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【連載第5回】公儀厠番 -うんこ侍後始末- 房州、鑓の品地武之進久尚 嘉門院彷楠・作

夜中に、僧形の若者が突然訪問してくる。屋敷内でもまだあまり知られていない、今朝の出来事(亡骸を見つけた件)をもう聞きつけたのかといぶかる武之進だったが、亡骸がその坊さんの寺に担ぎ込まれたということだった。聞けば、亡骸はまんざら知らないわけではないという。その侍は、裏長屋の住人であるというが……。身寄りはなく、浪人しているらしい。権左衛門は、かつて自身も侍であったことを思い出しながら、亡骸の貧乏侍の末路を自身と重ねるのであった……。

この僧形の巨漢は一体誰なのか……!? 武之進が見た幻か?

そんなところに表の引き戸を盛大に叩く音がしたかと思うと、一気に引き開けたものがいる。
「おい、邪魔するよ」
 こんな夜の夜中に近所のことも考えない、大音声だ。見れば、これも縁起でもない玄関先の薄暗がりに六尺豊かな僧形の若者である。
 引き戸の鴨居に丁寧に剃りあげた頭をぶつけそうになるほどの巨漢である。
 またしても武之進のこの世ならぬものを見てしまうという心の病であろうか。いや、それにしては馬鹿にはっきりとしている。

「なんだい権左ごんざ、こんな夜更けに。いきなり現れたんじゃ、こっちも驚くぜ」
 武之進が半ば、驚いた自分にあきれたように苦笑しながらそう答えたから、まんざら知らない仲ではなさそうだ。
 奥にいたおみねも笑顔で会釈しているから、この坊さんは武之進の見る夢幻ではなさそうだ。
「いや、なに、わるかった。裏の坂を駆け下りて、その弾みで裏の塀を乗り越えちまった勢いで、引き戸を叩くのにも遠慮がなくなった」
 この僧形の若者はここ麻布界隈に武家屋敷同様に多いといわれる寺のものであった。
「なにをつまらない冗談を言ってるんだ。いったい、なんだっていうんだよ」
「お前のところでおろくが出ただろう」
 僧形の若者は上がり框で、そう言い置いて、草履を脱ぐと汚れを軽く叩く。そのまま上がり込んで板の間に、どっこいしょとばかりに大きな胡座をかいた。
「おうよ。早耳だな」
 友人同士らしく、武之進の応対もざっかけない。
 それにしても、屋敷内でもまだあまり知られていない、今朝の出来事だ。屋敷のほうから番所に届けがでているはずだったが、それがもう町内に広まったとも思えない。
「なんで、そんなことを御坊がご存じなのかねえ。当藩としてもことを荒立てないと衆議が一決して、番所にも内々で、とお願いしたところなのだが」
 と、武之進がいぶかる。
「なに、そいつがおれの寺に担ぎこまれたってわけよ。訊けば井桁藩江戸屋敷からでたっていうじゃないか。担ぎ込んだ奴ばらに詳しく訊くと、連中に銭を渡して、ねんごろに弔ってくれといったのは二十歳そこそこの若武者だってえじゃねえか。年寄りばっかりのこの屋敷で、ちょいと若いのはお前ぐらいなものだ。これは武さんに違えねえやと思って馳せ参じたってわけよ」
 武之進のことを武さんとは気安いものである。
「年よりばかりとはご挨拶だな。まあ、それが本当のところだから、いたしかたないとはいえ、ご多分が悪いぜ。まあ、そうべらべらとしゃべるもんじぁねえや。一杯やって落ち着いたらどうだ」
「ふ。そんなこともあろうかって、御酒ご持参だ」
 と言って僧形の若者は後ろに隠し持っていた大ぶりな磁器の瓢箪を取り出し、どんと上がり框においた。
「こいつは準備のいいこった」
 まんざら嫌いなほうではない武之進はうれしそうだが、後ろで聞いているおみねは剃り落としている眉をひそめた。
 この僧形の若者は、俗世間にいたころは小坂権左衛門こさかごんざえもんといって、井桁藩屋敷裏の山を少しばかりあがった貧乏寺の住職だ。
 もとをただせば、さるお旗本の三男坊だとかないとか。武之進とはどういうわけか気があって、こんな夜分でも御酒を持参で押しかけてくる仲だった。
 江戸定府えどじょうふを仰せつかった武之進が、通称を和尚権左おしょうごんざと影ではささやかれるこの坊主と知り合ったのは、ほんの偶然の出来事からだった。
 江戸定府とは国元を離れ、藩の江戸屋敷に常駐することである。殿の参勤交代に伴って国元と江戸表を行ったり来たりする勤番とは違って滅多なことでは国元にもどらない役職だ。
 武之進がそんな、お江戸でのお勤めにもやっと慣れたころ、宵の口に井桁藩江戸屋敷からほど近い、麻布新堀町の魚河岸にも近い悪所を徘徊しているとき、したたかに酔っぱらった十人ばかりの中間同士の諍いごとを目撃したときのことだった。
 その喧嘩の仲裁に僧形の若者が割って入り、しかもその手際が水際立っている。
 しかし、当世流行りの無法者を気取った者共相手、多勢に無勢で手に負えなくなっているのを見かねて武之進も加勢に入った。
 いざ加勢はしたものの、やはり集に頼んだ多勢に無勢、散々に打ち据えられたのは二人のほうだったが、それで意気投合、喧嘩のあとは近くの小料理に入ると、その夜はそのまま引け時まで飲み通したのだった。
 聞けば、さる旗本の三男坊に生まれ、小さなときから贅沢三昧、そのうえ悪事を重ねたものだから、勘当か仏門に入るかと、まあ談判の結果、権左衛門は頭を丸めたが、どうせそんな生活を繰り返してきた身には厳しい修行がちとこたえた。勤まるわけがない。
 三年もすると寺を追い出されたのだが、どうしたつてを頼ってか麻布四の橋にほど近い廃寺同然の小さな寺に転がり込み、無住よりはという程度のことで住職然として居すわっている。
 権左が武之進と知り合ったのはそのころのことだった。有体にいえば、旗本としてそれなりの力もある親が手を回して住職の株でも買い与えて、その見返りに親子の縁を切ったのではないか。
 いや、これは武之進の憶測だ。武之進、外見はひょうひょうとしているが、これで存外、人が悪いのだ。
 年格好が似ているという以外にこれといった共通点のない二人だったが、どういう風の吹き回しか、妙に気が合う。単に毎晩、出歩いて飲み食いしているというだけのことなのだが。
 権左は破れた僧衣に荒縄のような帯を締め、向こう鉢巻の赤ら顔、どう見ても破戒僧、荒くれ坊主か生臭坊主の僧兵のようだが、本人は音に聞こえた武蔵坊弁慶を気取っていると称しているのだった。
 手垢で油染み、底光りのする柘植の大玉を煩悩の数とのたまって百と八つ通した数珠をたすきがけちした様は、なるほど弁慶に見えなくもないのだが、なんとも近づきがたい風体ではある。
「それでな。武さん。くだんのおろくだが。まんざら知らねえわけじゃないのさ」
 おみねの差し出す杯では不満足なのか、かたわらの茶碗を手にして、持参の酒を瓢箪からなみなみと注いで、一気に飲み干すと、権左が面白いことを言う。
 これを聞いて武之進の眉が動いた。
「これは聞き捨てならぬ。件の仏は知らない人間じゃないってのかい。こっちは身元が分からないので往生したんだぜ。身元がわかるならば、親戚縁者にひきとってもらうなり、菩提寺があるならば、そっちで弔ってもらうのが筋ってもんじゃないか」
「ところが、そうとも限らない。奴さん、ほらこの先の古川をわたった先にある地蔵堂の脇を入った五光山寺からお不動尊さまの門前にかけて参道があるだろう。その裏手がびっしりと貧乏長屋になっているはご案内の通りだ。そこで度々見かけるお侍がそっくりだというだけの話さね」
「なるほど」
 権左は、あのあたり一体の裏長屋に住む貧乏人連中の不幸、仏事だけではなく、色々と悩み事やら何やらの相談にも乗ってやっている。
 まだ若いし、自身が修行のたりない破戒僧然としているのだが、僧侶としてのそれなりのことはしているようだ。人相風体とは裏腹になかなか見どころがあると武之進も内心思っている。
「それで、その侍は顔見知りということか」
「おうよ。裏長屋の住人だ。見たところ、身寄りはねえな。浪人しているのならば傘張りでもすりゃいいものを、沽券にかかわるとかないとか。俺にいわせれば不器用なだけさね。なんでもやりゃあいいじゃないか」
 権左は不愉快そうに天井の羽目板を眺めて、もう一口、ぐびりと酒を飲んだ。
「それはそうだが、侍の身にもなってみろよ。おいそれと……」
 といいかけて、かつて権左自身が侍であったことを思い出した。この男、くだんの貧乏侍のことを話ながら、その実、自分のことを話しているのだろうか。いや、あの貧乏侍の末路と自分自身がもしかしたら辿ったかもしれない道が、どこかで交差していると感じているのかもしれない。

<続く>
※次回は7月11日に配信予定。

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