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ビジネス小説の第一人者・楡周平が「ニッポンの大問題」を斬る!!【馬鹿につけるバカの薬】第13回:コロナ禍で露呈した東京一極集中の悪夢

新入社員、若手社員、就活生も必読!! つねに時代の先を読み、予測を的中させてきたビジネス小説の旗手・楡周平が、ニッポンの近未来に警鐘を鳴らす! もはや政治家、官僚に任せてはおけない。すべての日本人を覚醒させる一刀両断のノンフィクション。
第13回は、東京一極集中の危険性に迫る。政治から文化まであらゆる機能が集中し、平時には圧倒的な利便性を誇る大都市が、一旦災害に見舞われるとどれほど危機的な状況に陥ってしまうのか。対して、緊急時において強さを発揮する「地方の適応力」とは?

如実に見せつけられた一極集中の危険性

 5月に入っても、世界中の多くの国が新型コロナウイルスの感染拡大に苦しんでいます。
 日本は爆発的な感染拡大には至らず、収束傾向にあるものの、いまだ一定数の感染者が出続け、社会は自粛ムード一色です。この状態が続けば、飲食業や観光業、交通産業を中心に倒産が続出し、生活困窮者が数多く出てくるでしょう。
 危機や悲劇は、その後の人間の生き方に教訓を残すものです。
 今回のコロナ危機であらわになったものの一つに、人口や機能が一極に集中した社会が、いかに危険で脆弱であるかという問題があります。
 日本は総人口の約10パーセントもが東京に集中しています。
 大中小、膨大な数の企業が拠点を置き、政治、官庁、金融、メディア、芸能はいうに及ばず、あらゆる分野が東京を中心に回っています。そして、そこに発生する雇用が地方在住者、特に若者を吸い上げてきたのです。
 確かに東京は魅力的な都市です。交通のインフラは整備されているし、仕事だけではなく、娯楽施設や文化の面でも充実した環境が整っています。しかも、これだけの人口がありながら清潔で安全が保たれてもいる。世界のどこを見ても、東京ほどの条件が整っている都市はありません。いや、唯一無二の都市であると断言してもいいでしょう。
 しかし、それも平時であればの話です。
 目に見えないウイルスの感染が拡大し始めた途端、まず最初に危機が叫ばれたのが医療機関の対処能力です。
 医療大国を自任し、実際世界に類を見ないほど充実した保険医療制度を整えていたはずにもかかわらず、ICU、隔離病棟、人工呼吸器、ECMOエクモを扱える医療者の数が絶対的に不足している。PCRの検査機能が追いつかない。想定外の事態への備えが何らなされていないことが明らかになってしまったのです。
 もっとも、今回のコロナ危機ほどのパンデミックはスペイン風邪以来のことですから、およそ百年ぶりのこと。ビジネスの世界でも、いつ訪れるか分からないピークに対応できるよう、施設や機材、機能、人員に、常に余裕を持たせておく企業はありません。まして1400万人もの人口を抱える東京で、いつ起こるか分からないパンデミックに備えて医療機関を設けようものなら、莫大な設置費用を要する上に、継続的に維持費が発生します。過剰設備、経費の無駄使いという批判が噴出するに決まっていますから、それこそ言うは易く行なうは難しというものでしょう。もちろん、それは地方でも同じことがいえるのですが、有事に際して限られた設備、人員をいかにして有効に活用するかについてのマニュアルを整えていなかったどころか、日本での感染拡大が見られるまでに、中国や韓国よりも時間的余裕があったにもかかわらず、ついぞ対処策を講じてこなかったのは、余りにもお粗末に過ぎます。
 この点は大いに反省すべきで、今後の教訓としなければなりませんが、それ以前に感染を防止する上で最も重要なのは、いかにしてウイルス感染しないかは、個人の努力にあるということです。
 今回の危機に際して、国や行政機関から〝3密〟(密閉空間、密集場所、密接場面)を避けるよう、再三要請がありました。
 感染者と接触さえしなければ、感染が拡大することはありません。二週間、3密を避ければ、早期のうちに収束したはずなのです。
 もちろん、これも言うは易く行なうは難し。都市部に居住していれば、食料や日用品の買い出し等、外出を控え、外部との接触を完全に遮断して生活するのは困難です。政府や行政が要求した80パーセントの接触を断つことすら容易なことではありません。
 さらに、都市部に人口が集中する最大の要因は職を求めてのことですから、会社が休業に踏み切らない限り、出社を強いられることになります。
 職場が機能停止に陥れば、収益は得られません。その一方でオフィスの賃料、人件費等の固定費は何もしなくとも発生します。
 非常事態が宣言された以降も、電車に乗って職場に通勤するビジネスパーソンの姿が連日報道されました。大都市の企業は、いわゆるオフィス街といわれる地域に集中していますから、週一回の出社としても通勤者を劇的に減らすことはできません。
 業績が低下すれば収入が減る。倒産しようものなら路頭に迷う。まして、状況が状況です。事態が長引けば倒産する会社が続出し、新たな職場を探す人で溢れかえる。再就職も極めて困難になる。かくして生活を維持するために、命がけで職場に向かわざるを得ない。
 しかし、こんな思いを抱いた人が少なからずいたのではないでしょうか。
「誰が好き好んで、こんな時に会社になんか行きたいもんか……」
 もちろん、平時に比べれば、通勤時の混雑が緩和されたのは事実です。出張者や旅行者も格段に減り、新幹線の利用客はかつてないほど激減しました。大企業やIT技術を駆使する会社はテレワークを取り入れ、さらにデパートや商店が営業自粛に踏み切ったこともあって、繁華街から人が消え失せました。
 さて、そうなるとたちまち窮地に立たされたのが個人経営者です。
 人が減るのは、客が減るのと同じこと。人通りと客の入りは別とはいうものの、人が集う場所に商機がある。結果的に、そうした場所の家賃はもれなく高額になるものです。平時であれば、繁盛するか否かは、それこそ経営者の才覚次第。評判になれば、人通りが多い分だけ、より多くの客の入りが見込めるわけですが、今回のような想定外の事態が起きてしまうと、地域全体の活動が一斉に停まり、好立地であるがゆえの高額な家賃や人件費が、全ての店に重い負担となってのしかかってくることになったのです。
 さらに今回のコロナ禍では、治療の最前線で戦う医療関係者の必需品であるマスク、防護服、フェイスガード等の感染防護用品や、人工呼吸器等の医療機器の不足が問題になりました。
 その原因は前章(第12回)に記したように、供給の多くを中国に頼る構造が定着してしまったことにあります。
 豊富な労働力。安価な人件費。巨大な市場に魅せられ、世界中の企業が中国に進出し、生産拠点を移した結果、の国は〝世界の工場〟と呼ばれるようになりました。誰もが、それを経営的見地から正しい選択と思い込み、何の疑問や危険性も覚えることなく、我も我もと生産拠点を移転した結果、あらゆるものの製造拠点が一国に集中してしまったのです。それも、指導部の一言で全てが意のままになる共産党の一党独裁国家にです。
 真偽のほどは、これから明らかになるでしょうが、5月4日のNHKニュースは「中国政府は新型コロナウイルスの危険性の詳細をことし1月にWHO=世界保健機関に報告する前に、国外から大量の医療用マスクや防護服などを輸入していたということです。一方で、中国製の医療物資の輸出は大幅に減っていて、中国政府は、医療物資を確保する動きを隠すため、輸出の規制を否定し、貿易量の公表を遅らせたほか、ウイルスの重大な危険性も国際社会にあえて公表しなかった可能性が高いと結論付けています」と、アメリカ国土安全保障省の内部文書を米国メディアが入手したことを報じました。
 外交は常に権益を巡る戦いです。良好な関係でいられるのも平時の間だけ。一旦、自国が危機的状況を迎えれば、他国のことなど構ってはいられません。優先すべきは、自国以外にあろうはずもないのです。
 我が国とは固い絆で結ばれていたはずのアメリカだってそうですね。米国製の高性能医療用マスクの輸出を禁じ、全生産量を国内向けにと大統領が命じましたし、5月に入って承認されたレムデシビルにしても、アメリカ国内が優先で、日本にはいつ入ってくるか目処がついていません。
 東京は素晴らしい街です。札幌、名古屋、大阪、福岡もそうです。そうした基幹都市に人口が集中するのは、とてもよく分かります。実際、私だって東京に長く住み、その恩恵にあずかっている者の一人です。
 しかし、人口や機能の一極集中は、一旦危機に直面すると、とてつもない悲劇を生むものです。それは、どんな繁盛店でも、今回のような事態に陥ると、地域全体が駄目になり、自助努力ではどうにもならない絶望的な状況に陥ってしまうことからも明らかなのです。

 

あらゆる機能が集中し、雇用を生み出す密集都市・東京に聳える都庁
 
 

災害に強い地方

 その点、地方は違います。
 そのことを実感したのは、東日本大震災の時のことでした。
 私は岩手県生まれで、実家にはまだ89歳を迎えた母親が元気で暮らしています。
 3・11の大地震が発生したあの日、実家の震度は7。築四十年にもなる古い家ですから、てっきり倒壊、母親ももしや……と、とてつもない恐怖と不安を覚えたものでした。
 地震発生直後から、携帯電話は不通となり、メールも駄目。交通網も途絶し、情報はテレビの報道に頼るだけ。やがて東北地方各地からの中継画像がテレビ画面に映し出されるようになったのですが、果たして高速道路は激しくひび割れ、倒壊しているビルや家屋がやたら目につく。そして、それから程なくして襲ってきたのが、あの大津波です。
 波に飲み込まれる街や車、そして人……。初めて目にする大惨事に、声も出ませんでした。ただただ恐怖に震え、母親や親族の安否に不安は募るばかりでした。
 ようやく連絡が取れたのは、地震発生から四日ほど後のことでした。
 案に反して母親は至って元気で「家の中は家具が飛び回るわ、食器は全て割れているわで滅茶苦茶だけど、家はびくともしていないし、生活に困ることはない。ただ、停電しているのが不便」というのです。
 はて、生活には困らない? 被災地は大変なことになっていると連日報道されているが……?
 聞けば、確かに沿岸部は想像を絶するほどの惨状で、大変な死者、負傷者が出ているようだし、家を失った方も大勢いる。しかし、内陸部はそうではない。近所でも、軽微な被害を受けた家屋はあるが、倒壊は皆無。今は避難所に入っているものの、食料も豊富にあるし、暖を取るのにも困ってはいないとまでいうのには驚きました。
 それからの母の話をまとめると、こういうことになるのです。
 現在は専業とまではいえないまでも、元々農家だった家が多く、米や味噌は自前で、野菜も保存しているものが大量にある。それに、大きな養鶏場や食用の鶏の飼育場がある。鶏は毎日卵を産むが、物流が完全に停まって、出荷できない。だから卵は大量に持ち込まれるし、停電で冷蔵庫が使えないので肉などの食品もまた同じ。農家の納屋には使われなくなったかまどや鍋、暖を取る道具も保管されている。山に入れば薪はあるし、井戸を持っている家も多いので水にも困らない。避難所にいる住人が共同で自炊しながら、停電が回復する時を待っている。
 ダメージの度合いに多少の違いはあれ、あれだけの巨大地震に見舞われたにもかかわらず、倒壊に至らなかった家屋の方が圧倒的に多かったことは後に分かった事実です。沿岸部を襲った巨大津波さえなければ、被害は格段に小さく、避難所暮らしを強いられる住民も僅かであったはずです。
 津波さえなければ……と、起きてしまったことを嘆いても仕方がないのですが、それ以上に悔やまれてならないのは巨大地震、特に海底で発生した地震には津波がつきものだということを分かっていたはずの沿岸部の住人が、なぜ即座に高台に避難しなかったのかということです。
 地震発生直後から、東北の沿岸部には津波警報が発令されました。もっとも、被災地は停電に見舞われていた地域が大半でしたから、少なくともテレビから情報を得ることができなかったでしょうし、気象庁が発した津波の予想規模がそれほど大きなものでなかったというところにも原因があるでしょう。
 ですが、東北沿岸部、特にリアス式海岸を持つ岩手県や宮城県では、過去に何度も大津波に見舞われた歴史があります。
 事実、私は幼少期から何度も沿岸部を訪ね、その地で暮らす人たちから、津波の恐ろしさ、特に1968年に発生した十勝沖地震(三陸沖北部地震)の時の光景を繰り返し聞かされたものです。
 ですから、津波が押し寄せる光景をリアルタイムで報じるテレビ画面に、港湾部を走る乗用車や、海岸近くの道路に連なる車列が映し出された時には、驚愕したなんてものではありません。
 あれほど津波の恐ろしさを熟知していたはずの人たちが、なんでここにいるの? と、信じがたい思いを抱いたものでした。
 十勝沖地震から約四十年もの間、平穏無事で暮らしてきたのですから、危機意識に欠けていたのか。それに加えて、前述したように大地震に見舞われた割には家屋のダメージがそれほどでもなかったこともあって、大したことにはならない、この程度で済んだと油断したのかもしれません。
 緊急事態宣言が発令され、行動自粛を求められている現在の日本社会を見ていると、私にはあの時の光景がそこに重なる思いがしてなりません。
 パチンコ店に長蛇の列ができるわ、堤防には釣りを楽しむ人が押し寄せるわ、公園は子供でごったがえし、ジョギング、果てはスーパーに家族連れで押しかけるわと、いくら3密を避けるようにと要請されても、自分は大丈夫だといわんばかりの光景が連日繰り広げられています。
 コロナウイルスの問題は、いずれ何らかの形で解決する日がやってくるでしょうが、それでも安心はできません。
 日本は地震大国ですし、近年では異常気象にともなう大災害が頻発しています。もし、基幹都市が大震災等の災害に見舞われたらどんなことになるか。
 いうまでもなく東京をはじめとする大都市は、食料、日用品、医薬品等の生活必需品を自力で調達する機能は持っていません。あらゆる物資の生産拠点は地方、あるいは海外に頼っているのです。
 交通インフラが途絶してしまえば、物流は停まる。停電すれば電化製品はもちろん、携帯電話やパソコンも使用不能になってしまいます。断水すれば調理もできない。風呂にも入れなければ、顔や手を洗うこともできません。
 その時、どうやって食料を得るのか。夏ならば、どうやって涼を取るのか。冬ならば、どうやって暖を取るのか。
 国や自治体が素早く動き、支援体制を整えてくれるでしょうか。
 そんなことは全く期待できないどころか、不可能です。仮に被害がある程度の規模に収まったとしても、災害発生直後からスーパーやコンビニには人が殺到し、店頭からはあらゆる商品が瞬時にして消え失せるでしょう。東日本大震災の時だってそうでしたし、今回のコロナ禍でも同じ光景が繰り広げられましたからね。
 しかも、交通網が断たれてしまえば、物資を補充することはできません。炊き出しをといっても、肝心の食料が届かないのでは、それも不可能。災害時に備え、行政が備蓄している非常食で凌ぐしかないのですが、それだって何日もつかは分かりません。暑さにうだり、あるいは寒さに震え、空腹を我慢しながらひたすら支援体制が整うのを待つしかない。大半の住人が、塗炭の苦しみに耐えなければならなくなるでしょう。
 こうした暮らしに耐えられるだけの人がどれほどいるでしょうか。快適、かつ文化的な暮らしを享受してきた都会人が、代償を払うことになるのはその時です。
 3密を避けよといわれても困難なのは、それだけ人がいる、つまり人口が集中しているからに他なりません。大都市で暮らす限り、一旦大災害や強力な感染症に見舞われれば、地域住民の全員がもれなく同じ窮地に立たされることを覚悟しなければなりません。
 避難所生活を強いられることになっても、米や味噌、肉や野菜が当たり前に転がっているわけではないのです。納屋に竈や暖を取る道具が転がっているわけでもありません。井戸がそこら辺にあるわけじゃなし、生存に必要不可欠な水だって入手困難になるのです。
 快適かつ文化的な生活が、どうやって成り立っているのか。常に潜在している危機を、今回のコロナ禍で気づかれた方も少なからずいることでしょう。
 そう、都会での生活は、決していいことずくめではないのです。

 

次回は6月29日(月)に公開予定です。

プロフィール

楡 周平(にれ しゅうへい)

1957年岩手県生まれ。慶應義塾大学大学院修了。米国企業在職中の1996年に『Cの福音』でデビュー、翌年より作家活動に専念する。「朝倉恭介シリーズ」「有川崇シリーズ」「山崎鉄郎シリーズ」をはじめ、『再生巨流』『介護退職』『虚空の冠』『ドッグファイト』『プラチナタウン』『ミッション建国』『国士』『バルス』等、緻密な取材に裏付けられた圧倒的スケールの社会派エンターテインメント作品を世に送り出している。近著に『TEN』『終の盟約』『サリエルの命題』『鉄の楽園』がある。

 
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