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下村敦史 『悲願花』 自著を語る

第六十回江戸川乱歩賞を『闇に香る噓』で受賞したデビューした下村敦史さん。12月に刊行された『悲願花』は今まで刊行してきた十二作品のうち、最も書き上げるのに苦労したそう。作品を書き上げる上で意識してしまった“二重のハードル”や、今までで一番の“新境地”など、見どころについて伺いました。

 

自著を語る2
下村敦史
『悲願花』

月刊 本の窓 2019年2月号

 

二重のハードル

 第六十回江戸川乱歩賞を『闇に香る嘘』(講談社)で受賞してデビューしてから約四年半。僕の十二冊目の単行本は『悲願花』です。
 作品が生まれたきっかけは、産休から復帰した最初の打ち合わせでの担当さんの提案──「児童虐待を題材にしたミステリーを書きませんか」でした。いきなり重い題材を持ってきたなあ、と思いつつ、いかに今日的な題材かを熱弁する彼女の話を聞くうち、興味が強くなっていきました。
 その後も打ち合わせを重ね、両親が起こした一家心中で唯一生き残ってしまった“被害者”の幸子と、別の一家心中事件で死にきれなかった“加害者”の雪絵の物語になりました。
 普段はプロットをしっかり作り上げてから執筆に入るのですが、今回は初めて登場人物に物語を委ねました。最初から決まっていたのは、一家心中の“被害者”と“加害者”が出会って何かが起こる、という一点のみです。
 そんな不慣れな書き方をしたこともあり、物語が二人の出会いのシーンまで進んだとき、筆がぴたりと止まってしまいました。出会った幸子と雪絵が何をするのか、どうなるのか、全く何も見えてこなかったんです。
 僕の作品の中ではデビュー作の『闇に香る嘘』がダントツ、と評価していた担当さんが「ついに『闇に香る嘘』を超えましたね!」と熱っぽく絶賛してくれたのが十一作目の『黙過』(徳間書店)でした。僕自身、デビュー作の高い壁を常に感じていたので嬉しい言葉でしたが、同時にプレッシャーも感じました。
『闇に香る嘘』を超えた『黙過』を超えなければいけない──。
『悲願花』で失望はさせられない──。
 そんなプレッシャーも筆が止まる一因でした。
 しかし、幸子の幼少期にほんの少しだけ登場したある男の存在を思い出したとき、突然、物語が動きはじめました。
 脱稿してから思い返してみると、幸子が現在で出会った青年より、過去のその男のほうが彼女の人生に食い込んでいたんだなあ、と納得しました。
『悲願花』は、僕の十二作のうち、最も書き上げるのに苦労した作品です。しかし、最も感情を揺さぶる渾身の一作になりました。これは被害者と加害者の物語であり、母と娘の物語でもあります。『黙過』が僕の一番の“ミステリー”なら、『悲願花』は僕の一番の“人間ドラマ”です。
 僕は今まで多種多様なミステリーを書いてきました。
 全盲の主人公の一人称で書いた中国残留孤児絡みの社会派ミステリー『闇に香る嘘』、山岳ミステリーの『生還者』『失踪者』(講談社)、昨今話題の外国人技能実習制度絡みの事件に通訳捜査官が関わる『叛徒』(講談社)、冤罪と死刑制度がテーマの連作“長編”『真実の檻』(KADOKAWA)、入国管理局の実在の職業である難民調査官の女性が主人公の『難民調査官』シリーズ(光文社)、京都語が全て伏線になっている京都ミステリーの『告白の余白』(幻冬舎)、変わり者の樹木医のヒロインが区役所職員の青年と共に樹木と人間の謎を解いていくライトミステリー『緑の窓口 ~樹木トラブル解決します』(講談社)、サハラに墜落した生存者たちが織り成す謀略冒険小説『サハラの薔薇』(KADOKAWA)、命をテーマにした五篇の医療ミステリー『黙過』──。
 今日的なテーマでありながら、毎回かなり異なる題材のミステリーを書いているため、僕の作品の帯にはよく“新境地”という文字が躍ります。『悲願花』は、タフでもなく犯罪とも闘わない、ごく普通の等身大の女性が主人公の物語で、これこそ僕の一番の“新境地”かもしれません。
 年齢性別問わず、多くの読者さんに読んでもらいたい一作です。楽しんでいただければ幸いです。

9784093865302
『悲願花』
下村敦史/著
定価:本体1,600円+税
小学館・刊
四六判 304ページ
大好評発売中
ISBN 978-4-09-386530-2

プロフィール

下村敦史氏の近影

下村敦史(しもむら・あつし)

一九八一年京都府生まれ。二〇一四年、『闇に香る嘘』で第六十回江戸川乱歩賞を受賞し、数々のミステリーランキングで高い評価を受ける。一五年刊行の『生還者』は第六十九回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補になる。様々な社会問題をテーマに骨太なエンタテインメントへと昇華する筆力に定評がある。他の著書に『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『サハラの薔薇』『黙過』などがある。

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