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高井有一『北の河』/芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第80回】酷寒の河と篝火

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義! 連載第80回目は、高井有一『北の河』について。戦後の農村を背景に清純な母子像を描いた名作を解説します。

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【今回の作品】
高井有一『北の河』 戦後の農村を背景に清純な母子像を描く

戦後の農村を背景に清純な母子像を描いた、高井有一『北の河』について

ぼくは高校生の時に、引きこもりになっていたことがあります。学校に行かずに、自宅でひたすら本を読んでいました。難しい本ばかり読んでいましたし、独学でフランス語の本も読んでいましたので、自分ではよく勉強していると思っていたのですが、将来のことを考えると不安でした。自分の未来の姿が見えなかったのです。

そんな時に、深夜のテレビ番組を見ていると、高井有一さんが出演していました。たぶん芥川賞発表の当日の夜だったと思います。のちに直木賞作家となる藤本義一さんが司会をしている番組で、大阪からのネット中継でした。当時の高井さんは、共同通信社の文化部の記者で、大阪支社に勤務していたのです。

文化部の記者なので、候補者のこともよく知っているし、記者の間で交わされる下馬評も耳に入っていたので、もしかしたら自分が受賞するかもしれないと、覚悟は固めていたといった話をされていました。司会の藤本義一さんが、自分も直木賞をとりたい、といった話をされていたのが印象的でした。それを見ていて、ぼくは思ったのです。そうか、自分も将来は、作家になればいいのだと。

そんなふうに、ぼくに希望を与えてくれたのが、高井さんでした。そういえば、ぼくが日本文藝家協会の常務理事になった時の理事長が、高井さんでした。ですから高井さんのことはよく知っています。穏やかで律儀な方だという印象があります。端正な紳士、そんな感じの人です。

母の冷たい遺骸と篝火の暖かさ

『北の河』という作品も、端正な作品です。私小説ですが、無頼派ではありません。人が一生に一度、書けるだろうかという、不朽の名作です。短歌でいえば、斎藤茂吉の「のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳(たらち)ねの母は死にたまふなり」に匹敵するような、母の死をテーマにした名作です。

昭和二十年、終戦の年です。父を失い、東京の自宅は戦災で焼失して、主人公の中学生は、母とともに、父方の親戚のいる秋田県の角館(現在は仙北市)に疎開します。終戦になって、疎開していた人々は続々と引き上げていくのですが、母には帰る家がありません。自分とは縁のない土地なので、食べ物にも不自由していますし、これから東北の寒い冬が来るというのに、燃料も確保できていません。

絶望した母は、駐留してきた米軍で通訳を募集していることを知っても、働こうとはしません。中流の家庭でお嬢さまとして育った母には、労働をして働くということができないのです。そうした無力な母のかたわらにいて、不安を覚えている中学生の少年も無力です。やがて母は、近くの河に身を投げて自殺をします。その母の遺骸を確認しにいく少年の姿が、何とも哀れです。

作品では河の名は記されていないのですが、いまグーグルの地図で調べてみると、町の中心を流れている玉川が、少し先で桧木内川と合流するあたりの中洲で、遺骸が発見されたようです。河はその少し先で雄物川となって、日本海に注ぐのですね。少年は自転車を借り、降りしきる雨をついて発見現場に向かいます。

現場には多くの人々がいて、篝火の明るさが、主人公の目をひきます。冬が来るというのに、燃料を確保できないことを、母は気にかけていました。いま母の遺骸は、明るく暖かい篝火(かがりび)に照らし出されています。水に濡れて冷たくなった遺骸と、篝火の明るさのコントラストが、少年の胸にも、読者の胸にも、深い哀しみをもたらします。

哀しさをどのように表現するか

母が死ぬ。これはおそらく誰もが体験することでしょう。その哀しみを、どのように表現するか。作家だけでなく、作家を志す者にとっては、人生の最大のテーマといっていいのではないでしょうか。

ぼくは斎藤茂吉の短歌からも、大きなヒントをもらいました。「喉の赤いツバメ」というのがそのヒントです。「哀しい」と書くのは簡単です。でもそれは、自分の気持ちに既存の概念をあてはめただけの、ただの説明であって、文学的な表現ではありません。葬式の準備で周囲の人々があわただしく働いている時に、喪主の茂吉はひとりきりで、ぼんやりと、田舎の家の梁を見上げているのです。そこにツバメの巣があったのですね。そのツバメの姿を、じっと見つめている。これが哀しみの表現なのです。

この『北の河』という作品では、篝火が印象的です。酷寒の北の河と、篝火の暖かさ。少年の心理はほとんど描かれていません。説明しすぎると、小説はつまらないものになってしまいます。淡々とした文章の方が、かえって深い哀しみが伝わってくるのですね。これが小説を書く極意です。

この作品を高井有一が書いたのは、母の死から二十年後です。その二十年という時間も、この作品を静かなものにしていると思います。作品を読みながら、自分もいつか、母の死のことを書くのかな、といったことを、高校生だったぼくは考えたのですが、自分の母は長生きしたので、ぼくがこのテーマで作品を書くことはありませんでした。まあ、それでよかったと思っています。

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