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【期間限定連載小説 第17回】百夜・百鬼夜行帖 第二章の参 あかしの蝋燭(前編) 作・平谷美樹 画・99.COM<九十九神曼荼羅シリーズ>

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
美濃屋に幽霊が出るという。女中のおみよから話を聞いた左吉は、百夜の下へ赴くが、百夜は左吉をひと目見て眉を曇らせる。「斬り殺された者の亡魂の気配がする」。第二章の参「あかしの蝋燭」前編。

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薬種問屋美濃屋の女中部屋で、毎晩聞こえる男の叫び声。血なまぐさい事件を感じ取った、盲目の美少女修法師・百夜が亡魂を通して視た犯人は?

 
 
 
 

第二章の参 あかしの蝋燭(前編)1

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 左吉は主人の倉田屋徳兵衛から用事を頼まれ、蔵前のやくしゅ問屋美濃屋へ出かけた、その帰りである。五月五日の薬の日に、近郷で行われたひゃくそう摘みの首尾の連絡であった。
 たんの節句が過ぎ、のきかれていた菖蒲は取り払われて、町中に漂っていた匂いも消えていた。
 鳥越橋を渡った辺りで後ろから声を掛けられた。
「左吉さん。左吉さん」
 振り返ると、美濃屋の下働きをしているみよが前掛けで手を拭きながら駆けてきた。
「どうしたい。おみよちゃん」
「左吉さん」みよは乱れた息を整えながら左吉を見上げた。
「相談があるの」
「おみよちゃんの相談ならいつでも乗るぜ」
 左吉は鼻の下を伸ばしながら言った。
 みよは、多少田舎臭くはあったが、愛嬌のある顔をしていて、気だてのよい娘であった。

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「どっかで団子でも食いながら話をするかい? 店の方は大丈夫か?」
「お姉さんたちにも言ってきたから大丈夫。みんな怖がってるの」
「怖がってる?」
 どうやら好いた惚れたの話ではないらしいと気づき、左吉は少しがっかりしたが、みよを近くの茶店に誘った。
「それで、何があったんだい?」
 左吉はみよに団子をすすめながら訊いた。
「女中部屋に出るの」
 みよは声をひそめて言った。
「出るって──、これかい?」
 左吉も声を小さくして、両手を胸の前で垂らした。
「そう。左吉さんはいいほう様を知っているって噂だから、相談しろってみんなに言われて」
「そうかい。みんなに言われて、ね」左吉はすっかりあてが外れてこめかみを掻く。
「で、どんな奴が出るんだい?」
「二日前の晩のことなの──」
 みよは話し始めた。

     ※          ※

 美濃屋に住み込んでいる女中は十人。年長の三人は小さいながら部屋を与えられていたが、七人は十畳ほどの部屋で寝起きしている。
 二日前の晩、一番年下のとめは、部屋の隅の文机で母への文をしたためていた。来たばかりの頃は文盲であったが、他の女中たちに読み書きを教わり、平仮名は書けるようになっていた。
 とめは、文机の側にろうそくともし、たどたどしいひっで近況を綴る。
 蝋燭は新品ではない。店で使ったり、母屋の座敷で使ったりして短くなった物や、再生された蝋燭を使っていた。
 江戸時代は現代よりもリサイクルが盛んであった。町人の普段着は古着屋で買うものだったし、かまどの灰やふん尿にょうは肥料として買われていた。紙屑を買う声もひんぱんに聞かれた。また、しょくだいちょうちんに残った溶けた蝋燭を買う〈蝋燭の流れ買い〉という商売もあった。使って流れた蝋を集め、もう一度溶かして蝋燭に再生するのである。
 とめはふと耳を澄ませた。
 聞こえるのは女中たちの寝息。小さくいびきをかいている者もいる。
 その向こうから人の話し声が聞こえた気がしたのだ。
 やはり、聞こえる。
 男の声である。
 店の者が何か相談しているのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
 声は一人。
 少し話すと長い間があり、また話し出す。
 相手の返答を聞いているかのような間なのだが、相手の声は聞こえない。
 何を話しているのかは分からなかったが、緊張が感じ取れた。
 誰かが女中部屋の近くでけんをしている──。
 とめの好奇心がむくむくと膨れあがり、文机を離れて障子の側に寄って耳を近づけた。
 ところが──。
 声は遠くなった。
 首を傾げて文机に戻ると、声は大きくなる。
 声は、部屋の中でしているのだ。
 とめはぞっとした。
 女中部屋には女中しかいない。
 目に見えない何者かが部屋にいる。
 とめは女中たちを起こそうとした。
 その時である。
 絶叫が部屋の中に響き渡った。
 とめは耳を塞いで文机に突っ伏し、悲鳴を上げた。
 女中たちは飛び起きた。
     ※          ※
「おとめちゃんの悲鳴で飛び起きたのか?」
 左吉は訊いた。
 みよは首を振る。
「あたしも聞いて飛び起きたんだけど、男の声だったわ。それからが大騒ぎ。店の人たちを全部起こして、声の主を捜したんだけど──」
「見つからなかったか」
「ええ。確かに聞いたのに、大番頭さんが何かの聞き違いじゃないかって言って、店の人たちはみんなそっちの話に傾いちゃって。聞き間違いって何を聞き間違えるっていうのよ」
 みよは怒った口調で言った。
「野良犬が庭に入ってきて遠吠えしたとか」
「それなら、母屋の人たちにも聞こえるわよ」
「男の叫び声を聞いたのは女中たちだけか?」
「その日はね」
「その日ってぇと──?」
「その日は大番頭さんに押し切られて、みんな部屋に引き上げたけど、あたしたちはもう怖くって朝まで眠られなかったの。それで、大番頭さんに掛け合って、昨日の夜は廊下にしんばんを置いてもらうことにしたの」
「女中部屋前の不寝番かい。わたしもやってみたいねぇ」
 左吉は下品な笑みを浮かべた。
 みよは「もう」と言って左吉の二の腕を叩く。
「大番頭さんが向こう鉢巻きでしんり棒を抱えて一晩中縁側に座ることになったの。でも、あたしたちは、あの叫び声は人じゃないって思ってたから、大番頭さんじゃ頼りになんかならない。みんな布団に入っても眠られなかったわ。怖いから明かりを灯して、いつもより布団を近づけて」
「それで、また声が聞こえたか」
「ええ。前の晩、話し声を聞いたのはおとめちゃんばかりだったけど、昨夜はあたしたち全員が聞いたわ」
「やっぱり部屋の中から聞こえたのかい?」
「そう。声が聞こえはじめて、あたしたちはすぐ縁側の大番頭さんを呼んだの。大番頭さんには聞こえてなかったので、半信半疑で部屋に入って来たわ」
「部屋の中では、大番頭さんにも声が聞こえた?」
「ええ。ギョッとした顔をしていたわ。ざまぁみろよ」
「それで、叫び声もあがった?」
「それだけじゃなかったの」
 みよはさらに声をひそめ、左吉に顔を近づけて言った。
「何があった?」
おぼろな人影が現れたの」
「人影──」
「本当に影みたいな黒っぽいものが部屋の真ん中に現れて、逃げるように走ると、すぐにって叫び声を上げて消えたの。まるで、背中から誰かに斬られたみたいだった」
「おっかねぇ……」
 左吉は両腕で体を抱くようにして顔色を蒼くした。
「あら。左吉さんは修法師様と知り合いで、凄まじいかいはらう手伝いをしているんじゃなかったの?」
「ああ、そうさ」
 左吉ははっとしたように胸を張る。
「昨夜は大番頭さんも人影を見て、叫び声を聞いたんだけど、人影が消えると『あれは幻だったに違いない』なんて言い出して、旦那様にもそう報告したのよ。旦那様は『不寝番の人数を増やそうか』ですって。だからあたしたち、怖くって怖くって。そしたら、さっき左吉さんがお使いに来たでしょ。みんな左吉さんの事を知っているから、すぐに話をしてこいって」
「で、わたしに声をかけたってわけか」
「ねぇ。修法師様にお願いしてくれない?」
「そりゃあ、いいけど。大番頭さんや旦那さんに怒られないかい?」
「修法師様にお祓いしてもらえないなら、もう美濃屋にはいられないってみんな言ってる」
「そうかい──。じゃあ、まずウチの旦那に話を通そうか。ウチの旦那にいっぴつ書いてもらってから修法師様を連れて美濃屋に乗り込むってぇのは?」
「恩に着るわ!」
 みよは左吉に手を合わせた。
 美濃屋の女中はべっぴんさんが多い。恩を売っておくのも悪くはない。
 左吉は鼻の下を伸ばしながら、
「まかしときな」
 と、胸を叩いた。

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