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芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第6回】新しいテーマは目の前にある

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義!連載第6回目は、三田誠広の著作、『僕って何』を取り上げ、そのナイーヴな青春時代の視点で描かれた文学の魅力を自ら解説します!

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【今回の作品】
三田誠広 『僕って何』 全共闘時代をナイーヴな若者の視点で描いた青春文学

全共闘時代をナイーヴな若者の視点で描いた、三田誠広『僕って何』について

前回は柴田翔さんの作品を採り上げました。ぼくが『されど われらが日々──』を読んだのは高校生のころです。昔の学生は社会や国家のあるべき姿を考え、それなりの夢をもっていたのですね。作品は、夢を追い求めながらも挫折してしまった若者たちを描いていました。その挫折感、胸の痛みみたいなものが、じんわりと胸にしみてきたのです。

夢のない青春というのは、寂しいものです。同じ夢をもった仲間がいれば、元気が出ます。
ぼくが大学生だったころ、学生運動が盛んでした。でも世の中をよくしたいという若者たちの善意が、少し困った方向に向いてしまって、やたらと過激なのだけれども、何を目的としているのかよくわからない、何だかわけのわからない運動になってしまっていたのですね。

そういう状況を批評的に書くというのが、 『僕って何』の第一のねらいです。
でもそれだけでは理屈っぽくなってしまいます。
この作品はテンポのよいユーモア小説で、軽い恋愛小説として読めるようになっています。

「新しさ」と「王道」をからめる

恋愛小説は、文学の王道です。
でもただの恋愛小説は、類型的になりがちです。
男と女の出会いや別れなんて、何千年も前から同じことがくりかえされてきたのですから、何を書いても、以前に読んだものと同じだという感じがします。

ただし、一人の人間が、いま、ここにいる、という状態は、一回きりのものです。たとえば読者のあなた。あなたという存在は、世界の中でただ一つのものですし、あなたの初恋というのは、人類の歴史の中でもただ一回だけのものです。ですから、恋愛というものは書く価値のある出来事だとはいえるのですが、小説として多くの人々に読まれることを考えると、この作品にしかないというユニークな特徴が必要です。

『僕って何』という作品は、まだ誰も書いていない同時代の時代状況を、恋愛小説にからめて表現した作品ということができます。
時代状況というものは、年ごとに、めまぐるしく変わっていきますから、しっかりと時代を見すえていれば、つねに新しいテーマを見つけることができます。新しさだけを主張しすぎると、理屈っぽいものになってしまいますので、そこで王道ともいえる恋愛小説を導入して、小説としての骨組みをしっかりと作るということですね。

日常の「あたりまえ」を見つめよう

恋愛小説としての骨組みに、新しさは必要ありません。高嶺の花に遠くからあこがれる若者とか、『ロミオとジュリエット』のように家族に反対される悲劇とか、漱石の『こころ』の先生と友人のような三角関係になるとか、数えていけばすぐに数え尽くすくらいパターンの数は限られています。

わたしの作品は、同じ漱石ですが『三四郎』のパターンですね。田舎から出てきた若者が年上のちょっと生意気な女子学生にあしらわれるという、恋愛小説の基本形の一つです。
この恋愛のパターンはけっして新しいものではありません。しかしそこに、最新の世相や風俗を導入すれば、まったく新しい作品として世に問うことができるのです。

あなたの周囲を見回してください。あなたがもし高校生や中学生なら、あなたにとってはあたりまえだと感じられているあなたの日常生活が、実は「新しい」ものなのです。まだ誰も書いていない時代状況が、あなたの目の前にころがっているのです。
それはありふれた石ころみたいな日常かもしれませんが、恋愛小説の基本パターンとからめて作品として仕上げれば、宝石のように輝くはずです。

自分の作品なので、自画自賛するみたいですが、『僕って何』という作品は、世相や風俗としては古くなった時代を描いていますが、恋愛小説の基本がしっかりとしていますので、いま読み返しても、輝きを失っていないと思います。

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