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【期間限定連載小説 第22回】百夜・百鬼夜行帖 第二章の五 慚愧の赤鬼(後編) 作・平谷美樹 画・99.COM<九十九神曼荼羅シリーズ>

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
造り酒屋武蔵屋で巨大な赤鬼が出始めたのは、招かれて酒造りを指導していた南部杜氏、長八が急死した直後からだった。慄く蔵人たちは長八の恨みが鬼になったと言うが…第二章の五「慚愧の赤鬼」後編。

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初冬の夜、府中の造り酒屋武蔵屋に赤鬼が現れた。異様な咆哮に震え上がる蔵人たち。これは、南部杜氏の怨念か? 盲目の美少女修法師・百夜が活躍する九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第二章の五は「慙愧の赤鬼」。

 
 
 
 

第二章の五 慚愧の赤鬼(後編)3

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 武蔵屋は、甲州街道の九番目の宿場である府中宿から少し南に下ったところにあった。百夜の住む湯島一丁目からおよそ八里(約三十二キロ)。一刻も早くということで、近くの駕籠屋で駕籠を仕立てた。
 宿場ごとに駕籠を乗り換え、その日の夕刻には府中宿に着いた。
 府中は甲州街道の起点、日本橋から徒歩で一日の行程である。『七ツ発ち』をした旅人たちが宿を求める。また、鎌倉街道、川越街道、国分寺街道、小金井街道が交差する宿場であるので、たいそう賑わっていた。
 百夜たちはそこで最後の駕籠に乗り換え、武蔵屋に向かった。

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 武蔵屋は多摩川の近く、小高い丘陵の上にあった。周囲は田畑と森である。
 夕焼け空を背景に、幾つもの蔵や茅葺きの大屋根が影になっている。
 府中宿で先触れが走ったのであろう。門前で蔵元の半右衛門が待っていた。小柄で白髪頭の老爺である。皺深い顔には苦悩の色が見て取れた。
 百夜は駕籠を降りると半右衛門に会釈をした。
 左吉は駕籠の揺れに酔って、途中何度も吐いていたので、ふらつきながらその後ろに立った。
「百夜という。さっそくだが、森の小屋とやらに案内願えようか」
「半右衛門と申します。早々に恐れ入ります。こちらでございます」
 半右衛門は先に立って歩き出した。
 立ち並ぶ白壁の蔵の前を通り、杜氏の宿舎らしい茅葺きの一軒家の横を抜けると、道はわずかに傾斜をみせて、丘の上に立つ小屋に続いていた。
 その背後はうっそうとした森である。
 半右衛門は丘の前で立ち止まり、小屋を指さして、
「あれでございます」
 と、言った。
「半右衛門殿も鬼を見たのか?」
「はい。誰か一人、二人が見たというのならば、一笑に付すこともできましたが、杜氏も家人も全員が見ております。わたくしどもにも後ろめたい所がございましたから、きっと長八が腹を立てて鬼になったのだと思いました」
「長八のがいはどうなった?」
荼毘だびに付しまして、我が家の仏間に安置し、回向しております。郷に文を出しましたので、おっつけ家族が引き取りに来ると思います」
「それだけのことをしてもらっているのに鬼になるなんざぁ、ふてぇ了見だ」
 左吉が憤然と言う。
「長八はどういう男だった?」
「はい。皆様は一口に杜氏と呼びますが、杜氏とは酒を造る蔵人を束ねる頭のことでございまして。長八はその杜氏でございました」
「ああ。だからここの杜氏と喧嘩しておん出ようとした時、必死に引き留めたってわけか」
 左吉は肯いた。
「左様でございます。杜氏が去れば、一緒に来た蔵人も帰ってしまいますので──。長八は本業が百姓でございますが、何人かいる息子にも酒造りを教えて、近江商人に卸しているという話を聞きました。これがたいそうな評判なのだと南部の蔵人が申しておりました」
「南部からは何人来ている?」
「杜氏の長八と、三役、釜屋、船頭など蔵人が十人でございます」
「三役ってぇのは?」
 左吉が訊いた。
「杜氏の右腕の〈頭〉。こうじむろの仕事を差配する〈麹屋〉。麹に水を混ぜて水麹を作る〈もと〉でございます。釜屋は蒸米を作る役。船頭は船を漕ぐわけではなく、しぼりを行います。搾りの桶を〈ふね〉と申しますので、洒落で船頭と呼ぶわけで。そのほかにも様々な役割がございます」
「もともとの杜氏や蔵人も同じ人数か?」
「三十人ほどでございます。そのうち十人が、長八の下で南部流の酒造りをしておりました。二十人が今まで通りに武蔵鶴という酒を造っておりました」
「南部杜氏が作っていたのが武蔵桜かい」
「はい。最初、長八は〈陸奥之誉〉という名をつけたいと申しておりました。それが気に入らぬと、色々と意地悪を──」
「それで大喧嘩か」
「はい。しかし、長八が『今後、南部の蔵人に手を出さない。自分は元々の杜氏とは別の家で暮らす』という条件で折れまして、武蔵桜という名前に落ち着きました。出来た酒を飲んで、ウチの杜氏や蔵人たちも南部杜氏の腕は凄いと感嘆いたしまして、あの者たちが帰郷する頃にはすっかり気心も知れ、仲が良くなっていたと思っていたのですが──」
「秋に来たときは元に戻っていたんですかい?」
「そういうわけではございませんが、長八はまた森の小屋で暮らすと申しまして」
「わけは訊いたか?」
「訊きましたが、自分が杜氏、蔵人の家で一緒に暮らせばまた喧嘩になるかもしれぬとだけ──。長八は口数が少なく、何事も内側に秘めてしまうような男でございました。もっとも、南部の蔵人たちも同じようなものでございましたが」
「なぜ口数が少なかったか分かるか?」
 百夜は訊いた。
「北国の者たちはおしなべて口が重いと聞いておりますが──」
「機会があれば北国に赴いてみるがよい。本当に口が重いかどうかよく分かる」
「どういうことでございましょう?」
「北国の者たちは、国元では賑やかだ。大声で話し、屈託なく笑い合う。口が重いと評するのは、他国の者たちだ」
「仰る意味が分かりませんが……」
「他国の者はお国なまりをわらう。言葉を聞いて田舎者よとそしる。誇りを踏みにじられる。それを繰り返されれば、口が重くなるのも道理であろう」
「なるほど……。やはり、長八が鬼になったのは、わたくしどものせいでございましたか」
「いや──」百夜は首を振る。
「それとこれとは、どうも事情が違うようだ」
「と、仰いますと?」
「まぁ、今のところわたしのきょうじゃく(推理)にすぎぬ。長八の右腕だった頭を呼んではもらえまいか」
「へい」
 と言って半右衛門は杜氏の宿舎の方へ向かい、中年のがっしりした男を一人連れて戻ってきた。
「頭の仙太でござりやす」
 仙太と名乗った男は訛りの強い言葉で言った。
「杜氏のことは気の毒であった。長八には何か思い残したことはなかったであろうか?」
「突然の死でござりやしたから、思い残したことばかりでござりやしょう」
「酒造りを始めた息子のことか?」
「いや」仙太は首を振った。
「庄助さんは、長八さんの跡継ぎとして申し分のない杜氏でござりやす。蔵元のお許しがあれば、来年は庄助さんに杜氏として入ってほしいと思っておりやんす。杜氏はたいそう照れ屋でござんしたから、様々、自分から言い出しかねた事もございましょう。それが心残りとなっているのではないかと思ったんで」
「そうか。照れ屋であったか」百夜は納得したように頷いた。
「では、悩み事など聞いたことはないな」
「照れずに話してくださればよかったんでござんすが。なにやら今度の旅の最中も、荷車の自分の荷物のそばでもじもじなさっていたんでござりやんす」
「荷物のそばでのう──。それで、お前も、鬼の正体は長八だと思うか?」
「いえ。杜氏はたんぱら(短気)なところもござりやしたが、赤鬼に変化するような恨みを腹に抱えるような方ではござりやせん」
「そうか」百夜は肯いた。
「忙しいところを呼び出し、すまなかった」
「いえ──。赤鬼の件、よろしくお願いいたします」
 仙太はじっと百夜の顔を見た。
 百夜はその視線を肌で受け止め、その中に『鬼の正体は長八ではない』という強い思いが含まれているのを感じ取った。

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