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【期間限定連載小説 第19回】百夜・百鬼夜行帖 第二章の四 勝虫(前編) 作・平谷美樹 画・99.COM<九十九神曼荼羅シリーズ>

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
大工の庄七宅に少し早い勝虫(オニヤンマ)が現れ、空気に溶けるように消えた。以来、毎日現れては消える勝虫に不安を募らせた庄七は、修法師百夜にその謎解きを依頼する……第二章の四「勝虫」前編。

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祝言間近の大工・庄七の長屋の家に、季節はずれのオニヤンマが7度にわたって現れた。江戸庶民の人情の機微を描いて快調な盲目の美少女修法師・百夜の百鬼夜行帖。

 
 
 
 

第二章の四 勝虫(前編)1

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 江戸の空は低く垂れ込めた雲で覆われ、雨はしとしとと途切れることなく降り続いている。
 はなくたし──五月雨さみだれである。
 大工の庄七は、板敷きに座り、のみの手入れをしていた。神田たてだい町のうらだなである。
 雨が三日続き、その間仕事は休み。日銭も入らない。
 それでも庄七は浮き浮きしている。
 婚礼が間近に迫っているからであった。
 相手は庄七が世話になっているとうりょうの妹、まきである。
 本当は昨年、しゅうげんをあげることになっていたが、先代の棟梁善介が急に亡くなり、日延べになっていたのである。
 現在の棟梁は、先代の長男善太郎で『長く待たせたお詫びに、盛大な祝言をあげさせてやるぜ』と言ってくれている。
 いしで丁寧に鑿を研ぎながら、庄七の頬には自然と笑みが浮かんでくる。
 屋根を打つ雨の音と、すっすっという小気味よい砥石の音の中に、奇妙な音が混じった。
 虫の羽音──。
 まだ虫が飛び回る季節には早い。
 庄七は鑿を研ぐ手を止めて、辺りを見回した。
 まだ羽音は聞こえている。
 大きい虫のようで、庄七はスズメバチを連想した。
「もしスズメバチなら物騒だぜ」
 庄七は腰を上げて音の源を探した。
 外は雨なので、家の中は薄暗い。
 天井の隅の暗がりから音は聞こえている。
 庄七は目を凝らした。
 音が大きくなった。
 暗がりから大きな虫が飛びだしてきた。
 オニヤンマである。
「おっとびっくりした」
 庄七は身をらせてオニヤンマを避けた。
 庄七の顔をかすめるようにして、オニヤンマは戸口へ飛んだ。
「なんでぇ。かちむしかい」
 勝虫とはトンボのことである。
 真っ直ぐ突進するような飛び方から、勝利へまっしぐらに進む縁起のいい虫ということで勝虫という名がつけられた。
 突然現れたオニヤンマは、閉じた腰障子の前で停まり、空中で羽ばたきながら上下動を繰り返している。
「外は雨だぜ。それでも出るかい」
 庄七は三和土たたきに降りる。
 腰障子に手を掛け、オニヤンマを見上げる。
 オニヤンマの姿がすっと実在感を失った。
 つぎの瞬間、空気の中に溶け込むように消えた。
 庄七の背中に悪寒が走った。
「なんでぇ……今のは」
 庄七は呟いて板敷きに戻り、煙草入れから煙管きせるを引き出して、煙草盆の火入れの炭で一服つけた。
 せきしゅう型のたけの煙管がぷるぷると震えた。

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