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世界最古の幻想文学とは? -東雅夫の幻妖ブックデジタル

アンソロジストで文芸評論家の東雅夫が解説する「幻想文学」。今回は世界最古の作品を探る!その歴史は深く、いつまで遡ることができるのか…?

世界最古の幻想文学とは?

前回は「幻想文学」の幅広さについて、その一端を紹介してみた。
「超自然的・非現実的な事象を主要なモチーフとする文学作品」という幻想文学の定義にもとづけば、古今東西さまざまな文学ジャンルを、自在に縦断横断することが可能となる。
そうした自由な視座を手に入れることができるのも、幻想文学に親しんだり探究する愉しさのひとつだろう。

今回は、横の拡がりではなく、縦の時間軸をさかのぼって、考察を進めてみたい。
要するに「幻想文学の起源は、どこにあるのか」──もっと、くだけた云い方をすれば「世界で最初の幻想文学は何か?」というテーマである。
結論を先に云ってしまうと、人類が「言葉」によって「物語」を語ることに目覚めたその瞬間から、早くも幻想文学の歴史は始まったのだと、私は考えている。

神話や伝説、昔話として現在まで伝えられてきた、それらの物語には、神々や精霊や妖怪変化や幻獣等々、実に多種多様な超自然の存在が登場し、異界や冥界の光景が活写されている。
世の初めから人間たちは、日常の出来事よりも、目の前の現実を超えた不可視の存在が躍動する物語をこそ、語ったり聴いたりすることを好んでいたものと見える。
そして、そうした幻想的な物語の中にこそ、自分たちを取り巻く世界の本質が秘められているのだ、と直観していたのではなかろうか。

さて、つい先日、私は『イナンナの冥界下り』と題された、たいそう興味深い舞台を観ることができた。

能楽師のかたわら多彩な公演・文筆活動を展開している安田登さんが企画演出を手がけ、狂言方の奥津健太郎さん、浪曲師の玉川奈々福さん、ダンサーの蜜月稀葵さん、人形師の百鬼ゆめひなさんら、まことにジャンルミックス(まるで幻想文学さながらの混沌っぷりではないか!)な一騎当千の面々が丁々発止と共演する、なんとも面妖で刺戟的な舞台だった。

なにより注目すべきは、この公演が、世界最古の言語として知られるシュメール語によって記録された古代神話にもとづき、しかもそれを「現存する世界最古の劇形式」(安田登)である能楽を柱に据えて、シュメール語に日本語を交えて上演しようとする破天荒な試みであったことだ。
シュメール語は、紀元前3000年から前2000年頃にかけて、メソポタミア南部で使われていた古代言語で、楔形文字を用いて粘土板に記されていた。
シュメール文明の廃滅後、考古学の発掘調査によって粘土板が出土、解読作業が進められることで、いわば現代に甦った言語なのである。
そこに書き記された神話群は、当然のことながら、現存する限り、世界で最も古い神話ということになる。

このほど安田登さんらによって上演された『イナンナの冥界下り』も、そうしたシュメール語で書かれたメソポタミア神話を代表する物語のひとつで、女神イナンナによる冥界(死の世界)行の顛末が、「神イナンナは大いなる天より大いなる地へとその耳を立てた」──というような独特の表現で綴られている。
いかなる物語なのか、安田登著『イナンナの冥界下り』(ミシマ社)を参照しながら、その概略を記してみよう。

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天と地を統べる女神イナンナは、あるとき、冥界へ赴くことを決意する(ただし、なぜ彼女が冥界へ行くのかは原典にも記されていない)。
イナンナは、七つの「メ」(=神力)を身につけ、もしも自分が戻らぬときは神々に助力を嘆願せよ、と大臣ニンシュブルに命じて、冥界へ向かう。
イナンナ到来を憤る冥界の女王エレシュキガルに命じられた門番ネティは、イナンナが冥界の七つの門を開けるごとに、七つの「メ」をひとつ、またひとつと奪い取る。
こうして神力を喪失したイナンナは、エレシュキガルと七名の裁判官の「死の眼差し」を浴びて、「打ちひしがれた肉」(=屍体)と化し、釘に吊るされてしまう。
しかしエレシュキガルもまた、イナンナの死と同時に病に斃れる(その理由は原典にも語られていない)。
ニンシュブルは神々に助けを求め、最後に訪ねた大神エンキの授けた秘策により、イナンナを甦らせ、エレシュキガルも復活する。

安田登版『イナンナの冥界下り』では、ダンサーが演ずるイナンナが「メ」を装着するシーンと剥奪されるシーン、百鬼ゆめひなの操る人形が演ずるエレシュキガルとイナンナの舞の共演など、能狂言の様式が絶妙に活かされた趣向に加え、能管、三味線やドラム、声楽家とコロス(声楽隊)が奏するドラマチックな音楽(東宝怪獣映画の南洋舞踊シーンを彷彿させる)が、いやがおうにも興趣を盛り立て、古代と現代が、西洋と東洋が、絶妙に混淆された神話的空間を生み出していた。

今から約2000年前、メソポタミアに文明を築いた人々の想像力が、その後の世界各地の神話や伝説から、果ては現代の映画やアニメ作品に至るまで、驚くほど広範にして深甚な影響を及ぼしてきたことは、右に要約した粗筋からも容易に察せられるだろう。
事実、物語のヒロインたる女神イナンナは、次のアッカド文明の時代には「イシュタル」と呼ばれ、ギリシア神話では「アフロディーテー」に、ローマ神話では「ヴィーナス」に、さらにキリスト教神話における聖母マリア(!)にまで、その系譜をたどることができるとされているのである。

ひるがえって鑑みるに、現存する日本最古の書物である『古事記』にも、これまた「冥界下り」の神話が語られていることは、周知のとおり。
日本の国土を産み成した夫婦神、イザナギとイザナミの物語である。
火の神カグツチを産んだ際の火傷で命を落とし、黄泉の国(=冥界)へと去ったイザナミ。妻を忘れられぬイザナギは、黄泉の国へと下り、妻と対面するが、すでに黄泉戸喫(死者の国の食物を口にすること)をして黄泉の住人となっていたイザナミは、黄泉の神々と相談をしてくるので、ここで待つようにと告げて、姿を消す。
底知れぬ闇の最中、延々と待たされたイザナギは、とうとう髪に挿した櫛に火を灯して、周囲の様子を窺う。すると闇の中に浮かび上がったのは──ウジがわいた四肢に雷神たちをまとわりつかせた、無惨に変わり果てたイザナミの姿だった。
「吾に辱(はじ)見せつ」(私を辱めた)と憤るイザナミは、黄泉の国の魔軍に命じて、遁走するイザナギの後を追わせる。
辛くも逃げ果せたイザナギは、黄泉比良坂を大岩で塞ぎ、こうして死者と生者の世界は隔てられたのだった……。

屍体と化したイザナミの姿は、「打ちひしがれた肉」と化したイナンナを彷彿させずにはおかない。
そして全篇を浸す「闇」の深さは、強烈な異界感を掻きたてずにはおかないだろう。
そう、世界各地の神話に語り伝えられる「冥界下り」の物語こそは、人類最初の幻想文学であると云ってよいのである。

東 雅夫(ひがし まさお)

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1958年、神奈川県横須賀市生まれ。アンソロジスト、文芸評論家、怪談専門誌「幽」編集顧問。ふるさと怪談トークライブ代表。早稲田大学文学部日本文学科卒。

1982年に研究批評誌「幻想文学」を創刊、2003年の終刊まで21年間にわたり編集長を務めた。近年は各種アンソロジーの企画編纂や、幻想文学・ホラーを中心とする批評、怪談研究などの分野で著述・講演活動を展開中。

2011年、著書『遠野物語と怪談の時代』(角川学芸出版)で、第64回日本推理作家協会賞を受賞した。

評論家として「ホラー・ジャパネスク」や「800字小説」「怪談文芸」などを提唱。NHKテレビ番組「妖しき文豪怪談」「日本怪談百物語」シリーズ等の企画監修や、「幽」怪談文学賞、「幽」怪談実話コンテスト、ビーケーワン怪談大賞、みちのく怪談コンテストなど各種文学賞の選考委員も務める。

著書に『文学の極意は怪談である』(筑摩書房)『なぜ怪談は百年ごとに流行るのか』(学研新書)『百物語の怪談史』(角川ソフィア文庫)ほか、編纂書に『文豪怪談傑作選』(ちくま文庫)『伝奇ノ匣』(学研M文庫)『てのひら怪談』(ポプラ文庫)の各シリーズほかがある。

著者公式サイト「幻妖ブックブログ」

http://blog.livedoor.jp/genyoblog-higashi/

ツイッター http://twitter.com/kwaidan_yoo

 

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