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【期間限定連載小説 第3回】百夜・百鬼夜行帖 第一章の弐 台所の龍(前編) 作・平谷美樹 画・99.COM<九十九神曼荼羅シリーズ>

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
正月早々、日本橋の茶問屋伊豆屋長兵衛の台所に、小さな龍が現れ、鍋、釜、茶碗などを壊すという。天に昇るという割に、姿もやることも小さいこの龍は何の付喪神? 第一章の弐「台所の龍」前編。

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台所の龍 書影

正月もまだ二日だというのに、盲目の美少女祈祷師・百夜のところには、薬種問屋・倉田屋の手代・佐吉があがりこんできた。「龍が出たんで」。日本橋の茶問屋伊豆屋長兵衛の台所で怪異が起きているという。文政年間の江戸の闇に起きる怪事件の数々。軽薄ながら憎めない性格の佐吉と、侍の霊を憑依させて美少女の外見に似合わぬ尊大な口をきく百夜。シリーズ2回目にして名コンビの誕生を予感させる展開の中、ふたりが挑んだ相手は存外に凶暴であった。百夜の仕込み杖から白刃が風を切る。

 

第一章の弐 台所の龍(前編)1

台所の龍1

 文政某年一月二日。
 湯島一丁目(現 外神田)の裏長屋、通称〈おばけ長屋〉の奥まった戸口には〈とううけたまわ候 そうろうもも〉と書かれた腰障子がはめ込まれている。
 その戸をがらりと開ける者があった。
「新年おめでとうございます。百夜さん」
 上野新黒門町の薬種問屋〈倉田屋〉の手代、左吉であった。
 部屋の住人、盲目のほう祈祷師きとうしももは長火鉢に網を乗せ、餅を焼いている最中であった。この年、十六歳。津軽のやまで修行をした少女である。
「お前、左吉とかいったか」百夜は、きりっとした眉を寄せて、閉じた目を左吉に向ける。
「何の用だ?」
「主人に、新年のご挨拶に行って来いと言われましてね」
 昨年の暮れに、百夜は倉田屋徳兵衛の依頼を受けて厄介事を一つ解決したのだった。
「そうか。挨拶ならば承った。帰ってもらおう。これから食事なのだ」
「美味そうに焼けてますぜ。わたしが取ってさしあげましょうか?」
「よい。自分で出来る」
「ああ、死人の目を借りて見ているんでござんしたね」
 左吉は言いながら、長火鉢の横に置いてある皿から切り餅を一つ取って網に乗せる。
「わたしも一つ、ごしょうばんを」
「お前、ずうずうしいぞ」
「一緒に付喪神つくもがみはらった仲じゃござんせんか」
「祓ったのはわたしだ」
「あ、焼けている方をもらっちゃいますね」
 左吉は「あちち」と言いながら餅を取り、両の掌で転がしながら冷まし、かじりついた。
「お前は──」
 百夜は平手を振り上げる。左吉はさっと身をかわそうとしたが、百夜の手は見事に左吉のさかやきをぱちんと叩いた。
「本当に見えてるんですねぇ」餅を咀嚼しながら、左吉は言った。
「実はね、仕事を一つ頼まれてはいただけないかと、主人が申しておるのでございますよ」
「倉田屋で何かあったのか?」
「いえいえ。ウチじゃないんで。日本橋北室町一丁目の茶問屋伊豆屋長兵衛さんの所で」
「何があった?」
 百夜は餅を取り、半分に引きちぎり、口に運ぶ。
「龍が出たんで」
「龍? それはずいちょうだ。結構なことではないか。わたしが出る幕ではない」
「それがね、ちっちゃい龍なんだそうで」
「小さかろうが、大きかろうが、龍は龍だ。言い伝えによれば、龍は正月に天に昇る。その途中で立ち寄ったのであろう。伊豆屋長兵衛とやらには、今年は商売繁盛間違いなしだと伝えておけ」
「いや、本物の龍が台所を荒らしますかね」
「台所を荒らす?」
「へぇ。ちっちゃい龍が台所で暴れ回り、鍋、釜、茶碗の類を壊し困っているって話なんです」
「それは、龍ではないな──」
 百夜は餅を飲み下す。
「でしょう? 長兵衛さんが困り果て、今朝ウチに相談にいらしたんでございますよ。そこで、それならば湯島一丁目の百夜さんがすぐに解決してくれると」
「伊豆屋に言ったのか?」
「へい。わたしじゃござんせんよ。主人が太鼓判を押したんでございます」
「余計なことを。わたしとて、祓えぬモノはある」
「またまたぁ」左吉は笑う。
「ご冗談を。百夜さんは古今東西、並ぶ者のない修法師でございますよ」
「おだてても出るのは餅一つだ」
「引き受けてくださいますよね?」
「仕方がない。徳兵衛殿には余計なことは言うなと申しておけ」
「商売繁盛はいいことじゃござんせんか。それに相手はおおだなはつ料(祈祷料)もたんまりと出ますぜ」
 左吉は「へっへっ」と下卑た笑い声を上げる。
「ばかもの」
 百夜は立ち上がると、もう一度左吉の月代を叩いた。

台所の龍2

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