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芥川賞作家・花村萬月が書き下ろし! 新感覚時代小説【くちばみ 第13回】

古く蝮をくちばみという。戦国時代、「美濃の蝮」と恐れられ、非情なまでの下剋上を成し遂げた乱世の巨魁・斎藤道三の、血と策謀の生涯を描く! 父と二人、油売りをして食い繋いだ幼少期。どん底を知る父と子が、美濃を舞台に国盗りへと動き出す。守護家の土岐頼芸から側室・深芳野との閨事の代役を託され、奇妙な三角関係の中、野望に向かって突き進む新九郎(のちの道三)。その一方で、父・新左衛門尉が次第に疎ましく感じられ……。

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  20〈承前〉

 馬を手に入れた。
 どこで聞きつけたか、陸奥の馬商人が(かる)()西(にし)城主になられたお祝いに──と十頭ほどの馬を連れてきたのである。
 土岐頼芸(よりなり)から軽海西城を与えられたのは一年ほど前であった。現代の感覚からすれば馬商人が売り込みにくるのが遅すぎるが、このころの時の流れはのんびりしたものである。
 義経公が寵愛なされた鷹鳥屋小黑澤の産でございます──と馬商人はいずれ劣らぬ名馬を(しょう)()に腰をおろした新九郎の前に引きだして、並足で歩かせた。そのうちの小柄な一頭の牝馬から視線が離せなくなった。
 一目惚れだった。
 無表情が得意な新九郎だが出逢いの瞬間、昂ぶりを隠せなかった。だが馬商人はこの牝馬を売る気がなかったようだ。
 武士というものは大概が見てくれの大きな馬体を求めるものである。まさか牝馬を慾するとは思ってもいなかった。だが新九郎の熱意は尋常でなかった。そのせいもあって足許を見られ、新九郎は大枚をはたいた。
 いかにも通好みと馬商人は腕組みなどして感嘆していた。だが当の新九郎は馬に精通していたわけではない。新九郎を完全に無視したこの馬に魅入られてしまったのだ。
 馬商人はこの牝馬を最良の牡と(つが)わせれば抜群の仔を産むと判じていたから、新九郎の意気込みに乗じて値を吊りあげる算段もあっただろうが、売買を終えても売り惜しみの気配を隠さなかった。
 牝馬ゆえに軀も大きくはないし、一見なんの変哲もない尾花栗毛である。
 が、目つきが悪かった。
 それを馬商人に指摘すると、大きく頷いて牝馬の目を覗きこんだ。
「犬の目でございますな。野良犬じみておりまする」
「馬なのに、犬か」
「馬の賢さはその根に臆病がございます。されど、この馬は牝にして生きることに長けているのがありありとわかります。言いかたがよくありませぬが、賢い犬の狡さと(つよ)さをもっています」
 馬商人は蹴りを警戒して牝馬からできうる限り軀を離し、その腹部にそっと触れた。
「御覧ください、この血の筋を。脇に控えたその立派な体軀の牡馬にもまさる太さ」
 指摘されて、なるほどと感嘆した。どの馬よりも血管が太いのである。新九郎はあらためて牝馬を吟味した。尾花は灰白というよりも、黄金色をしている。一見して目立つといえばこの黄金の(たてがみ)と尾くらいのもので風情は控えめといっていい。
 城としての体裁を整えるために一応、幾頭か馬を飼っていた。古い(うまや)はそのままに、新九郎は牝馬のために新たに厩を建てさせた。厩といえばなにかと引き合いにだされる細川管領家の十三間には遠く及ばないが、ちいさくとも丹精込めた二間の厩である。当然ながら猿も飼わないが、()(じゅ)と名付けた愛馬のために猿回しを呼んで猿を舞わせた。
 厩は棟割長屋形式で、ほどよく陽射しの入る一間を真珠の寝床とし、隣の一間に新九郎自身が眠るための寝台を(あつら)えさせた。(とお)(さぶらい)に寝起きするのではなく、横たわった真珠の目と己の顔の高さが揃うようにしたのだ。
 その入れ込みようは尋常ではなく、不在のときはともかく誰も近寄らせない。そもそも食が細く、馬丁が飼葉を与えれば見切ったかのように生存に必要なぎりぎりの量しか食べない真珠である。
 ところが新九郎が与えれば、気のなさそうな様子ではあるものの、すべて食い尽くす。無視されるのは馬丁と同様であるが、飼い葉を食べてくれるというその一点だけでも新九郎は嬉しくてたまらない。
 真珠は老練な馬丁にも絶対に軀を触らせようとしない。新九郎は蹴られぬよう気を張りつつ、その均整のとれた艶やかな軀を嬉々として(くしけず)る。
 うまく馴らせば、血筋からいっても(ぬき)んでて賢いうえに、持久に富んで労苦を厭わぬ素晴らしい働きをする資質をもってはいるけれど、この馬に乗るのは、相当に難儀なことですぜ──と()(くろう)は断言した。
 牡の気の荒いのは単に気が荒いだけなので飴と鞭と情で対応をすればよいだけのことだが、牝のなかには血筋がよく、能力が高いがゆえに始末に負えぬ莫連、手に負えぬ阿婆(あば)(ずれ)がときおり生まれるものだとも力説した。新九郎も一目見たときからそう思った。
 起き伏しを共にしたからといって真珠が懐いてくれるかどうかわかったものではない。それほどに気性の読めぬ馬であった。なにしろ触れさえしなければ、いたって温和(おとな)しいのである。その目つきに気付かなければ、柔和な牝馬そのものである。
 が、その軀を梳るといった目的もなしに、ただ単になんと可憐な姿よ──と臀を撫ででもすれば一呼吸おいて強烈な蹴りを繰りだしてくる。
 即座に蹴るのではなく間をおくのは、撫でた者を油断させるためではないかと新九郎は読んでいる。反射で動くのではなく、人間以上に間をはかるのが巧みで、絶対に外さぬよう的確に対処してくる。
 新九郎はぎりぎりで避けたが、気を許した瞬間を狙って確実な一撃をぶち込んでくるのだ。性格の悪さと狡知に長けたところは馬を超越している。
 こんな真珠に乗ることなど、不可能事の最たるものである。いかに(なだ)(すか)そうが、機嫌をとろうが、鞍はおろか(あらい)(ぐつわ)さえ付けることができぬ。
 新九郎はこの手強い娘に対して意地になっているわけではない。性悪ぶりがひたすら愛おしいのだ。家を空けねばならぬ用事がないかぎり、ひたすら真珠に添い寝する日々が続いている。そのせいで()(よし)()はかなりお冠である。(わらわ)が牝馬に負けるとは──と大仰に天を仰ぐ。
 眠っているさなかに、真珠の鼻息を感じることがある。じっと見つめられているのも感じる。視線には不可解な触手が込められていて、それが頭の中に白銀の蜘蛛の巣じみた無数の網の目をつくりあげていく。必ず悪夢に襲われる。
 悪夢はさまざまだが、たいがいにおいて父が絡んでいる。父が悪夢の源であると言いきってしまってもいいくらいである。この夜はこんな夢を見た。
 まだ赤子の新九郎の横で、胡坐をかいた父が異様な執念で季指やら食指やらを動員してひたすら鼻屎(はなくそ)をほじり続けている。集中する姿はじつにおぞましい。
 これは夢だから、と新九郎は己に言い聞かせるのだが、よりによって父は狂気の宿った目つきで歪みの目立つ奇妙な笑みを(うか)べて鼻屎をほじっているのである。新九郎は口のなかがカラカラになってしまうほどの嫌悪を抑えることができない。
 もう全てほじり尽くしたにもかかわらず、その手が止まることはない。あげく両方の鼻の穴から鼻血をだらだら垂らし、周囲に血溜まりができていく。鼻から下、顎を伝って胸から腹と全面が緋色に染まって、新九郎は腐敗物に似た生臭さに閉口する。
 たかが鼻血なのに、まるで割腹の場であるかのような尋常でない大流血である。父の顔がどんどん白っぽくなっていく。おぞましいことに、かいた胡坐に血の池ができているではないか。
 ふと我に返った父が、虚ろな眼差しで転がっている新九郎に視線を据える。血塗れの姿で(にじ)り寄り、空腹のあまり泣く気力さえない新九郎のうえに覆いかぶさり、そのちいさな口に、鼻血を垂らす。
 父は己が流す血ですっかり衰えてしまった新九郎を生かすつもりらしいが、なぜ鼻血なのか。しかも、父の鼻腔からの出血量は異様である。見あげる赤子の新九郎にとって、迸る滝のごとしである。
 骨と皮になって頭蓋の繫ぎ目が外からもわかるほどに痩せ細った新九郎は体力を喪っていることもあり、血を飲むどころではない。溢れでる父の粘っこい血に()せかえり、呼吸困難を起こして烈しく身悶えする。
 父はそれを新九郎がよろこびに(ふる)えていると勘違いして、鼻を(つま)んでいったん流血を止め、奇妙なまでに甘い鼻声をかけてくる。
 美味いか、俺の血は美味いか、遠慮するでない、たんと飲め──。
 ふたたび、だらだらと粘っこい血の滝が落ちかかる。必死でよけても血潮は蛇の動きで確実に新九郎の口中に這入り込んでくる。いよいよ窒息して死ぬ。
 その苦痛の極限の瞬間に目覚めた。
 

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