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【連載第6回】公儀厠番 -うんこ侍後始末- 房州、鑓の品地武之進久尚 嘉門院彷楠・作

武之進と権左が話しているところに、若侍風の男が現れる。きれいに剃りあげた月代と、丁寧に結い上げた髷はたった今、髪結い床にいったようである。洒落た単衣に、無造作に落とし差しにしている腰の物は大名づくりの螺鈿細工の鞘に白柄の拵え、鍔はススキが風になびく様子を透かし彫りにして満月に兎が飛びつこうとしている赤銅造り。さて、この人物の正体は……?

若侍、現る! 「狸の噂」とは……?

 武之進と権左がそんな話をしているところに、声もかけずに、最前の権左の登場と同じく、がらりと遠慮なく引き戸を開けて若侍風のこしらえの男が入ってきた。
 きれいに剃りあげた月代と、丁寧に結い上げた髷はたった今、髪結い床にいったようである。
 洒落た単衣に、腰の物は大名づくりの螺鈿細工の鞘に白柄の拵え、つばはススキが風になびく様子を透かし彫りにして満月に兎が飛びつこうとしている赤銅造りである。そんな家宝にもなろうという業物を無造作に落とし差しにしている。
 その若侍が、武さん、これは土産だ、と言って右手にぶら下げた笹折をおみねのほうに差し出す。
 おみねのほうでも手慣れたもので、それをさっさと受け取ると、流しの脇の棚から磁器であっさりした矢柄文の大皿を取り出し、慣れた手つきで盛りつける。
 包みをあけると、お屋敷の余り物でも包ませたのであろうか、小鯛の刺身と、いかにも有り合わせの香の物だった。
「いやあ、これはかたじけない」
 と言って言動に遠慮のない権左がさっそく手を出した。
「どうも、いつもお気遣いいただき、すみませんねえ」と権左が妙にへりくだって丸めた頭をくるりと撫でた。遠慮がちな口とは裏腹に、箸はすでに二切れ目の刺身を挟んでいる。
 この若侍が酒肴を持ち込んだりするのは、今夜に限らず毎度のことであるらしい。
「なあに、こっちも、ここに来ると落ち着くからな。迷惑をかけるぜ」
 と言うものの、はなっから、この家の迷惑など考えず、ちっとも遠慮している風がない。
 若侍は太刀を帯から抜いて後ろ手に背後に置くと、ぽんと裾を分けるように叩いて、大きくあぐらをかいた。


 武之進はおみねが持ち出した磁器の酒杯を若侍に手渡して、貧乏徳利からなみなみと酌をした。
 若侍は抜けるような色白で、力仕事などにはとんと無縁と分かる箸よりも重たいものをもったこともないという華奢な指で酒杯を優雅につまみ上げる。そして武之進が注いだ杯の酒を、さも美味そうに飲み干すのだった。
 そして、一息で空になった杯を催促するように、ふたたび武之進に差し出す。まったく、屈託もなければ、遠慮というものがない。
「武さん、聞いたぜ。今朝方はずいぶんとご活躍だったというじゃねえか」
 活躍というのは、今朝方、屋敷裏の街頭に打ち捨てられた亡骸のことであろう。この若侍もすでにお屋敷内の噂を耳にしている様子である。
「活躍なんてこともないさね。毎度のお勤めと、なんら変わりはないさ。ただ仏の身元がわからねえのが、気の毒といえば気の毒だ。そう思っていたところ、この生臭坊主がまんざら知らないわけでもないというじゃないか。これには驚かされたよ」
 ということで、武之進は、たった今、権左から聞いた浪人ものの人となりやら一応のことを若侍に伝える。といっても、五光山寺さきの貧乏長屋に住んでいる浪人ものであるらしい、という程度のことなのだが。
「なるほどなあ。それでこの生臭坊主が、その御遺体を引き取って、懇ろに弔ったといういうことなんだね」
「ああ、こっちの貧乏坊主が引き取って、それなりの勤行はしてくれたってことだ」
「そいつはよかった。ところで、つかぬことをうかがうが、権左さんでも経文が詠めるのかい」
「殿様、からかっちゃいけねえや。これでも免許皆伝……」
どうやら、この若侍は仲間うちでは“とのさま”と呼ばれているらしい。
 なるほど遠慮のない様といい、なま白いのっぺりした面立ちといい、こしらえの華美なところなど、殿様とからかわれるのを無理はない。
 またそのからかいに頓着していないようなところが、いかにも殿様然としている。ひとはなかなか的を射た、的確なあだ名をつけるものだ。
「おいおい、免許皆伝はヤットウのほうのことだろうよ」
 武之進が権左の間違いをすかさず訂正する。
「いや、これは、これは。得度したとでも申し上げやしょうか」
 と言い捨てて権左は豪快に笑った。こちらはこちらで、まったく屈託というものがない。
「ところで武さん。今日、こんな時分にうかがったのは、ほかでもない」
 この殿様なる若侍が武之進の長屋を夜分遅くに訪れるのは、なにも今日に限ったことではない。武之進やおみねも権左もそれを重々承知しているから、内心では、このあらたまった態度に吹き出しそうになっている。
 そんな三人の態度には委細承知しない様子で、殿様が今夜の本題を切り出した。
「裏御門前に打ち捨てられた遺骸もさることながら、例の晦日狸の話は、武之進もきいているだろう」
 殿様が、みょうに改まって、武之進に訪問の本当の理由を話しだしたのだった。
「ああ、お屋敷内どころか、ご町内でもこのところ、その噂で持ちきりよ。拙僧もおかしなことがあるものだと、このところ色々と思案しているところだ」
 武之進が返事をする間もなく、無遠慮な権左が横から入ってきた。
 本所に七不思議があるごとく、麻布にも七不思議がある。その八つ目になろうかというのが晦日狸の噂なのだった。
 ものの本、これは後世の資料となるのだが、明治の末に出版されたという講談だかなんだかの速記本に残る麻布七不思議。
 一つ一つを詳らかにすれば「狸穴の婚礼」は狐ならぬ狸の嫁入りであろうか。
 しかし「狸蕎麦屋」とはなんだろう。「大黒坂の猫又」「我善坊谷の鼠と猫とネズミ」の取り合わせがある。
 その他、人間らしきものに「谷町の遊女屋敷」「二本松の赤子」「白金御殿の一本足」とある。
 西からは青山方向からの台地が五本の指を広げたように迫り、東は古川に阻まれる、谷間の多い土地柄である。
 したがって坂も多く、坂の上は大大名の屋敷が並び、谷間は湿気の多い庶民の長屋が狭いところに肩を寄せ合っている。
 東海道四谷怪談で伊右衛門が逼塞ひっそくするのも、この麻布のじめじめした谷間の奥深くではなかったか。麻布十番の奥には、よい湧き水でもあるのか金魚問屋があった。
 そんな土地柄だけに魑魅魍魎の跋扈する余地があるのかもしれない。麻布七不思議の数々は、いずれも今となっては馴染みのないものだが、ほとんど町名変更された中で狸穴は地名として今も残っている。やはり狸が多かったのだろうか。
 しかし、狸蕎麦屋とは何事であろうか。きつねそばやたぬきそば、ということではなさそうだ。いずれにしても、狸の逸話が多いということは、いかに草深い土地柄であったことが知れる。
 なにしろ江戸期には「麻布で気(木)が知れぬ」などという地口もあり、いわゆる商家や町人の町家が軒を連ねる下町から見れば武家屋敷が軒を連ねる町で、また寺社も多い麻布は、屋敷や寺社のそれぞれに広大な庭園があり鬱蒼とした樹木に覆われているところから、そんな風にいわれたのかもしれない。
 とはいうものの、下町のほうでも木場があった深川などは、「気(木)が多い」のは深川といわれるのだから、お互いさまだ。
ちなみに麻布七不思議には時代ごと、また伝え聞くひとにより様々な異説があり、文献などに残っているものを合計すると、詳述はひかえるが、四十を超えようというから、麻布というところ、なかなかに奇譚やら怪奇の多い土地柄であったといえようか。

<続く>

※次回は7月18日に配信予定。

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