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【期間限定連載小説 第2回】百夜・百鬼夜行帖 第一章の壱 冬の蝶(後編) 作・平谷美樹 画・99.COM<九十九神曼荼羅シリーズ>

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
吐息も凍りそうな真冬の夜更けに舞い踊る白い蝶、その正体は付喪神!? いったい何が付喪神に変じたのか、誰の思いが力を与えたのか? 蝶を追った百夜が見たものは? 第一章の壱「冬の蝶」後編。

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文政年間の江戸。<おばけ長屋>に住む盲目の美少女祈祷師・百夜のもとに、薬種問屋・倉田屋の手代・佐吉が持ち込んだ事件は、「冬なのに倉田屋の裏庭に蝶が飛ぶ」という面妖な話。百夜は、祝詞や真言だけではどうにもならないような強い怨霊を、亡魂の力を借りて祓う御孁使かむいつかいでもある。その天賦の力で数々の怪現象や難事件を解決していく百夜。江戸の町に起きた怪異を綴る事件簿「百鬼夜行帖」の第一番に記録された”怪”の正体とは。

 

第一章の壱 冬の蝶(後編)4

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 〈結び蝶〉は下谷広小路に出ると、ほんのりと白光を放ちながら北へ向かって飛んだ。百夜たちが早足で追えるほどの速度だった。
 三橋の真ん中の橋を渡り、寛永寺の境内には進まずに右に曲がる。
 左に堀。その向こうには普門院や常照院などの寺が影となって夜空に聳えている。
 上野の寺院が立ち並ぶ界隈を抜けて、下谷御箪笥町を通り、金杉上町を過ぎ、山谷堀を渡って下谷通新町に入った。
 闇の中、薄く雪を乗せた田圃たんぼが周囲に広がった。
 〈結び蝶〉は右に曲がる。
 牛頭天王社を左に見て進み、小塚原町に出ると、真っ直ぐに千住大橋に向かった。
 すでに一里半(約六キロ)ほどを歩いていて、徳兵衛は疲れ果て、遅れがちになっていた。
 千住大橋を渡ると掃部宿である。
「どこまで行くのでしょう」
 徳兵衛は泣きそうな声で言った。
「疲れたならば、その辺りで待っていてもいいぞ」
 百夜の答えは素っ気ない。
「滅相もない」
 徳兵衛は足を速める。
 〈結び蝶〉は大橋の手前で急に左に曲がった。灯火の消えた町を抜けて、西へ向かう。
 家並みが途切れ、前方に一面の田圃が開けた。
 〈結び蝶〉は田圃の中をしばらく進むと、浄心寺近くの草地に向かった。
 しばらく耕作されていない荒れ地のようで、枯れた草や葛の蔓が伸び放題になっていた。
 〈結び蝶〉は荒れ地の中を、何か探すように飛び回り、南の隅にゆっくりと舞い降りた。
 枯れて雪を乗せた葛の葉に、羽を休めるように〈結び蝶〉は止まった。
 百夜たちは〈結び蝶〉の側に歩み寄る。
「これは──」
 徳兵衛は〈結び蝶〉だったモノ、、、、、を見て息を飲む。
 提灯の明かりに照らされたそれは、結び文だった。
「蝶の姿をしていたのに──」
 左吉は掠れた声で言う。
「わたしには、ぼろぼろの紙に見えていた。どうやら付喪神は離れたようだ」
「離れた──?」
「〈結び蝶〉には人の思いが感じられた。その思いと、付喪神が結びついて、ここまで飛んできたのだ。そして、思いは成就された」
「では、もう明日の晩から〈結び蝶〉は飛ばないのですか?」
「飛ばない。しかし、別の供養をしなければならんな」百夜は結び文を手にとって言った。
「左吉。ここを掘れ」
「え? 掘るのでございますか?」
「何が埋まっているので?」
 徳兵衛が訊く。
「掘れば分かる」
 百夜は言って左吉を促す。
 左吉はぶつぶつと文句を言いながら「道具を調達して参ります」と、近くの農家へ走った。
 左吉は農家の納屋から無断ですきくわを借りて、荒れ地に戻って来た。
 左吉は徳兵衛に鋤の一本を渡す。
「わたしも掘るのかい」
「二人で掘った方が早くすみます」
 左吉は徳兵衛に鋤を押しつけると、自分は鍬で絡み合った葛の蔓を掻き分けた。
 二人が一尺ほど土を掘り下げた時、徳兵衛の鋤の刃に何かが当たった。
「用心して土をのけろ」
 百夜が言って穴を提灯で照らす。
「うわっ」
 左吉が悲鳴を上げた。
 穴の中から髑髏しゃれこうべが顔を出していた。

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 百夜は般若心経を唱えながら、髑髏の土を払い落とす。
 頭頂部に大きな傷があった。
 それは、徳兵衛が鋤で傷つけたものではなかった。
「おそらく、これが死因であったろうな。刀ではない。なたのような刃の厚い物を叩きつけられた傷だ」
「これは、誰でございます?」
仁介にすけと名乗っておる。心当たりは?」
「ございません」
 徳兵衛は青い顔で首を振る。
「ならば、この結び文に書かれておろう」
 百夜は結び文をほどいた。
 字は女の手であった。
 亡魂の目で文字を辿る。
「何と書かれてあるのでございます?」
 左吉が訊く。
「恋文──だな」
 百夜は読み終えると、文を徳兵衛と左吉に渡した。二人は提灯の明かりで文を読んだ。
 文からはおおよそ、次のような事情が分かった。
 文の宛名は仁介。差出人は京。
 二人は恋仲であったが、京は大店の一人娘。仁介は使用人。その恋はひたすらに隠さなければならなかった。
 しかし、京が子を宿したことによって二人の仲は親に知られ、仁介は暇を出された。それから間もなく、京は番頭と婚礼を上げた。
『にすけさまへの うらこがるおもひを あるかぎり じゃうぶみにしたため うちしのぶことなく おもひわする しょぞんに 候』
 文はそう締めくくられていた。
「京とは、徳兵衛殿の曾祖母の名前か?」
「左様でございます」
 結び文を畳む徳兵衛の手は震えていた。
「京様の小物入れに結び文が入っていたということは──」左吉が苦いものを呑み込むような顔で言う。
「文は仁介さんに届けられなかったのでございますね」
「誰が、このようなことをしたのでございましょう」
 徳兵衛は提灯の揺れる光に照らされた髑髏を見下ろす。
「さてな。追い剥ぎにでもやられたか、それとも仁介を憎く思う者がやったか──」
「盗賊ならば、こんな所に埋めやしねぇ」目明かしにでもなったつもりでいるのか、左吉は伝法な口調になった。
「金目の物を盗ったら死骸は放り出して逃げちまうぜ。こりゃあ、顔見知りの仕業に違いねぇ」
 徳兵衛は崩れるように穴の縁に膝をついた。
 その姿を横目で見ながら、百夜が言う。
「仁介を恋いこがれる思いをすべてしたためた文が百年間箱の中に封じられ、付喪神になったのだ。そして、百年経って文はやっと仁介に届けられた」
 左吉は肯きながらはなをすすり上げる。
 徳兵衛は骸骨の埋まる穴の前に跪き、呟くように言った。
「曾祖母は、子供を一人しかしませんでした」
「すると──」
 左吉は驚いた顔を徳兵衛に向ける。
 百夜は、
「そうか」
 とだけしか言わなかった。
 徳兵衛は背を丸めるようにして、髑髏に合掌した。

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