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【期間限定連載小説 第20回】百夜・百鬼夜行帖 第二章の四 勝虫(後編) 作・平谷美樹 画・99.COM<九十九神曼荼羅シリーズ>

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
大工の庄七宅に出る幻の勝虫(オニヤンマ)に、百夜はわずかな煙草の香りと人の気配を感じ取る。誰のどんな思いが勝虫となって現れたのか、謎に迫るべく百夜は町の煙草屋へ…第二章の四「勝虫」後編。

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祝言間近の大工・庄七の長屋の家に、季節はずれのオニヤンマが7度にわたって現れた。江戸庶民の人情の機微を描いて快調な盲目の美少女修法師・百夜の百鬼夜行帖。

 
 
 
 

第二章の四 勝虫(後編)3

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 翌日の朝。雨はまだ降り続けていた。
 百夜と左吉はおばけ長屋近くの煙草屋にいた。
 軒先に菱形の板を三つ繋げた看板がぶら下げてある。それぞれに〈長〉〈命〉〈草〉と書かれていた。
 小体な店で、煙草の産地を記した桐箱を数個、店先に並べ、奥では主が葉を包丁で刻んでいた。その隣で、女房らしい女が薄い板に煙草の葉を巻いている。
「いらっしゃいまし」
 と、女が顔を上げる。
「すまんな。冷やかしだ」
 百夜が言う。
 亭主が顔を上げて、
「冷やかしなら吉原へ行ってくんな」
 と、応えた。
 吉原近くに多かった紙屋が材料を水に浸け準備している間=冷やかしている間に遊郭を覗いて廻った事から、商品を買わずにただ眺めるだけの客を冷やかしと言うようになった。
「ずいぶん細く刻むのだな。まるで髪の毛のようだ」
 百夜は亭主の手元を覗き込む。
「どんだけ細く刻めるかが腕の見せ所よ。なんだ、お前ぇ煙草は吸わねぇのか」
たしなまぬ」
「嗜まぬときたもんだ」亭主は笑う。
「妙ちきりんな喋り方をする娘っ子だ」
「葉っぱをそれほど細く刻むと、乾けば砕けて粉になってしまうのではないか?」
「乾いて来たなって思ったら、めしびつちゃびつん中に、水を入れた茶碗と一緒に入れておきゃあいいんだよ。水気を吸ってしっとりとする。もっとも、煙草を買ったら乾かねぇうちに吸いきるのが一番さ」
「看板に〈長命草〉とあるが、煙草のことか?」
「なんでぇ。そんなことも知らねぇのか」亭主は呆れたように百夜を見た。
「煙草を吸わない奴より吸う奴の方が長生きするんだよ」
「そうなのか」
「そうさ。延命草と呼ぶこともある」
 亭主が言ったことは江戸期に流布していた通説である。江戸初期には、煙草の吸いすぎによる死者が出ているので禁止するという触れが出たこともあると記録されているので「喫煙は長生きのもと」とばかり信じられていたわけでもなかったようである。
「そのほかにも──」横合いから左吉が口を挟む。
「腹の足しにならねぇ草で畑を無駄にしてるってんで貧乏草って呼ぶこともありやすよ」
「手前ぇ」亭主は包丁を左吉の方に突きつける。
「貧乏だなんて縁起の悪い言葉を使うんじゃねぇぜ」
「こいつぁ、申し訳ない」
 左吉は首を引っ込める。
 百夜と亭主が話している間に何人もの客が訪れ、そのたびに女房は葉を巻く手を止めて応対していた。
「産地ごとに箱を分けているということは、それぞれ味も香りも違うのだな」
「そうよ。お客にはそれぞれ好みがあってな。葉を組み合わせて好みの味、香りを作ることもある。女は喫味の軽い黄色い葉。力仕事をする男たちは吸うとガツンとくる茶色い葉。煙草好きは男も女も古葉を好むね。畑に植えられている煙草の葉は下が大きく上が小さい。小さい葉の方がキツイんだ」
「煙草は、吸う者の好みに合わせて調整することができるのか──」
「店によって混ぜ方の工夫がある。おいらの店じゃあ、辛口好きにはりゅうおう煙草を多めにする。キツイのは嫌だが、詰めた煙草は強く見える黒っぽいやつがいいという客にはおいぬ河原かわらを混ぜる」
「刻んでいる葉から漂ってくる香りは、煙の香りと違うような気がするが」
「その通りさ。葉の匂いだけじゃあ、吸ったときの香りや味は分からねぇもんさ。火をつけるとガラッと匂いが変わる煙草もある」
「なるほど」百夜は肯く。
「邪魔をしたな」
 百夜は歩き出す。
 左吉がその横に並び、
「勉強になりやしたか?」
 と、訊いた。
「まぁな。次は煙管屋だ」
 百夜は少し先にぶら下がっている注連縄しめなわのような形をした〈手綱たづな煙管〉の形をあしらった看板に向かって歩いた。
 さっきの煙草屋よりは大きな店だった。
 店先には浅い木箱の中にずらりと煙管を並べている。奥の棚には桐箱に入った煙管が置かれていた。客が三人、商品を物色している。
「いらっしゃいませ」
「冷やかしだ」
 と、百夜は言ったが、亭主は嫌な顔もせず「ごゆっくりご覧下さいませ」と言った。

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「煙管には色々な形があるのだな」
 百夜は箱の中を覗き込んだ。
「前に出してあるのはお求めやすい品物でございます。がんくび、吸い口は銅やしんちゅうは木をり抜いたものや竹を用いております。陶煙管や銅、真鍮だけで作られた延煙管などもございます」
「後ろにあるのは?」
 百夜の問いに亭主はちらりと後ろを振り向く。
「あれは名人が作った上物でございます。素材は銀であるとか象牙であるとか。きんぞうがんを施したり、うるし塗り、きんまきでんと、ぜいを尽くしております」
 百夜は〈名人が作った上物〉の中に手掛かりを見つけた。
「なるほど。繋がったな──」
 百夜は呟いた。
「何か分かったんで?」
 左吉が訊く。
「邪魔をした」
 百夜は言って足早に店を出た。
「教えてくださいな」
 左吉が百夜の後を追いながら言う。
「今教えては謎解きが面白くあるまい」
「そりゃあ、まぁ、そうでござんすけどね」
「庄七の棟梁は善太郎とか言ったか」
「へい」
「家はどこだ?」
「庄七の長屋の近くで。神田横大工町に店を構えておりやす。大きな家でござんすから、すぐ分かりやす」
「そうか──。わたしは確かめなければならないことと、ちょっとした買い物があるから、お前は庄七の所で待っておれ」
「いよいよ謎解きでござんすね」
 左吉は掌を擦り合わせ、嬉しそうに言った。
「わたしの読みが当たっていればな」

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