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芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第9回】本当の自分を求めて

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義!連載第9回目は、角田光代『対岸の彼女』について。直木賞を受賞したこの作品に見る、苦みと面白さのバランスの秀逸さなどを語ります。

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【今回の作品】
角田光代 『対岸の彼女』 女性の友情と亀裂を描いた傑作長編

女性の友情と亀裂を描いた傑作長編、角田光代『対岸の彼女』について

前回から直木賞作品を採り上げるようになりました。そこで芥川賞と直木賞の違いについて簡単に触れておきましょう。野球のピッチャーにたとえるなら、芥川賞は高校野球の甲子園優勝投手、直木賞はプロ野球の新人王、と考えてください。大相撲でいえば、芥川賞は幕下優勝、直木賞は幕内の殊勲賞、といった感じです。

要するに、レベルが違うのです。芥川賞はアマチュアが一生懸命に書いているというところが評価されるのですね。プロ野球に興味のない人でも、高校野球はよく見るという人がいます。若者が汗と涙で、命がけでがんばっている姿を見ると、感動します。ですから、芥川賞と直木賞が同じ日に発表されても、芥川賞の方が話題になることが多いのです。

芥川賞の魅力はそういうところです。新しさというのが一つのポイントですし、書き手がそこに自分の人生をかけているというところがもう一つのポイントです。
直木賞はプロの作家が対象です。ベストセラーを何冊も出しているような作家が候補になります。有名な作家でも直木賞をとっていなければ、新鋭の作家というふうに見なされて候補になるのですが、かなり有名な作家でも、何度も落選するということがありますし、候補にもなったことがない有名作家も少なくありません。

人間と社会をしっかりと描いた娯楽小説

小説にはジャンルというものがあります。推理小説とか、SFファンタジーとか、時代小説とか、ライトノベルとか、少女小説とか、そういったものですね。こういうものは娯楽小説と呼ばれることがあります。大衆小説と呼ばれることもあります。読んで楽しい小説ということですね。

この対極にあるのが、純文学です。読んでも楽しくならないどころが、読むのがつらく苦しくなることもあります。でもそこには、この時代に生きる人間の苦しみや悩みが描かれています。あるいは小説というものはこんなスタイルでもいいのかといった方法の実験みたいな作品もあります。その時代の人間と社会を描くか、小説というものの可能性を追求するか、いずれにしても書き手が命をかけてチャレンジしていると感じさせるような、熱闘甲子園みたいな作品。これが純文学です。

直木賞の対象は純文学とジャンル小説(娯楽小説)の中間にあるので、中間小説と呼ばれます。つまり人間と社会をしっかりと描いた娯楽小説ということですね。もしかしたらこれこそが文学の王道なのかもしれません。直木賞の対象となるのはそういう作品です。有名作家のベストセラーでも、ただトリックがおもしろいだけの推理小説とか、絵空事のファンタジーとかは、直木賞の候補にもならないのです。

さて、今回ご紹介するのは、角田光代 『対岸の彼女』です。角田さんは純文学の『海燕』(以前ベネッセから発行されていた文芸誌)の新人賞でデビューしました。ですから純文学の作家ですし、直木賞を受賞したこの作品も純文学作品といっていいでしょう。ここには人間と社会が描かれているからです。

“対岸の彼女”の魅力と暗い過去

現代社会には孤独をかかえている人がたくさんいます。友だちがいないとか、家族とうまくいかないというのも孤独の原因となりますが、そういうことがなくても、自分の人生が不本意なものだと思っている人は少なくないでしょう。
それでも30歳をすぎるまでには、社会の片隅にしろとにかく自分の場所を見つけて生きていかなければならないわけですが、本当の自分はこんなところにいるべきではない、いまの自分は本当の自分ではないと感じている人がいっぱいいるはずなのです。

この作品のヒロインもそういう、本当の自分を求めて悩んでいる女性です。そのヒロインの前に、同世代の魅力的な女性が出現します。魅力的な女性です。どうして自分は彼女のように生きられないのか、と自分自身がみじめになったりもするのですが、その魅力的な女性にはそれなりに厳しい状況があり、暗い過去があるのですね。
対岸にいるように見えた彼女が、もしかしたらこちら側の岸にいるのではないか、とヒロインも読者も感じ始めた時には、人間とは何か、この時代の社会とは何かというテーマが、くっきりと読者の前に見えてくることでしょう。

こういう作品は、時として、読むのがつらくなります。楽しくて気分がスカッとするというわけにはいかないのです。これは純文学作品といっていいのですが、でも角田さんはベストセラーを連発しているプロの作家です。このちょっと読むのがつらい、というタイプの作品も、娯楽作品といってもいいのかもしれません。
ただおもしろくて楽しいというだけの作品では、ものたりない。甘ったるいだけの料理には飽きたらず、苦みや辛みを求める。そういう読者がたくさんいるのでしょう。推理ドラマでも、謎解きのおもしろさだけで勝負する作品よりも、ちょっとわけありの犯人が、ドキッとするような犯罪を犯した時に、多くの人の胸をうつということがあります。

わたしたちが生きている社会には、さまざまな問題がありますし、つらいことがたくさんあります。そういう要素をとりいれて、それを娯楽にするというのが、プロとしての腕前なのでしょう。
そういう意味では、角田さんはりっぱなプロの作家ですし、この作品は典型的で見事に完成した直木賞作品といっていいのかもしれません。

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