【期間限定連載小説 第21回】百夜・百鬼夜行帖 第二章の五 慚愧の赤鬼(前編) 作・平谷美樹 画・99.COM<九十九神曼荼羅シリーズ>
モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
府中の宿からほど近い造り酒屋武蔵屋で巨大な赤鬼が吼えた。筋骨隆々とした鬼の咆哮は、なぜか悲しげに聞こえたという。話を聞いた百夜は、早駕籠で府中へ向かうが…第二章の五「慚愧の赤鬼」前編。
初冬の夜、府中の造り酒屋武蔵屋に赤鬼が現れた。異様な咆哮に震え上がる蔵人たち。これは、南部杜氏の怨念か? 盲目の美少女修法師・百夜が活躍する九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第二章の五は「慙愧の赤鬼」。
第二章の五 慚愧の赤鬼(前編)1
初冬の、夜の静寂を打ち破って、異様な
数百の猛牛が同時に声を上げたかのような吼え声である。
府中の造り酒屋武蔵屋の敷地にある杜氏たちの宿舎から、
もう一度咆吼。
声の方角に顔を向けると、森の小屋に無数の青い鬼火が浮遊しているのが見えた。
「長八だ……」
杜氏の一人が呟いた。
「長八が化けて出た……」
杜氏たちも蔵元の家族も一
森が動いた。
凍てついた夜空を切り取る影となっていた森の一部が、むくむくと盛りあがって行く。
「なんだありゃあ……」
蔵元の半右衛門が掠れた声を上げる。
森の上に
その頭に二本の角が生えている。
「鬼だ!」
鬼の姿は黒い影であったが、人々にはその肌が〈真っ赤〉に見えていた。
赤い体で黒い
「赤鬼が出た!」
人々は叫んで、逃げた。
足を
掻巻を放り出して
口々に悲鳴を上げながら、母屋へ、杜氏の宿舎へと、全速力で走って行く。
鬼はもう一度咆吼した。
その声は、なぜか悲しげに聞こえた。

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