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芥川賞作家・花村萬月が書き下ろし! 新感覚時代小説【くちばみ 第16回】

古く蝮をくちばみという。戦国時代、「美濃の蝮」と恐れられ、非情なまでの下剋上を成し遂げた乱世の巨魁・斎藤道三の、血と策謀の生涯を描く! 油売りをして食い繋いだ極貧の幼少期を経て、新九郎(のちの道三)は父と二人、国盗りの野望を抱いて美濃へ入った。美濃守護・土岐頼芸を篭絡し、全幅の信頼を手に入れた新九郎は、政敵を次々に追い落とし、ついに守護代の座まで辿り着く。道半ばにして父は死去、ひとり新九郎の国盗りは続く……。

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   26〈承前〉

 さらに翌年春、()()の方が女児を産んだ。のちに信長に嫁ぐ()(ちょう)──(のう)(ひめ)である。
 ここに到って新九郎が抑えに抑えていたものが爆ぜた。小見の方が不安に感じるほどの帰蝶に対する偏愛である。
 豊太丸に注ぐべき愛情を異様な精神力で抑制していた無理がたたったのだ。しかも帰蝶は女児である。世継だのなんだのといった煩わしいものとは無関係に、純粋に父親としての愛着を発揮することができる。
「ほうら高い高い、(とと)でちゅよ~」
 帰蝶の両脇に手を挿しいれて、爪先立って掲げ、笑み崩れた顔を隠すどころか幼児言葉で帰蝶の機嫌をとる新九郎である。
 さすがに小見の方も呆れ気味だが、たまたま居合わせた()(よし)()は呆然とした。正気とは思えぬばかりの陽気さと昂揚をあからさまにして、豊太丸には一切与えなかった愛情を、もはや周囲のなにものも目に入っていない状態で帰蝶に注いでいる。
 小見の方はちらと深芳野を窺い、ちいさく咳払いなどして俯き加減で囁く。
(わらわ)が申すことではございませぬが、とても正念とは思えませぬ」
「──さすがに、ここまでとは」
「はい。我が子を可愛がるのになんの(てら)いがいりましょう。が、日々この調子。常道から大きく外れておられます」
 新九郎は帰蝶を抱きあげたまま、とんとん足取りも軽く広間を縦横に跳ねている。帰蝶は笑い声をあげてはいるが、与えられる振動の烈しさに、その笑いには幼いなりに不安に近い気配もにじんでいる。
 まだ帰蝶は首が据わっていないので軽々しく揺すってはならぬと小見の方が幾度も注意したのだが、新九郎はきれいに失念して、奇矯といってよいほどのはしゃぎぶりである。小見の方は嘆息する。
「あげくまわりが止めるのも一切聞かず、(しも)の世話まで御自身でなさいます。そして、いつも感極まった声で仰有(おっしゃ)るのです──これを見よ、松波の家に代々伝わる(しるし)がこれほどくっきり鮮やかに」
 摺り足で駆けまわる新九郎に一瞥をくれ、小見の方は苦々しげに続ける。
「妾に言わせればただの(あざ)。長じたとき、女人にとって痣は決して」
 小見の方は辟易を隠さずに、曖昧に語尾を濁した。
 またもや松波の家に代々伝わる徴──か、と深芳野は溜息を吞みこみ、新九郎は豊太丸の徴が薄かったことが微妙に物足りなかったのだ、といまさらながらに悟らされた。
 結局、深芳野は徴についてはなにも言葉を発さずに、にこやかに笑んで立ちあがる。
「お幸せなことでございます。羨ましゅうございます」
 気の強さと裏腹に、人情に篤い小見の方は申し訳なさそうに頭をさげた。小見の方の心が痛いほどわかる深芳野は、笑みを崩さずにその場を辞した。けれど一歩進むごとに己と豊太丸の切なさに突きあげられ、肌を幽かに収縮させていく。

   *

 以降、新九郎はあちこちで子を成し、記録に残されているだけでも十六人を数える。なかには長男豊太丸──(よし)(たつ)以前に庶子として成した子もいるようであるが、詳細は資料が乏しく曖昧なので略す。
 ただしこの庶子であるとされる(みち)(とし)は道三に仕え、後に義龍と通じ、重要な役を果たすこととなる。

 

16話 修正

 

   27

 帰蝶が生まれたころから新九郎は稲葉山城の大改修を開始した。
 まずは稲葉山城南西の裏鬼門を守護するために古刹美江寺を移転させて、金華山西麓の(いの)(くち)に居館をつくりあげた。
 いまだに長良川大洪水で浸水した枝広館の収拾がつかぬ(より)(なり)が、居候させてくれと羨むほどの豪奢なものであった。もちろん新九郎は(てい)よく撥ねつけた。
 居館を完成させてからは、長年構想を重ねてきた城下町の構築に手をつけた。
 城下町は三方に門を(しつら)えた総構え、京に倣った区画整理も美しく、また城下町外郭には規模の大きな市場が新設された。
 新九郎の選択眼は(たし)かで、東山道と尾張への街道が交差する御園、()()方面へ向かう岩倉、(おお)()方面に到る中川原という交通の要衝に設置された市場の賑わいは当初より大層なものだった。
 市場は単なる商取引の場という素っ気ないものではなく、縁起を担いで市場神である榎が大量に植栽され、日影も涼やかなじつに整然とした場が形成されていた。
 この市場の(かっ)()は、楽市を開いたことである。楽市といえば織田信長が(うか)ぶが、市場における諸役免除、市場税の免除、さらには専売座席を廃した自由な商取引といったあれこれは、新九郎が稲葉山城の城下町で先に試みたことである。信長は新九郎の遣り方を継承したのだ。
「いや、なに、俺は所詮商人の出である」
 と、人々が群れる楽市の繁栄ぶりに目を瞠っている小見の方に呟く新九郎であった。このころになると、周囲の誰も新九郎に意見できぬ空気が濃厚になってきた。理由は、経済力である。
 紙座の利益については御承知のとおりであるが、さらに数年前に可児(かに)郡に築城した()(ほう)城に養子、斎藤大納言妙春こと正義を入れ、木材の一大集積地である錦織(にしこおり)は木曾川綱場を仕切らせた。
 この河上関所は、日本有数の生産量を誇る木曾山脈で伐採された木材を筏に仕立てあげて下流に流す筏流しの起点であり、それら木材の徴税所であった。
 伊勢神宮や京の朝廷などに供する公用木材は非課税であったが、茶の湯などの隆盛と共に木曾檜という一大ブランドを求める民間需要は凄まじいものであった。
 また戦国の世であるがゆえ戦火によって焼ける建物も多く、必然的に木材不足が惹起されてしまい、新たに建てられる建物のための木材は供給不足に陥り、質に難のある木材までをも含んで価格の高騰を招いた。それに伴って木曾川を下る筏の数は際限なく増していき、関銭──税収は莫大なものとなった。
 烏峰築城にあわせて力尽くで河上関所を奪いとってしまった新九郎は、山の物を川に流すだけという遣り口で無尽蔵の金蔵を得たわけであるが、烏峰城主斎藤正義は自身も潤うことから新九郎に操られることを善しとして、綱場で睨みをきかせた。
 これら諸々は、奈良屋に婿入りすることを条件に、判紙祝儀の会合にて関銭を支払わずに自由に関所を通過できる許可状と印券を手にしたときの父の昂奮ぶりを新九郎がありありと記憶していたからこそで、ならば自分は税を(むし)りとるほうになってやろうという微妙な反撥心をもって、じっくり計略を練ったのである。
 関銭に限らず、税というものを発案した者は、じつはいかに国家云々といった大義名分を並べあげようとも、究極の利権を手にしたのであり、新九郎はその一角のもっとも効率の良い税制をものにしたのである。
 時折、抜き打ちで新九郎は烏峰城に正義を訪ね、木曾川綱場に立ち、激突する筏の思いのほか澄んだ音に耳を傾け、銀の飛沫を浴びつつ立ち昇る濃厚な檜の香りを嗅ぎ、目を細めるのだった。
 ともあれ戦をするのも、家臣を増やし、養うのも、なにをするにも最終的に物を言うのは経済力である。商人の出と自嘲してみせる新九郎の判断はじつに的確で、ゆえに争乱の絶えぬ美濃においていよいよ(ぬき)んでた力をもつに到った。
 その一方で、頼芸は修理大(しゅりのだい)()任官を朝廷より却下拒絶されていた。中納言の万里(までの)小路(こうじ)惟房(これふさ)を伝奏にして任官依頼をしたのだが、従四位下、修理大夫の任官に必要な礼銭の額が、相場の三分の一以下に過ぎぬ十貫という低額であったためだった。
 それを知った新九郎は、遣うべきところに遣わぬ頼芸の吝嗇ぶりを嗤った。
 困窮著しい宮廷である。官位就任で箔付けしたい大名に金額次第で官位を与えて、なんとか凌いでいたのだ。
 つまり官位など銭さえ積めば大名でなくとも小名であっても任官されるほどであり、乱発されていたのである。

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