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モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」(最終回)その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第5回】

国際ジャーナリストからミュージシャンまで、幅広く活躍中の「モーリー・ロバートソン」が、その青春時代を振り返るコラムの最終回。W.バロウズからの返信に始まる本編。モーリーはどこへ行くのか?

電子音楽とアニメーション。その両者に単位をくれる学部は「視覚環境学部」だけだった。ハーバードにしかない学部で、建築からデザイン、絵画、フィルム、芸術理論までを広くカバーする学部として創設されていた。近代建築家ル・コルビュジエが建てた未来的な建築物の中にガラス張りの教室やスタジオがあり、2階に上がるための斜めのランプには手すりがほとんどない。金属のレールが地面から2階まで一筆書きで螺旋を描いて伸びており、触ると冷たかった。

コンクリート、鉄、ガラス。建物の外側も内面もすべてが共通のデザイン理念のもとに統一されている。ずっしりと重々しい階段にもミニマルな手すりがあるのみ。見た目重視で設計されているため、使用する人間の方で建築に配慮しなくてはならない。冬は寒く、夏は暑い。地下の大きな試写室へと降りる長い階段から上を見ると1階の天井までが吹き抜けになっている。ある時、学部関係者の幼い子どもがその階段の横からコンクリートの床へ転落しそうになる事件が起き、怒ったスタッフが抗議文を壁に貼り出してストライキを宣言。学部はル・コルビュジエのデザインを改築することを渋り、応急処置としてプラスチックのジャングルジムのようなフェンスを手すりの下にくっつけ、ストライキを終了させた。その階段を登り降りするたびにホームセンターで買ってきたような、安っぽい光沢を放つ白いプラスチックの柵が目について、なんともぎこちなかった。

「視覚環境学部」を専攻する学生はとてもおしゃれなかっこうをする者と、あえてだらしないかっこうをする者とに分かれていた。いずれも意図的にそうしていた。モーリー・ロバートソンはだらしないかっこうをして講義に通った。

モーリー・ロバートソン

morley

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍中。現在は「Newsザップ!」(スカパー!)、「所さん!大変ですよ」(NHK総合)にレギュラー出演のほか、各誌にてコラム連載中。

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