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【連載第2回】公儀厠番 -うんこ侍後始末- 房州、鑓の品地武之進久尚 嘉門院彷楠・作

同輩から「うんこ侍」と呼ばれる男・武之進。これが愛称であるのか蔑称であるのか……? 彼自身も自嘲をこめて、うんこ侍と自称していた。金肥掛かりは、位は低いが寝所ちかく殿様の身辺警護もかねる重要な役職。武之進はそのお役目に留まらず、刃傷沙汰にも立ち向かう! おもむろに六尺棒に左手を添えて、左足を摺り足でズイと引くその姿は迫力に満ちていた。

第一章 

品地武之進久尚しなぢたけのしんひさなお、見参!

 江戸の町中を横断して流れる古川が一之橋から二之橋、三之橋と流れる左岸、武家屋敷が軒を連ねる麻布本村町にある房州は井桁藩江戸屋敷の裏門横に惨殺死体が横たわっているのを見つけたのは、早朝、門前を掃き清めようとした下働きの小者、佐助であった。
 普段は閑静なこの辺りにはあるまじき事態に驚きあわてた佐助は、手にした竹箒を握りしめたまま、すぐさま屋敷内に取って返す。
 震える手で用人が控えている屋敷裏口の引き戸を力任せに開け放つと、裏の上がり框で大声を出して、ようやく起き出してきた若い用人たちにその旨を報告する。
「大変だ。裏道でけんかだ。刃傷沙汰だあ。お侍が倒れている」
 その日、裏門脇の詰め所で不寝番をしていた御側用人、品地武之進久尚はそれを聞くと、詳細を問いただすのももどかしく、右手におっ取り刀、裸足で裏門へと駆けつけた。
 詰め所で立ち上がり様に右手に掴んだ太刀を腰を沈めて駆けながら帯に挟み込み、尻端折りをしたのは、まだ切りあった立ち会いの相手が近くにいるのではないかという判断からだった。
 シュッという小気味よい音を立てて下げ緒を抜き出すと、一端を噛んで、すばやくたすき掛けにする。
 幅が二間ばかりで両開きになっている裏門の際にはすでに異変を聞きつけた夜回りの中間たちが四、五名ほど呆然と立ち尽くしている。この事態にどうしていいものやら、対処の方法がわからないのだ。
 たちまち裏門脇に到着した武之進は手近な中間の一人に、拝借御免、と声をかけると中間が手にしていた赤樫の六尺棒を奪い取った。六尺棒を突然奪われた中間はあっけにとられている。
 武之進は裏門前の小路に走り出ると、ズイと両足を開いて踏ん張り、横たわった武家らしき男を一瞥して、油断なく左右に目を走らせる。
 御側用人、品地武之進久尚、このとき数えで二十三になる天保元年五月(さつき)のすがすがしい朝まだきのことであった。
 月代もきれいに剃りあげ、髷を整え、身ぎれいにしたところは、まだまだ初々しい少年のごとくである。
 辺りにはまだ朝もやが低くたれこめ、立ち並ぶ屋敷内の木々を渡る小鳥のさえずりが聞こえるばかりで、寂として物音がしない。
 幅三間ほどの小道の中央に進み出た武之進は手にした六尺棒をビョウビョウと二度、三度しごくと腰をスイと沈めて片手八双に構えた。
 下手人がまだその辺りに潜んでいれば、鳩尾あたりを杖で突いて気絶させ、生け捕ろうという魂胆である。
 横たわっているのは、一瞥したところ、紋付き羽織袴という武家らしき男である。
 それを見たかぎりでも、すでに息がないことは力なく横たわった様子から容易に察することができる。

 これは尋常なことではないと武之進は、心構えを新たにする。
 おもむろに六尺棒に左手を添えて、左足を摺り足でズイと引く。
 武之進の裂帛の気迫に気押されたか、今し方まで盛大に鳴いていた小雀の鳴き声がピタリとやんだ。
 すでに音もなく集まってきて屋根瓦の上に陣取りつつある烏の群れも固唾をのむ、といった塩梅で、興味深げに六尺棒を構える武之進を見下ろしている。
 外に飛び出した武之進のあとを恐る恐る追いかけて門前ににじり出てきた中間どもが、てんでに握りしめた赤樫の六尺棒にしがみつくようにして、怖じ気づいたのか棒立ちになっていて、それでも興味津々で辺りを眺める。
 滅多にあることではない死体もさることながら、それ以上に、鋭い裂帛の殺気を放つ武之進に近づけないのだ。
 下働きの佐助も武之進を遠巻きにした中間連中の後ろで、わなわなと震えながら竹箒を頼りにして今にもへたり込みそうである。
 やっぱりお侍はおっかねえ。いざとなると油断ができねえや、と佐助は縮み上がっている。
 なにしろ常日頃はお役目もそこそこに縁側に出ては、滑稽本などを読みふけっては、にやにやとしているだけの武之進なのだ。
「あれで、便所の脇で大小便の始末をさせとくにはもったいねえや」
 と中間の一人が興奮覚めやらぬのか、自分を落ち着かせるためなのか、軽口をたたいた。
 それを年かさの中間がききとがめる。
「なにをいっているんだ、金肥の掛かりはお屋敷の奥間で無礼御免で木戸番を通さなくても殿様の御寝所近くまで侍ることができる大層なお仕事だ。腕のたつものでなくてはつとまらねえ」
 と首を左右に振った。金肥掛かりは、位は低いが寝所ちかく殿様の身辺警護もかねる重要な役職であった。
 この時代、お江戸の各家庭から出る金肥は下肥として近隣の農家にとっては貴重な下肥となる。
 なかでも上等なお食事をしている侍、武家屋敷の金肥は最高級品としてもてはやされたのだ。まして大名屋敷の金肥である。
 農家はこれを代金を支払って引き取るのであるから、その収益は小藩などでは馬鹿にならない額になるのだった。
 この時代、自らは何も生み出さず、農民商人らからの収奪のみを頼りに、これといって別に実入りのない武家社会にあって、唯一、彼らが生産しているものといえば、この金肥のみであった。
 それゆえに、ことの重要性というものも理解できるというものだ。

<続く>
※次回は6月20日に配信予定。

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