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モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」②その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第3回】

国際ジャーナリストからミュージシャンまで、幅広く活躍中の「モーリー・ロバートソン」が、その青春時代を振り返る!ここだけで語られる、破天荒な学生時代に惹きつけられる!

以後、ぼくは使命を帯びるようになる。音楽とパフォーマンスで世の中に魔術を回復する戦士となるのだ。カスタネダも戦士の道を書籍で説いている。読むだけではなく、実践を。魔法を夢見るのではなく、魔法使いになること。Don’t dream it. Be it. 夢見るだけじゃなく、なりきろう。Be Here Now. 今、ここにいよう。

そのまま、魔術に目覚めた勢いで言葉がほとばしり出るようになった。もう論理的なものではなかった。論理的に筋道を立てて考えること、それ自体が呪縛なのだということがわかった。クラシック音楽ではなく、ジャズを。スタンダードなジャズではなく、フリージャズを。音楽ではなく、ノイズを。祈りではなく、意味不明の異言を。宇宙からの指令を宇宙語で綴ろう。そう思い、ぼくは両親の住むワシントンDC郊外の実家にこもり、前衛的なジャズや「キング・クリムゾン」のLPを大きな音でかけながら日本語の自叙伝を書いた。高校生に至る少年期を綴っていたが、これは実は魔法の書だという意識で書いた。ドーナツを買ってきて、コーヒーを何杯も飲んで日本から取り寄せた800字詰めの原稿用紙に書きなぐっていった。周りをいろいろな透明度の天使や魔女やハレ・クリシュナ教団のオレンジ色の袈裟を着たメンバーが踊って、この世のものとは思えぬ音楽が脳内を流れ、ひたすら「ハレルヤ」という声が、逆回しの「ハレルヤ」が、波動が、東洋と西洋を結ぶ「ZEN=禅」が身の回りを取り囲んで同心円上に旋回するようだった。ハレルヤ、ハレルヤ、ハレルヤ。

その魔術的な自叙伝は、日本でヒットした。森光子の「3時のあなた」にも呼んでもらえた。だが本当に出演したかったタモリの「笑っていいとも!」には出してもらえなかった。それどころか、出版エージェントとテレビ局の食堂でプロデューサーを待ち伏せてまくし立てたところ、

「ばかやろう!なんでお前なんか出さなきゃいけないんだよ!」

と怒鳴りつけられた。プロデューサーは昼の本番が終わってすでにジョッキで生ビールを飲んで顔が赤らんでいた。日本に滞在したこの夏、ぼくは消耗していった。

その年の年末、最高の状態から最低の精神状態へとぼくは転落しかかっていた。こちら側の現象の世界と、現象を超えた真実の世界を結ぶ魔術の扉が開いたはずだった。それが報われて自叙伝が大ヒットした。しかしタモリの番組から門前払いを食わされ、アメリカに戻って日本語の本を友達に見せても、

「わけわからねえ。なんで21歳で自叙伝を書けて、しかもそれが当たるの?」

と小馬鹿にされた。電子音楽一筋でやっていこうと思っていたが、「作家」の肩書にも愛着が生じ、急いで次の本を書かなくては、という焦りがあった。しかし第二の自叙伝は書けない。加えて次の本を日本語で書いてもアメリカ人の仲間たちには馬鹿にされる。だったら英語でゼロからリセットして作家生活をすればいいのか? そう思って大学を休学し、キャンパス近くのカフェ「パンプローナ」で一日に何時間も居座って英語の原稿を書こうとした。だが、出てこない。なんか、違う。おれの魔法がこの言語だと通用しない。日本からファンレターが出版社経由で届く。そこに書いてある内容はあまりにいたいけで純朴でミーハーで、今のぼくには何の役にも立たない。

焦っていた。消耗していた。北風が吹いていた。どこに歩くにも、逃げるような追いかけるような早足になっていた。その最中、あの「才女」に出会った。二人はお互いのこの2年間の身の上を語らい合い、それぞれの高揚と失墜、成功と敗北で共鳴し合い、そのまま恋人同士となった。

日々、お互いの下宿先を交互に訪問し、寝泊まりした。カルロス・カスタネダの話やジャック・ケルアックの話をした。魔法やドラッグや古代マヤ文明の話をたくさんした。お互いに魔術的に「選ばれた戦士」として尊重し合おうということになった。そしてぼくは働かなかった。厳密には2週間に一度、飛行機に乗ってボストンからニューヨークに行き、TBSのニューヨーク衛星特派員としてエンパイヤーステートビルの高層階から数分間、アメリカのおもしろ情報を伝えていた。この金があまりに良すぎるので、普通の大学生のようなアルバイトは一切しなくても家賃や生活費をまかなえた。加えて「魔術の勘が鈍るから」との理由で酒もタバコも一切摂取せず、肉も少なめだったので金が出て行かない。日々、カフェ「パンプローナ」に通い詰め、ノートに英語と日本語で宇宙からの指令を伝え続ければよかった。

作品としては、何もまとまらなかった。週に7回も通うため、カフェ「パンプローナ」の中年男性の店員には蔑みの目で見られるようになる。サービスがぞんざいになり、呼んでもなかなか来なくなった。だがそんな細かいことは気にしていなかった。何しろ宇宙のメッセージを宇宙語で書き綴っているのだ。こちらは人類を救済する仕事を着々と実行に移している。この大学ノートの紙面の上で。いつかはみんなに感謝される時が来るだろう。

 

モーリー・ロバートソン

モーリー氏

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍中。現在は「Newsザップ!」(スカパー!)、「所さん!大変ですよ」(NHK総合)にレギュラー出演のほか、各誌にてコラム連載中。

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