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【連載第3回】公儀厠番 -うんこ侍後始末- 房州、鑓の品地武之進久尚 嘉門院彷楠・作

武之進は、百姓から根菜類を買い、それと引き替えに武家の金肥を売るという、勘定方賄い掛かりというお役目に。それはさておき、目下の急務は、紋付き羽織を着た武家姿の死体とその始末である。下手人はもう近くには居ない様子。武之進は亡骸に近づき、検視のまねごとをし、おそらく、切った相手も武家であろうと察する。この尋常ならぬ事態をいぶかった武之進は、さまざまな推察を張り巡らせる。不可解、不思議な点が多いながら、中間(ちゅうげん)に、亡骸を弔ってくれよと言いつけたところ、早桶のふたがずれて、中から侍の手が伸びてきた。これは何かの前兆であろうか……?

尋常ならぬ事態! 武之進は「井桁藩江戸屋敷勘定方目付付き金肥掛かりいげたはんえどやしきかんじょうかためつけつききんぴが」を拝命したが……?

 品地武之進が拝命したのは井桁藩江戸屋敷勘定方目付付き金肥掛かりであった。
 そんなことだから、日頃の武之進は、雪隠せっちん奉行の汲み取り同心と同輩どもからも馬鹿にされてように囃され、一番口の悪い輩には「うんこ侍」などと揶揄されて、からかわれる毎日であった。
 しかし、そんなことには我関せずとばかり、お役目大事と毎日、丁寧にそろばんをはじいている。
 実際にはお屋敷の賄いを担当する部署の下役が近隣の百姓から根菜類を購入し、それとは引き換えに金肥を売るという、勘定方賄い掛かりというお役目になり、武之進はそのうちの販売担当者という重要な役職にあることになる。
 それはともかくとして、目下の急務は横たわる、紋付きの羽織を着た武家姿の死体とその始末である。
 しかし、横たわる亡骸のほかは、それを除けば、これといってなんら異常のない普段通りの朝まだきである。
 どうやら、あたりの気配からさっして、すでに下手人はこの近くにはいない様子である。
 武之進は矛を納めるといった風情で、構えを解くと、ありがとよ、と中間に声をかけて六尺棒をヒョイと中間に投げ渡した。ひょろひょろと背ばかり高い中間は思わず取り落としそうになるが辛うじて六尺棒を握りしめるのだった。
 尻っ端折りした着物の裾を直し、何度か丁寧にはたいて埃を落とすと、武之進は今までそこにそんなものがあったのかといった面持ちで無残に横たわる亡骸に近づき、それから、気を取り直して、傍らへと歩み寄るとかがみ込んで検視のまねごとをする。
 おびただしい出血が門前の土塀に沿って穿たれた幅二尺ばかりの側溝に落ち込み、土を突き固めた路地に半ばは染み込み、一部はすでに踏み固められ、掃き清められた門前の道に広がっている。
 仰向けのまま、顔だけを左に曲げて、左耳は地獄の釜の音でも聞くように地べたに張りついている。
 その横顔を見る限り、刀傷は真っ向唐竹割りと見えた。黒羽二重の紋付きは確かに武家であろうが、襟は垢まみれで月代もまばらに貧乏くさく伸びているところから浪人生活が永いとも思える。
 後に同輩に問いただしたのだが、この紋付きの三日月にカキツバタというちょっと洒落た紋所も家中にそれと知るものがなかった。
 切った相手も武家であろう。それも少しの躊躇もない太刀筋からして大した使い手とわかる。
 しかし、この亡骸、正面から真っ二つに切り捨てられているというのに、腰にした自らの太刀を抜こうとした形跡がない。両の手は身体に沿って半ば延ばされ、両の手は虚空をつかみ、刀の柄に右手を延ばす暇もなかったというのか。
 あるいは、ごく懇意にしている相手に対して油断しているところを、振り向きざまに一閃、居合の技ででもあったか。
 いつの間にか最前まで寂として声のなかった小雀が鳴きだし、軒に下りた烏も、ガアと一声鳴くのだった。
 武之進は手近な中間を呼び寄せ、遺体は戸板に乗せて屋敷内に運び込むようにと指示を出した。ここにこのまま横たえてあるのではご多分が悪い。井桁藩江戸屋敷の門前に惨殺死体があった、などと江戸市中の噂になってしまっては、事が大きくなる。それだけは避けたいところである。
 遺体が戸板に乗せられて裏門から屋敷内に運び込まれると、手の空いた小者が小路に手桶の水を打って血を洗い流し、有り合わせの砂をまいて竹箒であたりを掃き清めたころにはお天道様もだいぶ高くなっていた。
 しかし、なにも選んでこのようなところで、と上役に報告もしなければならない武之進は、この尋常ならぬ事態をいぶかった。
 昨今、江戸御府内に辻斬りが横行するという噂もとんと聞かない。辻斬り、物取りのたぐいならば金品を所持していそうな小商人を狙ってもよさそうなものだ。
 この武家が、仮に浪人だとして、見るからに懐が寂しそうだ。金品を狙う相手としてはふさわしくない。まして尾羽打ち枯らしているように見えても武士は武士、以外にやっとうの腕はたつかもしれない。
 試し斬り……、とも思うのだが。
 それなりの御刀を手にしたものが、切れ味を試したいとも思うだろう。
 しかし、それならば、何も武家を狙うことはない。街道筋には切り捨ててもいいような無頼漢がいくらでもいる。荒くれ者に出くわし抵抗されて返り討ちに、あい切り伏せられることでも恐れたか。
 まして、こんな平和な御時世が続いている今、新たに太刀を手にするものも多くはないはずだ。それなりのところにはそれなりの太刀が、すでに納まっているはずなのだが。
 だが、真っ向上段からの太刀筋をみれば、下手人もなかなかの使い手であることが分かるのだが。

 そのとき、亡骸を清めていた小者から腰の物が竹光でした、という報告があった。懐にはびた一文入っていない古びた銭入れがあるばかりだったという。よほどの困窮であったか。
 町の噂話によると、大きな屋敷の前に座り込み、仕官が叶わなければ、ここで切腹いたします、と言上して金品を求めるという浪人がいるともいないとも。
 ここで腹を切られては迷惑だと、何がしかのものを与えて立ち退いてもらうのだ。
 しかし、それだったら昼日中、往来に物売りなどが行き来している人影があってこそ効果もあるというもの。深夜に門前を、しかも裏口を訪れるというのは、それとも違う。
 いずれにしても不可解、不可思議なことだった。
 昼過ぎ、武之進は中間の佐助に言づけて、お屋敷うちの不用品を処分している出入りのものを呼び寄せた。
 この者たちに小銭を渡し、どこか馴染みの寺がこの辺りにあったら、そこに亡骸を持ち込んで丁重に弔ってくれよと言い渡すと、彼らは言いつけ通り、持ち込んだ早桶に遺骸を納めて立ち去った。
 その後ろ姿を武之進が見送ると、早桶のふたがずれて、中から侍の右手が伸びてきた。 武之進は、ウッと息を呑む。その延ばされた右手が武之進のほうにひらひらと振られているではないか。
 ああ、とうなって武之進が左右に頭を振ると、その亡骸の右手は消え失せ、早桶の蓋もきちんと荒縄で締めつけられている。
 前後二人の小者がエイホエイホと声を合わせて早桶を担いでいく。その姿が裏門を出て右手の裏山のほうに曲がっていき、やがて姿は見えなくなった。
 これは何かの前兆であろうか。あの亡骸が武之進に何事かを伝えようとしたのではか。 あるいはこの仇を見つけて、武之進に仇討ちをしてくれと懇願しているのかもしれない。
 子供のころから武之進とたびたび不可思議なものを見たり、この世ならぬ怪しの音声音を聴くことがあったが、本人は世の中は誰でもそんなものと、気色は悪いが納得もしていた。
 いずれは、人の知らない予兆を知り、下手な占いよりは当たるのではないかと、自らの病を良いこととしてとらまえようと考えているのだった。
 それはともかくとして、亡骸を彼らに引き取らせると、夕刻には屋敷内の奥まったところに設えてある上役の控えの間に出向き、ことの子細を上司に報告して、ごくごく内々に事態を処分した。
 当藩にしてみれば、与り知らぬことではあるが、門前の行き倒れまがいの死体など不祥事の部類にはいる。表沙汰にはできません、というのが武之進の直属の上司である浅間伝兵衛あさまでんべえの意見であり、武之進も不承不承ではあるが、聞けばなるほどと納得できるところもあり、手下の中間どもにも、遺体を目撃した小者たちにも、それなりの口止めをしなければならないなあ、など考えながら浅間伝兵衛が踏ん反り返って上座に控えた八畳ばかりの小部屋を後にした。
 浅間は自分の役目が賄い方のそろばんを弾いていればいいだけの仕事だと思っている。それをお役目違いの行き倒れだか辻斬りだかの詮議せよといわれても、迷惑千万なだけで面白くない。そのうっぷんを、報告を持ってきた武之進にぶつけてはみたものの、自分のところで握りつぶすわけにもいかず、どうしたものかと難儀をしている。
 後日、お役目の連中が最寄りの番所に届け出て、不審な遺骸について行き倒れとして報告することになるだろう。何もありませんでした、というわけにはいかない。
 死んでいた武家が浪人していたではあろうが、これといった抵抗もしないで切り伏せられ、路肩に打ち捨てられていたというのでは世間様に申し訳がたたない。
 武家として名折れであり面目もたたないのだ。場合によっては遺族に難がおよぶ。
 まして倒れていたのが小藩といえども、房州井桁藩。一国一城をかまえる大名の江戸屋敷の裏門である。できたらそれからそれへと穏便に片づけたいというのが武家社会の習いであった。
 何事も体面大事である。
 届け出を受けた番所のほうでも心得たもので、何も好き好んで大名屋敷の醜聞や武家の生き死にに関わろうとはしない。下手にかかわってあげくの御難を避けようというのだ。 それで、いわばこの浪人殺傷事件とでもよべる一件は内密に推移し、いずれは町の噂話にはなるかもしれないが、人の噂も四十九日、おいおい忘れ去られるはずだったのだが……。

<続く>
※次回は6月27日に配信予定。

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