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【連載第9回】公儀厠番 -うんこ侍後始末- 房州、鑓の品地武之進久尚 嘉門院彷楠・作

いざ、狸退治…? 「柴崎さまとやらのお考えか、武之進に狸退治をさせようと思いついたのは」と権左は言う。武之進ならば狐狸妖怪を恐れたりはしないであろうと、内々にことを進めようとする権左と殿様。屋敷内に物の怪が出るなどと知れては名折れであるため、公にはできない。闇から闇への招待に、武之進は内心面白くない思いを抱えているが……。ひとに見えず、自分だけが見るものも多い武之進。怖くはないが、面倒にも思っている。「動いたという置物の狸を目撃した者を知りたい」と懸念しつつ、単なる噂、という見方もあるにせよなんとかその目で確かめよう、ということになるが……?

いざ、狸退治…!?

「なんだ、武之進に狸退治をさせようと思いついたのは、柴崎さまとやらのお考えか」
 と権左が知った風なことを言う。
「いや、拙者が進言したのだ」
 手柄を取られては一大事とばかり、殿様が身をのけ反らせて自慢げに訴えた。
「なんだよお。余計なことをいいやがって。つまらないお役目が回ってくるぜ。なあ、武さん、いい面の皮だよな」
 と権左が茶々を入れる。
「回ってもいいではないか。適材適所は御家の大事であるぞ」
 と、殿様がわかったようなことを言う。これを聞いて権左が吹き出した。
「おいおい、殿様、なにをいっているんだよお。それじゃまるで殿様が武さんの上役みたいな口ぶりだぜ」
「いや、これは失礼いたした。拙者はよかれと思い、柴崎さまに、そう申し上げた。そうしたところ、柴崎さまもよくわかった御仁だ。なるほど、それはその通りかも知れない。武之進ならば狐狸妖怪を恐れたりはしないであろう。この件は内々である。屋敷内に物の怪が出没するなどは知れては、当藩の名折れである。しかし、公にはできない。お屋敷うちのお座敷で、それそれなりの上役から正式に沙汰をだしたのでは、御帳面にも記せねばならずお内緒が悪い。まことに申し訳ないが、そこもとが中に入って武之進にその旨、伝えてくれないか、とまあこういう訳だ」
 と、しゃべり終わったときにはだいぶ喉も乾いたのか、杯の酒をうまそうに飲み干した。

 つまりは、またしても闇から闇か。武之進は内心、面白くはない。この武之進がいう闇から闇の招待はいずれ詳らかになるだろう。
 武之進は妖怪のたぐいが怖くないというのではない。本当に、この目で見てもいないものを信じるということがわからないのだ。ひとに見えず、自分だけが見るものも多い。それは常日頃のことだ。だからこそ、怖くはないが、面倒にも思っている。気づかなければいいものに気づいてしまうのは億劫なものだ。だから、ときとして無鉄砲なことをするのだった。
「やれやれ、あきれたねえ。そんなことを伝えに、こんな夜夜中にのこのこと這い出して、おまけに月代まできれいに剃っちまいやがって。本当に何様のつもりだい。はは、それで“とのさま”かい」
 と権左はどこまでも口が悪い。おみねはへっついの前で、まあまた権左さんはご冗談をといった心持ちで笑っている。
 一方の武之進はこの話を聞いて、深く沈思黙考している様子である。腕を組むと何やら天井裏に密偵でも潜んでいるかのように、上を睨んでいる。
 しばしの間があり、
「わかりました。柴崎さまには委細承知、とお伝えください。返事は今度のお稽古のときでよろしいかと」
 これでは、殿様がこどもの使いのようだ。
「うむ。わかった」
 と、殿様も素直にうなずいた。
「それと、次の晦日はいつになりますかな」
 それにはへっついでお盆を膝にへたり込んでいたみねが答えた。
「いやですねえ。武之進様、本日はまだ十三夜でございますよお」
「左様であった。それでは、まだ少しばかりの猶予がある。十四日か十五日はある。多少の調べものもできようか」
「なんだい、調べればわかるようなことなのかい」
「うむ。動いたという置物の狸を目撃した者を知りたい。動いている中途を見たというのか。あるいはすでに動いていたのか。だとしたら、それ以前に置いてあった場所を知っていたということになる。そして、どの位動くのかもわかるし、それを知りたいのだ」
 もしも、動いている最中を目撃したとしたら、焼き物の狸が動くさまは、さぞ滑稽であっただろう。
「いいや、動いてるところを見たものはいないはずだ。なにしろ、単なる噂だからな」
 権左が知ったかぶりか、武之進の懸念を一蹴しようとする。
「まあ、そういうものでもないだろう。明朝、さっそく中間衆に問いただしてみよう。なにしろ、あの連中は不寝番と称して裏門脇の控えで夜っぴいて酒盛りをしているということだ。どうせ晦日の丑三つ時にも御酒をかっ食らっていたにちげえねえ。物音の一つもきいているだろう」
 中間とはお屋敷内の雑事を引き受ける下級のものたちだが、渡りと称して各藩を渡り歩く臨時雇いのようなもので、それゆえに各藩に対して忠義というような心持ちは持ち合わせていないものだ。
 いきおい、言われたことはやるが言われなければやらない。叱られなければなんでもやる。見つからなければなんでもやると、実にいい加減なものである。昼間から暇さえ有れば酒を飲む、小博打打つと、どうもやくざなものである。
「なるほど、それは妙案かもしれないな。それにしても夜通し酒盛りとはなあ」
 と殿様も腕組みして考え込んでしまった。彼には彼なりの諸般の事情というものがありそうではあったがのんびり者の武之進や、委細かまわぬという権左にとっては与り知らぬことであった。
「なんでえ、なんでえ。二人して。なんだか辛気臭いよお。もう一杯、いただくぜ」
 と権左は茶碗に並々と酒を注いだ。
 夜もとっぷりと暮れて仲のよい三人には美味い酒となり、端でおみねも満足そうに微笑んでいた。

<続く>

※次回は8月8日に配信予定。

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