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【期間限定連載小説 第18回】百夜・百鬼夜行帖 第二章の参 あかしの蝋燭(後編) 作・平谷美樹 画・99.COM<九十九神曼荼羅シリーズ>

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
美濃屋に幽霊が出始めて3日め。百夜は悲鳴を上げてのけぞるという霊の正体を探るべく、深更を待つ。斬られた誰か? それとも他の? やがてはっきりと声が聞こえ……第二章の参「あかしの蝋燭」後編。

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薬種問屋美濃屋の女中部屋で、毎晩聞こえる男の叫び声。血なまぐさい事件を感じ取った、盲目の美少女修法師・百夜が亡魂を通して視た犯人は?

 
 
 
 

第二章の参 あかしの蝋燭(後編)3

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 しんこう
 女中部屋には三本の蝋燭の芯が発するじりじりという音が聞こえるばかりだった。
 百夜は部屋の中央に正座している。
 左吉はしばらくの間、部屋の隅に敷いた布団に潜り込んでいたが、起き出して百夜の後ろに硬い表情で座っていた。
「おみよちゃんには何を頼んだんです?」
 沈黙に耐えきれず、左吉が訊いた。
 みよは暗くなってから美濃屋に戻り、百夜になにやら耳打ちして自分の仕事に戻ったのだった。
「お前は油問屋の菱屋半右衛門は知っているか?」
「へい。菱屋の旦那はウチの旦那の囲碁友達でござんしたが、十日ばかり前に押し込みに殺されてますよ。旦那の寝所に押し入り、蔵に案内させられた後に背中を一太刀。別の部屋に寝ていた奥様や使用人は無事だったんですが──」左吉の顔色が変わる。
「まさか、ここに出る亡魂って菱屋の旦那でござんすか?」
「さてな」
 言って百夜は再び黙り込む。
「百夜さん。まだ出ないんなら、ちょいとお手水ちょうずへ行って来てようござんすかね。こっちの方が出そうなんで」
 左吉が情けない笑い顔を作って言った。
「もう始まっておる」
 百夜は静かに答えた。
「え?」
「聞こえぬか?」
 百夜に言われて、左吉は耳を澄ます。
 微かに人の声らしいものが聞こえる。
 男の声だ。
 うわった感じの声だが話の内容は分からない。でたらめに“いろは”を並べて喋っているのではないかとも思えたが、言葉の抑揚は日本語のそれであった。
 遠くから近づいてくるかのように、それはしだいに大きくなる。
 ひとしきり喋ると黙り込み、また話し出す。
 確かに誰かと話していて、相手の声だけが聞こえていないのだと左吉は思った。
「亡魂の声だけが聞こえているんでござんすね?」
 左吉は震える声で訊いた。
「亡魂と言えるかどうか」
 百夜は答えた。
「え?」
「左吉。相手は日々、姿を濃くしている。今夜はどんな姿で現れるか──。覚悟をしておけよ」
 百夜は言ってにやりと笑う。
「嫌ですよぉ。百夜さん。脅かさないでくださいよぉ」
 左吉は膝で百夜のそばに擦り寄った。
「近づくな。男臭い」
 百夜は左吉の胸を押した。
 左吉はへいこうを失って尻餅をつく。
 その時である。
 部屋の中央にもうろうと影が浮かび上がった。
 影は人の形をしているが、霧のようにうごめく濃淡があった。
「ヒッ」
 左吉は小さな悲鳴を上げた。
 声が大きくなる。
 やはりでたらめな言葉の羅列である。
 影が濃くなる。
 そして、仕立てのいい着物を纏った壮年の男の姿となった。

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 怯えたように前方を見つめて訳の分からない言葉を話している。橙色の光が顔の脂汗を照らしている。
 実体ではない。向こう側の障子が透けて見えている。
「菱屋か?」
 百夜が訊いた。
 左吉は尻餅をついた姿勢のまま、男を見上げて肯いた。
「へい。確かに菱屋の旦那でござんす」
 菱屋の幻はきびすを返し、二、三歩駆けた。
 その背中が袈裟懸けに切り裂かれる。
 斬った刃は見えなかった。
 鮮血が噴き出した。
 菱屋の口から絶叫がほとばしる。
 菱屋は左吉に向かってよろめきながら歩く。
「ワッ!」
 左吉は両腕で顔をかばいながらひっくり返る。
 百夜は立ち上がると、三本並べた燭台の側に近寄った。その真ん中の蝋燭の芯を指で摘んで消した。
 菱屋の姿は、左吉に倒れ込む途中でふっと消えた。
「終わったぞ」
「危うく漏らすところでござんした」
 左吉は震える掠れ声で言った。
「漏らさなかったことは褒めてやる」
「今のは、菱屋さんの亡魂でござんすか?」
つくがみ──と言ってよいかな。それが見せた幻だ」
「付喪神? それじゃあ──」
「賊が持っていた手燭の蝋燭は、凶行のすべてを見ていた。殺された菱屋の無念の思いと、賊たちの興奮が入り混じって、したたった蝋に溶け込んだのだ。賊がわざわざ自分の所から手燭を持ってくることはないし、使った手燭を持ち帰ることもない」
「家人は、現場に残っていた手燭の蝋燭を〈蝋燭の流れ買い〉に売ったってわけですね。しかし、付喪神って、作られて百年が経った“物”が化けるもんじゃないんですかい?」
「物に憑いた思いが強ければ、新しい物でも付喪神になることはある」百夜は左吉に顔を向ける。
「さて、もう一仕事だ」
「もう一仕事って──」
「お前には菱屋の姿しか見えず、その声しか聞こえなかっただろうが、わたしには相手の姿が見え、声も聞こえた」
「するってぇと」
「菱屋をあやめた者を捕らえる」
「なるほど、それは凄ぇや」
「倉田屋に見回りに寄る八丁堀がおろう。その男を呼んで参れ」
「がってん承知の介──、と言いてぇところなんですがね、百夜さん」
 左吉はもじもじと内股を摺り合わせる。
「なんだ?」
「出かける前に、一緒に手水まで行ってもらえませんかねぇ」
「馬鹿。わらべでもあるまいし」
 百夜は呆れたように言い、座敷を出た。

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