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【茨城県民マンガ】だっぺ帝国の逆襲〈第12回〉 郷土のヒーロー・将門の聖地巡礼に行ぐべ! 漫画/佐藤ダイン 監修/青木智也

前回、五月の態度を不審に思ったダイゴとハチのふたりは、休みを取って出かけた五月のあとをつけていく。車内でも不穏な態度を見せる五月。移動を繰り返してたどり着いた先で、衝撃の事実が明かされる!

 

「ヒーロー」といえばだれを思い浮かべるだろう。
ウルトラマン? 仮面ライダー?
はたまた長嶋茂雄?
まあ、それもいがっぺが、
茨城県でヒーローといえば、やっぱし平将門だっぺよ。
世間じゃどう思われてっか知んねけんども
領民を守るために立ち上がった
最高にクールな革命児
だどな。
もぢろん水戸黄門様だってカッコいいが、
戦闘力でいったら将門の圧勝だっぺ。
まあ、あっちはご老公だからしゃーねえけどよ。
だれだ、「ほかにたいした人がいないから
将門を推しているんだろう」と言っているヤツは。
ガチで祟りがあっても知らねえかんな!

マンガ中の記号(※1)などは、マンガのあとに出てくる“県民も知らない茨城の秘密”「だっペディア」の番号と対応しています。

 
将門・滝夜叉姫 関連地図

 








 
 

だっペディア 第12回

マンガに登場するローカルな用語などを、徹底解説!
これであなたもイバラキアン(茨城人)の仲間入りだ!

 

(※1)ひたち

 品川と仙台を4時間半で結ぶ長距離特急。2011年の東日本大震災で長らく分断されていたが、最後の不通区間だった冨岡~浪江間が復旧したことで、2020年3月14日に待望の運転再開となった。全国に100以上走っている在来線特急(寝台特急を除く)のなかで、約380㎞という走行距離は、堂々の第5位なのだ!
「ひたち」の名称の由来は、茨城の旧国名「常陸(ひたち)」から。同じ車体で停車駅が多い「ときわ」は、常陸と福島県東部の旧国名「磐城(いわき)」を合わせた「常磐(じょうばん)」の訓読み。茨城をあらわす「ひたち」が仙台まで行くのに対し、茨城と福島東部をあらわす「ときわ」が茨城県内止まり
 あれ? 名前からイメージされる走行区間とは逆だっぺよ!

 

(※2)将門塚(まさかどづか/しょうもんづか)

 東京の大手町にある平将門の「首塚」。取り壊そうとしたら、工事関係者が相次いで事故に遭うなど、数々の祟りで知られるミステリースポットのひとつ。だが、近年は最強のパワースポットとの呼び声も高い。
 首塚ということで仕事がクビにならないように……とか、将門の首が戻ってきたことから、左遷されても無事帰って来られるように……という願掛けに訪れる人が跡を断たない。大手町という場所柄か、とくにビジネスマンの需要が高いようだ。塚の周りにガマ(カエル)の置物がたくさん置かれているのも、カエル=「帰る」からきているらしい。
 同じく強力なパワースポットとして有名な神田明神も平将門を祀っているので、一緒に回ってみてはいかがだろう?
 なお、将門塚や神田明神を訪れた人は、千葉の「成田山新勝寺」にだけは行っちゃダメだかんな! あそこは将門討伐を祈願して創建されたところだから、将門やその家来の子孫はいまでも参拝に行かないらしい。祟りがあっても知らないぞ~。

 

(※3)平将門

「平将門の乱」で知られ、時代によっては逆賊のイメージで語られる将門。だが、日本で最初に騎馬隊を編成し、馬上からの攻撃に適した反りのある刀を最初に作ったともいわれている。騎馬の機動力を生かした圧倒的な強さでまたたく間に関東を平定。武士のさきがけでもあり、領民のために中央権力に抵抗した悲劇のヒーローとして、東国では古くから英雄視されてきた。明治以前に関東で「●●明神」と呼ばれていた神社の多くは将門を祀っていたことからも、広く民衆から支持されていたことがわかる。
 毎年11月に「将門まつり」を催している坂東市をはじめとして、茨城や千葉など将門にゆかりのある地ではこの稀代の武将の人気は高く、とくに将門を主人公にした大河ドラマ「風と雲と虹と」が放送された1976年はアツかったらしい。当時3歳だった私だが、「地元住民がエキストラで出演したんだ」とばあちゃんが語っていた記憶がうっすら残っている。

 

(※4)国王神社

 将門終焉の地に、三女である如蔵尼(にょぞうに)が建てた坂東市にある神社。祀られているのはもちろん平将門で、如蔵尼が彫ったとされる将門の木像が秘蔵されている。(※3)で紹介した将門まつりでは、国王神社を出発した100人の武者行列が市内を練り歩く
 ちなみに我が常総市で8月15日に開催される「常総将門まつり」は、いわゆる盆踊りである。
 坂東市は将門が本拠地とした場所ということもあり、将門にちなんだスポットや産品が多いが、なかでもおすすめは「将門煎餅」。香ばしくって、んーめえど!

 

(※5)延命院

 将門の胴体を埋葬した「胴塚」がある寺院。地元では「島の薬師様」として親しまれている将門の菩提寺「延命寺」とは別の寺なので、注意されたし。胴塚は「神田山」や「将門山」とも呼ばれ、神田山はこの一帯の地名にもなっている。
 ちなみに「神田山」は「かんだやま」ではなく、「かどやま」と読み、茨城の難読地名のひとつ。別名である将門山(まさかどやま)を省略したという可能性も考えられるが、①地元のなまりでは「ど」と「だ」の中間のような発音で「かだやま」にも聞こえることと、②茨城弁は言いやすく省略されるパターンが多いことから、将門の「からだを埋めた山」=「からだやま」→「かだやま」→「かどやま」となったのではないかと想像してみる。どうだっぺ?

 

(※6)北山稲荷大明神

 将門が亡くなった地に建てられたといわれる国王神社。だが、本当の最期の地と伝えられるのがこの北山稲荷大明神だ。「平将門の乱」を描いた『将門記』(11世期に成立)にある、将門が最後に陣を張った場所「北山」が、ここだと考えられているのだ。
 周囲はまったく整備されていないので、雰囲気は満点。祟りがあると言われる「将門塚」より、ずっと「何か」がありそう。訪ねるなら、ちゃんとお参りするつもりでないと、何があっても知んないかんね。
 
 
 

 

(※7)滝夜叉姫

(※3)で紹介したように、将門の三女は仏門に入って如蔵尼となり、やがて国王神社を創建したと伝えられる。その一方で、都への恨みのあまり妖術を身につけ、復讐を繰り返したという話や、妖術使いになったのはガマの吐く息を吸ったからだ、いやいや、そもそも如蔵尼は将門の親戚の子だ、と話は錯綜。それらが歌舞伎や読本に取り上げられ、やがて『陰陽師』として小説や映画、テレビドラマの題材にもなった。
 最もポピュラーだと思われるのが、将門の三女・五月姫(のちの如蔵尼)が、父の無念を晴らすためにガマの妖術を身につけ、滝夜叉姫と名乗ったという伝説。ガマといえば筑波山が有名で、茨城では自宅の玄関先に石で彫ったガマの置物を置いている家をちらほら見かけるが、(※2)で紹介したように将門塚にガマの置物がたくさんあるのは、滝夜叉姫とも関係しているのかもしれない。
 ちなみに、滝夜叉姫の墓と言われるものは東北地方を中心にいくつかあるが、やはり筑波山のふもと、つくば市にあるものが最有力だと信じたい。その末裔である「平野五月」が使っている財布は「がま口」で間違いないだろう(笑)。今度本編に財布が出てきたらチェックしてみてくれっけ!

 
 

だっぺ帝国の逆襲は隔週掲載です。
次回は近日中に公開予定です。

 

作者よりひとこと+プロフィール

今回のお題:「大好きな(だった)マンガ」

sato
■漫画:佐藤ダイン(サトウ/ダイン)
 子供の頃は王道少年漫画を好んで読んでいました。特に『ダイの大冒険』が好きで、単行本の発売をいつも楽しみにしていました。主人公の相棒であるポップというキャラクターが、最初はちょっとズル賢かったり、スケベだったり、ヘタレだったりするのですが、だからこそ人間的であり、後半にかけての成長っぷりに胸が熱くなりました。
 ちなみにペンネームの「ダイン」は初期の敵である「クロコダイン」から拝借しました。

1984年、茨城県大子町出身。芸術系の大学在学中から漫画誌に投稿を続ける。サラリーマン生活、漫画家のアシスタントを経て、『桃色な片想い』(『月刊!スピリッツ』)でデビュー。

 

aoki
■監修:青木智也(アオキ/トモヤ)
 子どもの頃に大好きだったのは『キン肉マン』ですね。というか、今でも読んでます。多感な少年時代がちょうどジャンプ黄金期だったもので、キン消し集めはもちろんのこと、友達にパロスペシャルをかけたり、キン肉バスターで腰を痛めたり、あの当時の小中学生はみんなやってましたね(笑)。
 あっ、小学館のマンガじゃなくてすみません。いやどうも(汗)

1973年、茨城生まれ。WEBサイト「茨城王(イバラキング)」を立ち上げるかたわら、常総ふるさと大使、いばらき統計サポーター、茨城県まちづくりアドバイザーなどとしても活動。

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