本との偶然の出会いをWEB上でも

芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第19回】言語をめぐって連環してゆく物語

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義!連載第19回目は、円城塔の『道化師の蝶』について。普通の小説とは一線を画す、少し変わった名作を解説します。

mitakyoshitsu_640

【今回の作品】 円城塔道化師の蝶』 言語をめぐって連環してゆく物語

言語をめぐって連環してゆく物語、円城塔『道化師の蝶』について

「前衛文学」という言葉があります。前衛というのは戦争の最前線の堡塁の前に飛び出していくことを意味します。お祭のおみこしの先端をもつ人を「お先棒かつぎ」と言いますが、まあ似たようなもので、常識的なごくふつうの人とは違う、目立ちたがり屋といった感じがします。ふつうの小説を書いていたのでは目立たないので、めちゃくちゃでもいいから、ふうがわりなものを書いてやろう、といった書き手を「前衛」と呼んだりします。たいていは見かけ倒しのヘンテコな作品で、誰にも評価されずに消えていくのですが、ごくまれに、大ヒットを飛ばすことがあります。この作品がまさにそれです。

最後まで解けない謎

5章からなる作品です。第1章では「わたし」という人物が登場して、銀色の虫取り網でアイデアをつかまえるという人物と、読書についての話をします。第2章になると、別の人物が主人公で、そこまでの第1章についての話になります。つまり小説についての小説という、前衛文学にありがちな仕掛けです。第1章の文章は、無活用ラテン語という合成言語で書かれたものを日本語に翻訳した作品だということになっています。  

第3章になるとまた別の人物が出てきます。刺繍と、言葉を紡ぐことと、料理というものの相似性が、意味ありげに語られます。ここで何となく、第1章と第2章、そしてこの第3章が、何か秘密の糸でつながっているのではないかという予感みたいなものが、チラッと見えてきます。

第4章になると、第2章の主人公の行方を探す人物が出てきて、ここでも言語というものの不思議さが語られます。言語について言及されますが、その言及も言語によって表現されていますから、2匹の蛇が互いのしっぽを呑み込んでいくような、こんがらかった言葉遊びのような展開になります。こういうのが好きな人はだんだんおもしろくなるのですが、ごくふつうの読者は戸惑うばかりです。  

最終章の第5章の主人公は、第3章の語り手とつながるようでもあり、違うようでもあるのですが、ここでも失踪した第2章の人物の残した手がかりを読み解いていくという展開を通じて、迷宮の奥底に迷い込んでいくような感じになって、その迷宮の中心まで行けば、いよいよ謎がすべて解明されるのかと思いきや、謎はますます深まっていくばかりで、わけがわからないまま作品は終わってしまいます。  

最後まで謎解きはないのですが、そもそも何が謎なのかもよくわからず、この作品がいったい何についての作品なのかもわからなくなってしまうのですが、「道化師の蝶」というタイトルを考え合わせると、ああ、そうだったのかと、謎が解けたような気分になる人も、中にはいるでしょう。しかし最後までわけがわからず、時間をむだにしたと思う人もいるだろうと思います。たぶん百人中百人が後者ではないかと思われます。

大胆に、新しさを求め続けよ

しかし芥川賞の選考委員をつとめているような人は、たくさん小説を読んでいて、読み過ぎというくらいに読んでいるので、ごくふつうの小説を読むと、またこんな小説かとうんざりしてしまって欠点ばかりを見てしまいがちなのに対し、こういうヘンテコな作品に接すると、ちょっとおもしろいんじゃないの、という気分になるらしいのです。  

それから、選考委員の中に一人でも、この作品の良さがわかるのはわたしくらいのものでしょう、というような口ぶりでしゃべる人がいると、モーレツに反対する人がいる一方、いや、わたしもこの作品を評価したいですね、などと言い出す人も出てきて、この種の難解な作品があれよあれよというまに受賞してしまうということが、わりあい多いようにわたしは感じています。  

小説家というのはヘンな人が多いのですが、ふつうにヘンな人というだけでは目立たないので、どんどん世間ばなれしていく傾向があります。それにつれて、作品の評価もどんどんヘンな方向に行ってしまうということになるようです。こういう選考結果からぼくたちが学ぶべきことは、ヘンな人間になり、ヘンな作品を書くことをためらってはならないということです。大胆に、スタイルをぶっ壊して、新しさを求め続けることです。  

でも、ただのラクガキとピカソの絵とが違うように、円城塔さんの作品はただのデタラメを書いたものではありません。円城さんは気鋭の物理学者でして、SFふうの作品もある人で、すっごく頭のいい人なのですね。すっごく頭のいい人がどんな文章を書くのか、参考のために読んでみるのもいいと思います。読んでみて、ぜんぜんわからなかった、わたしの頭が悪いんだろうな、と思う必要はありません。あなたの頭が悪いわけではなく、ただあなたがふつうの人だということなのです。

三田誠広の「小説の書き方」連載記事一覧はこちらから

記事一覧
△ 芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第19回】言語をめぐって連環してゆく物語 | P+D MAGAZINE TOPへ