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芥川賞作家・花村萬月が書き下ろし! 新感覚時代小説【くちばみ 第9回】

古く蝮をくちばみという。戦国時代、「美濃の蝮」と恐れられ、非情なまでの下剋上を成し遂げた乱世の巨魁・斎藤道三の、血と策謀の生涯を描く! 武士から油売りに身を落とした父親に、峯丸(道三)は男手ひとつで育てられた。豪商・奈良屋に縁を得たこときっかけに、動き始めた父と子の国盗りの野望。狙うは天下の要、美濃国。足場を固めた父の招きで峯丸もいよいよ美濃に乗り込むことに――。峯丸改め、長井新九郎の新たな日々が始まる!

くちばみ新メインビジュアル

 
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 大の字になって転がると、大口をあけた太り(じし)の黒い獅子に乗った文殊(もんじゅ)師利菩(しりぼ)(さつ)が半眼で見おろしてくる。
 菩薩の光背は黄金に塗られた()(べん)様の渦が無数に刻まれた挙身光で、斜めに射し込んだ光が複雑に反射して長井新九郎の美相に鮮やかな綾をもった波状の模様を描く。
 外の風は()みきった春の気配だが、鷲林山(じゅりんざん)常在寺本堂を抜ける風は程よく新九郎の肌を醒ましていく。磨きぬかれた床もしんと冷たい。だからといって覚醒するわけでもない。うつらうつらしている。
 することがないのである。まったく代わり映えのしない日々なのである。やることがないのである。単調すぎて(だる)いのである。詰まるところ、退屈なのである。あるあると五月蠅いが、新九郎はとことん()(りょう)をもてあましているのである。
 うたた寝する新九郎の顔に覗きこむ影がさし、光背に反射して頰でゆるやかに踊っていた光がさえぎられた。揶揄の口調が降ってきた。
「日参だ。信心深いことだ」
「日参上人殿か」
 揶揄に駄洒落をかえされて、(にち)()の口許に苦笑が(うか)ぶ。
「許せ、日護上人殿。ここがいちばん落ち着く。大伽藍はじつに落ち着く」
「落ち着くではなく、寝やすい、だろう」
「まあ、そういうことだ。勤行までもが守歌だ」
「よくもまあ、そんなに眠れるものだ」
「夜は、眠れない」
 日護が首を傾げてみせると、新九郎は上体を起こして雑な手つきで頰を搔き、大あくびした。
「ここで寝てしまうから、眠れない」
「ならば午睡は控えればよい」
「いちいち当たり前のことを()かすな」
 ぞんざいな口調の新九郎に、日護の笑みが深くなる。新九郎は首をねじまげて菩薩を一瞥した。
「心(ひそ)かにな」
「うん」
「居眠り菩薩と呼んでいる。うたた寝するにはたいした御利益がある。日参りする価値がある」
 いいなと思ってしまい、いかんとちいさく首を左右に振る日護である。
 が、もう居眠り菩薩という名が居座ってしまっている。仏はみんな居眠りしているような貌をしている。大の字の新九郎の脇に両膝をつき、畏まって座し、呟く。
「やれやれ御本尊の御利益が美濃の護りではなく居眠りとは、持是(じぜ)(いん)(みょう)椿(ちん)様もあの世で苦笑いだわい」
 なんだかんだ言いながらも、日護は本堂でごろごろしている新九郎を心底から慕っている気配である。
 峯丸あらため長井新九郎。
 二条(ころもの)(たな)は日蓮宗具足山妙覚寺にて法蓮坊こと峯丸といっしょに修行した南陽坊あらため鷲林山常在寺住職、日護。
 つまり新九郎と二歳年下の日護は、学友であった。美濃にやってきてたいしてたたぬうちに、新九郎は常在寺に入り浸るようになった。なにをするでもなく、寝にやってくるのだが。
 じつは日護は美濃守護代だった斎藤利藤の子であり、波乱の幼少期を送ってきた。委細は省くが斎藤利藤は船田合戦で失脚、隠居のあげく死していた。その子である毘沙童の命も危ういところであったが、弱年ということで助命され、妙覚寺に入れられて南陽坊として修行し、美濃にもどって常在寺の住職となったのである。
 さきほど日護の口からでた持是院妙椿は、斎藤妙椿として知られている。持是院の法名があらわすとおり、斎藤妙椿は五十になるまで善恵寺(たっ)(ちゅう)持是院にて僧侶としての日々を送っていたが、兄の死により僧籍を離れぬまま家督を継いだ。
 美濃守護、土岐成頼は応仁の乱において在京して戦った。その間、守護代として美濃に在国した斎藤妙椿は立場を利して国内の対立勢力を打倒し、八万石もの諸荘園を押領──奪いとって留守の土岐成頼を凌ぐ勢力を確立した。
 勢いに乗る妙椿は隣国の近江や越前、尾張や伊勢にまで進出し、突出した軍事力を形成した。その力は、応仁の乱は持是院の意思で東軍西軍の帰趨が決するとまで称されたほどである。
 もはや守護である土岐成頼を凌ぐ実力者として美濃に君臨した妙椿だが、狡猾にも土岐成頼を排斥せずに傀儡(かいらい)のごとく扱い、争いよりも領内の安定を図り、応仁の乱の後は足利(よし)()(よし)()の父子を保護し、その経済力により美濃を実質支配した。
 新九郎たちにとって歿して四十年以上たつ人物のことをあえて詳細に記しているのは、斎藤一族の権力争いのあげく坊主にされた日護がらみであることと、応仁の乱以降いまに至っても領主である守護が形式ばかりでおざなりなままであることに加えて、美濃という国を実質的に支配している斎藤家の家督争い等々、内紛の種を仕込んだのが守護の後継までをも決定する力を得た斎藤妙椿であり、いまだ美濃は危うい均衡の上に成り立っているという微妙さと落ち着きのなさを示したいがゆえである。
 その斎藤妙椿が妙覚寺世尊院の日範を招じて開山した鷲林山常在寺は寺領六千石、境内六千五百坪という大刹である。住職となった日護は、美濃にやってきた新九郎になにくれとなく世話を焼いてくれて、その推挙により新九郎は、美濃においては誰しもが一目置く実力者、小守護代の長井長弘の家臣となっていた。
 美濃にやってきて驚愕したのだが父、西村勘九郎はいつの間にやら長井長弘に仕えて、しかも長井姓を与えられて長井(しん)左衛(ざえ)(もんの)(じょう)と名乗っていたのである。
 同様に峯丸も長井姓を押しつけられ、長井新九郎と相成ったわけである。
 これも稚気というべきなのであろうか。どうやら父は諸々諸般をあえて新九郎に告げることを控え、美濃にやってきた新九郎を驚かせることを目論んでいたようである。
 新九郎が奈良屋の隆盛に心を砕いているあいだ、美濃に居続けてほとんど京に寄りつかなくなっていた父は、その働きぶりもさることながら、どうやら人(たら)しの才も開花したらしく、じつに巧みにあちこちに取り入って、いまでは長井新左衛門尉といえば美濃では侮れぬ人物として知られていた。
 もちろんなんの実績もないままに美濃にやってきた新九郎が長井長弘の家臣に推挙されたのは、日護の力云々よりも実父が下(ごしら)えをしていたからである。
 新九郎としては父の許で働きたかった。力を発揮したかった。だがそれはよくも悪くもはぐらかされるようにして、新九郎にとっては中途半端で宙ぶらりんな立場に置かれてしまった。
 為すべきことのほとんどは父がこなしてしまう。いや、新九郎にはなにもさせようとしないのだ。底の底では不安定な美濃だが、新九郎がやってきたときはまがりなりにも国内は安定しており、結果、長井長弘も新九郎を遊ばせたままである。
 いくらなんでも、そろそろ父を(たす)けてくれぬか──と、わざわざ新九郎を美濃に呼んだくせに、西村勘九郎あらため長井新左衛門尉は常軌を逸したという枕詞が必要なくらいに活動的であり、精力的であり、意慾的であった。
 当初は俺など不要ではないかと拗ねかけもしたが、ふと気付いた。父は八面六臂の大活躍を息子に見てほしいのだ。(せがれ)から驚愕と尊敬の眼差しを注いでほしいのだ。
 妻に逃げられ、父子で餓死しかかっていた絶望的なまでに無気力だった過去から立ち直って、一介の油売りから武士となり、美濃において実力を発揮し、重要度を増していく父の晴れ姿を息子に知ってほしい。
 なんのことはない。いい歳をして承認慾求を充たして満悦の長井新左衛門尉であった。もちろん周囲から多大な賞賛を受けるだけの働きはしているのだが、それがすべて息子に向いてしまっているところが、この父親の特異なところであった。
 あまりにも暇なので、出る幕がないではないかと新九郎が苦言を呈すれば、よいよい、ゆるりと構えておれ。いずれ新九郎を必要とするときもくるわ──などと鷹揚な笑みを泛べて頷く。
 だが新九郎は、父の微笑の奥に隠されたいかにも得意げな胸中を察してしまい鼻白む。おまえはなにもせずともよい。黙って父を見ておれ──。
 結果、新九郎は常在寺の本堂にて日課のごとく午睡するようになった。
 他にすることといえば、周囲の女たちが(ほう)っておかないということもあり、油売りのころと同様、誘われれば、どのような相手であっても必ず女の胎内に精を放つことを己に課していた。
 相手によりけりではあるが、やっていることは概ね快楽を通り越して、ほとんど行である。内心、冗談交じりにいつか悟りの境地に達するのではないかなどと自嘲することさえある。
 

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