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五味康祐『喪神』/芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第78回】芥川賞の珍事というべきか

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義! 連載第78回目は、五味康祐『喪神』について。剣豪小説の第一人者が剣の深奥を描いた作品を解説します。

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【今回の作品】
五味康祐『喪神』 剣豪小説の第一人者が描く剣の深奥

剣豪小説の第一人者が描く剣の深奥、五味康祐『喪神』について

歴代の芥川賞作家のリストを眺めていると、時々、おや、と思うことがあります。劇作家の唐十郎柳美里本谷有希子が受賞しているのは、小説と脚本は、まあ、似たようなものだと考えることもできますが、版画家の池田満寿夫(ぼくと同時受賞だったので面識があります)、お笑い芸人の又吉直樹などの受賞は、やはり異色というべきでしょう。
大衆小説の井上靖松本清張の場合も、受賞作に限っては、純文学ふうのタッチが見られます。

ところが今回の『喪神』は、これはもう異色中の異色というべきでしょう。
五味康祐といえば剣豪小説の大家です。剣豪小説しか書かなかったという人です(麻雀必勝法みたいな本も出していますが)。
そんな五味さんも、若かったころは純文学ふうの作品を書いたのかなと思ってこの作品を読むと、ぶっとんでしまいます。これ、まったくもって、ふつうの剣豪小説なのですね。

第28回、昭和27年下半期の選考です。同時受賞の松本清張ものちにはミステリー作家として一世を風靡した人ですが、受賞作の『或る「小倉日記」伝』は、森鴎外の日記をめぐるドキュメントを装ったフィクションです。最初は直木賞の候補作だったのが、作者がまだ新人だし、『三田文学』に掲載されたものだからと、芥川賞の候補に回されたといったエピソードが残っています。わたしもこの松本清張の作品は、純文学だといっていいと思います。

しかし、五味康祐の作品は、どう見てもただの剣豪小説です。これがどうして芥川賞なのでしょうか。そもそもこの作品が、なぜ純文学誌の『新潮』に掲載されたのでしょうか。

実験小説としての剣豪小説

五味康祐の年譜みたいなものを見ると、文学青年ふうの青春時代を送ったようです。早稲田の高等学院を中退したかと思うと、明治の文芸科に入り、徴兵されて南京で捕虜になり、復員したあともぶらぶらしていたのですが、芸術家の岡本太郎や、日本浪漫派の保田與重郎に私淑するなど、気ままな生活を送って覚醒剤中毒になり、それでも結婚して、新潮社の校正のアルバイトをしているうちに、この作品が『新潮』に掲載されました。

そういう経緯を見てみると、この作品は一種の実験小説だということがわかります。剣豪小説のスタイルはとっているけれども、これは刀を振り回して闘う剣豪の話ではなく、むしろ仏教的な悟りの境地に到達して、失神しているような状態になることで、条件反射的に相手を斬ってしまうという、何だか幻想的な剣豪の話なのですね。五味康祐はそれ以前に、剣豪の話など書いたことがなかったようです。何か新しいスタイルの文学作品を書いてやろうと模索しているうちに、この奇妙な剣豪のプランを思いついたのでしょう。

選考委員の意見も二つに分かれています。「そんなに深いものとは思えない」「何らの感銘もない」「ショッキリ角力みたようだ」という全否定のような評もあったのですが、「極めて独創的な造型力」「練達な筆致が群を抜いて」「『喪神』には光るものがあるのだ」という支援の声もありました。ちなみにショッキリというのは、本場所ではない地方巡業などで演じられる、わざと反則技を使ったりするコミックショーみたいな出し物のことです。

実験小説とはそういうもので、選考委員の胸の奥のツボみたいなものにヒットすれば、絶賛に近い評価を得ることもあるのですが、ツボに当たらなければ、無視か全否定になってしまうのですね。どうやら五味康祐は、いまでいえば円城塔みたいな、超難解な前衛作品を目指して、見事に芥川賞を射止めたということになります。

芥川賞受賞後、一躍流行作家に

ところがこの芥川賞が発表されると、作品は前衛的な実験小説ではなく、斬新な剣豪小説と世間に受け止められたのですね。五味さんのもとには剣豪小説の執筆依頼が殺到することになります。そして週刊誌に『柳生武芸帳』を連載して大ヒットを飛ばします。原稿料の高い週刊誌の連載に成功すると、純文学など書く気が失せてしまうのも当然のことでしょう。

芥川賞を受賞した時の五味康祐は、三十一歳。まだ若手作家というべき年齢でした。しかし受賞を機に、いきなり流行作家になってしまったので、その後も、純文学的な作品を書くことはありませんでした。芥川賞を受賞することが、一人の気鋭の作家の運命を狂わせてしまったと見ることもできます。

この松本清張と五味康祐が受賞したために賞を逸した落選者の名前を見ると、安岡章太郎吉行淳之介小島信夫、近藤啓太郎といった、錚々たるメンバーだということがわかります。誰もがのちに芥川賞を受賞しています。近藤だけは、のちに好色通俗小説という分野に転身しますが、他の三人は、純文学の世界で大家と呼ばれる存在になりました。

それにしても、この大家たちの初期の作品が、怪しい剣豪小説に負けてしまったというのは、それ自体がショッキリみたいな、笑ってしまうしかない珍事だったというべきでしょう。

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