまりにも簡単過ぎる上に、ミスタッチをすると、なんだか変な音が鳴る。アイコンにしたって、漫画チックで、オモチャのように思えて職場に置くことに妙な感じがしたのです。
 しかし実際に使ってみると、その便利さ、機能の豊富さ、快適さに目を見張りました。しかも、いままでプログラムを個人で書かなければならなかったのが、ソフトで動く。驚愕は感動に変わり、以来熱狂的なアップル信者になったのです。
 ただ、残念なことにアップルが戦略を間違えたこともあって、爆発的な普及とまではいかなかったのですが、そこに登場したのがマイクロソフトのウインドウズです。
 ホストコンピュータとの互換性を全く持たないマッキントッシュの弱点を、ウインドウズは見事に克服したのです。業務にもパーソナルユーズにも使えるのですから、売れないわけがありません。ウインドウズOSは世界を席巻し、マイクロソフトは瞬く間に世界有数の巨大企業へと成長を遂げることになったのです。

 

ベンチャーが既存のビジネスモデルを破壊する

 こうして、当時の情勢を振り返ってみると、アップルにせよマイクロソフトにせよ、紛れもないベンチャーです。たった数人で起業した小さな会社が、短期間のうちにこれだけの成功を収めた一方で、資金量、人材、施設とあらゆる面で絶対的優位にあった名だたるコンピュータ関連企業が、なぜ両社のようなOSを開発できなかったのか。なぜまんまとベンチャーにしてやられてしまったのか。
 それについての私見は章を改めますが、ベンチャーが狙うものは一つしかありません。それは、大きな市場に君臨する企業を倒す技術を開発すれば、その市場がそっくりそのまま自分のものになるということです。
 まして、ベンチャーには過去のしがらみがありません。組織の合意を得る必要もない。革新的な技術をものにし、市場を牛耳ることができれば、ルールは自分たちで作れる。だから市場が大きければ大きいほど、新技術の開発に必死に取り組むのです。
 かつて、携帯電話が登場した当時、使用可能圏内は東京では23区内がせいぜいだったと記憶しています。室内やビルの陰に入れば、圏内でも通話不能で、「全国どこでもなんていつのことになるやら。第一、膨大な数の中継局が必要になるわけで──」と、したり顔で語る人が少なからずいたものでした。高額な使用料もネックになると語っている方もいましたが、これも振り返ってみればというものです。
 いまや日本全国どころか、世界のどこにいても、即座に電話が繫がります。電話は一家に1台どころか、一人に1台の時代になりました。持って当たり前、繫がって当たり前の時代になってしまうと、過去の難点など綺麗さっぱり忘れてしまう。「そんな時代もあったよね」で片付けてしまうのが人間の常なのです。
 EV搭載用のバッテリー開発は、主に大手企業の間で競争が繰り広げられていますが、問題は次世代の自動車はEVという流れが出来上がった時、日本に限らず既存の自動車メーカーに勝ち目はあるのかという点です。

 

日本経済を支える自動車産業。既存のビジネスモデルはもはや通用しない
 
 

 日本の自動車メーカーのビジネスモデルは新聞業界と酷似しています。自社系列の部品製造メーカーを傘下に持っていることは前述しましたが、販売に際してはエリアごとに販売店(ディーラー)を持ち、営業活動やメンテナンスを一任しています。
 ところが、今現在世界最大のEVメーカーであるテスラは、ディーラーを一切置かず、受注のほとんどをネットを介して行なう方向で動いているのです。とどのつまりはネット通販というわけですね。
 この販売手法の最大のメリットは、中間マージンを完全に排除できる点にあります。改めて説明するまでもありませんが、ディーラーは多くの営業マンとメンテナンススタッフを抱えています。その全員が給与を得ているわけですし、営業マンには業績に応じてボーナスが支払われます。またディーラーにはメーカーから販売促進費や報奨金等々、多額の販売支援金が与えられているのですが、これらの金額が上乗せされたものが販売価格になっているわけです。
 加えて、メーカーは販売促進の一助として、テレビや新聞、雑誌を介して、多額の費用を投じて広告を打っているのですが、テスラは一切行ないません。
 さすがにメンテナンスを行なうサービスステーションは置くものの、ディーラー網を持つことに比べれば、コストは微々たるもの。テスラは、そこで浮いたおカネを車両の値引きに使っているのです。もちろん試乗はできません。しかし、購入から1週間以内、走行距離が1600キロ以下ならば返品可能。代金も全額払い戻されるのです。
 しかも、車をコントロールするソフトウエアは、衛星を介して常にアップデートされ、不具合があれば即座に改良される。常に改善、改良が加えられ、そのたびに性能や機能が向上していくのです。
 もっとも、テスラのEV観点は車体価格です。2008年に初めてリリースされた『ロードスター』は1000万円、2016年にリリースされた『モデル3』が500万円。しかし、それでも2018年のアメリカの販売台数ランキングではEVしか販売していないにもかかわらず14位。すでに三菱やボルボに優るのです。しかも、GM、フォード、トヨタと大手他社が軒並み前年を下回る中、テスラは対前年比187.6パーセントもの高い販売実績を挙げているのです。
 テスラがこのビジネスモデルをもって、日本に本格参入してきたら、果たして日本の自動車メーカーは太刀打ちできるのでしょうか。いや、テスラだけではありません。アメリカはもちろん、海外にはEVの製造開発に特化しているベンチャーはたくさんあって、販売に際してはテスラのビジネスモデルに倣った戦略を取るでしょう。
 もちろん、日本全国津々浦々にまで電力網が行き渡っているとはいえ、EVが普及するには解決しなければならない問題点が多々あります。マンションの駐車場にはそう簡単に充電設備を設置できませんし、自宅から離れたところに駐車場を借りている人もたくさんいます。高速道路のサービスエリアの充電施設の整備だって必要になります。
 しかし、今後地方の人口は確実に減少します。燃費が向上する一方で、地域の人口が減少すれば、間違いなくガソリンスタンドの経営は苦しくなるはずです。廃業が相次げば、ガソリンスタンドまで10キロ、あるいは20キロの距離をただ給油目的で走らなければならない地域も数多あまた出て来るはずです。
 その時、購入者の関心はどこに向かうのでしょうか。戸建て住まいが多い田舎なら、乗り換えるならEVということになるのではないでしょうか。
 そうした流れができた時、既存の自動車メーカーはどうするのでしょう。EVの需要が高まり、量産化に拍車がかかれば製造コストは安くなる、それすなわち、販売価格を安く設定できるということです。車の購入は通販で、気に入らなければ返品可能、しかも全額返金。
 部品メーカーを傘下に置き、ディーラー網を整備しと、長く業界に君臨してきた自動車メーカーが築き上げたビジネスモデルが通用するのでしょうか。それとも、過去の一切合切を打ち捨ててでも、新しいビジネスモデルに乗り換えることができるのでしょうか。
 今年1月、ラスベガスで開かれた『CES2020』で、トヨタ自動車が富士山麓にスマートシティを建設する一大プロジェクトを公表しました。かねてより、同社社長の豊田章男氏は、「自動車産業は生きるか死ぬかの瀬戸際にある」と危機感をあらわにしていましたが、これは、今までのビジネスモデルが通用しない時代がすぐそこまで迫っていることに気がついているからに違いありません。
 ベンチャーが、既存のビジネスモデルを破壊するところに大きな市場が広がると考えるのなら、豊富な資金、人材を持つ大企業は、持てる資源をフルに活用しベンチャーに優る壮大な構想を立てずして生き残りはかないません。だからこそのスマートシティなのですが、このプロジェクトが成功しても、従来のビジネスモデルからの転換を図るに当たっては、多くの血が流れることは避けられないでしょう。
 願わくは、新しいビジネスモデルの中で、内燃機関を用いた自動車の開発に従事してきた技術者、傘下の部品会社やそれに連なる関連会社、そしてディーラーで働く社員の方々を活用できる策も考えておられればいいのですが……。

 

次回は5月25日(月)に公開予定です。

プロフィール

楡 周平(にれ しゅうへい)

1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。

 
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