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【期間限定連載小説 第25回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第三章の壱 三ツ足の亀(前編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
麹町の旗本屋敷に人が乗れるほど巨大な亀が現れた。前話、紅柄党の宮口大学と戦い、仕込み刀を折られた百夜は、倉田屋から贈られた代わりの仕込みを手に謎に挑むが…第三章の壱「三ツ足の亀」前編。

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五百石取りの旗本屋敷。庭の池で魚の死骸が大量に浮き、亀の化けものが現れた。解決に向かった盲目の美少女修法師・百夜は再び因縁の旗本集団・紅柄党と対決する羽目に。九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第三章の参は「三つ足の亀」。

 
 
 
 

第三章の壱 三ツ足の亀(前編)1

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 元旦の午後である。
 冬の間は陽の差さない〈おばけ長屋〉のどぶ板を踏んで、左吉はももの部屋を訪れた。
「あけましておめでとうござい」
 腰障子を引き開けて、いんぎんに頭を下げた。
 なぜか右手は後ろ手にして、どうやら何か持っているようである。
「正月早々、仕事の話か」
 長火鉢で餅を焼いていた百夜は不機嫌そうな顔を左吉に向ける。
「それだけじゃござんせんよ」左吉は板敷きに腰を下ろす。
「でででんっ!」
 口太鼓と共に百夜の前に差し出されたのは、を巻いた杖であった。
「仕込みか?」
 百夜は当惑したようにそれを受け取った。
「左様で。ウチの旦那が、百夜さんにいつまでも棒っ切れの杖を持たせておくわけにゃあいかねぇってんで、知り合いの刀屋の所へ行ったんでござんす。ちょうど、一振りだけ仕込みがあって、それを百夜さんにと」そこまで言って、左吉は背筋を伸ばし、口上を述べる。
「本来ならば倉田屋徳兵衛がお年始のご挨拶に伺わなければならならないところでございますが、所用につきどうしても手が離せません。ともかく早くご挨拶の品を百夜様に届けたいと存じ、失礼ながら左吉を名代にいたします。徳兵衛は後ほどあらためて参上いたします。あなあなかしこ──とのことで」
「最後の『かしこ』は女の文の結びの言葉だ」百夜は苦笑する。
「ありがたい心遣いだが、仕込みはすでに津軽の鍛冶屋に文を出して、打たせておる」
「それが届くまで使えばいいんでございますよ。と、ウチの旦那が申しておりやした」
「そうか」
 百夜は言って、丁寧に熨斗を剥がし、すらりと仕込みを抜いてみた。
 細身で若干軽かったが、刀匠の気迫が刃から滲み出して来るのを百夜は感じた。
「いい刀だ。ありがたくいただいておく」
「旦那にお伝えいたしやす──。と、いうことで、次はお仕事の話でござんす」と、左吉は身を乗り出す。
「今回は、でかい仕事でござんすよ」
「大きい仕事。つくがみが大きいのか。実入りが大きいのか」
「付喪神のでかさはそこそこでござんすが、こっちの方がでかい」左吉は下品に指で丸を作って見せる。
「五百石取りのお旗本から声がかかりやして」
「侍は嫌いだ」
 百夜はけんどんに言い、焼き網の上で膨らんだ餅を取り、小皿の醤油をつけて一口かじった。
「ウチの旦那とじっこんでござんしてね。人柄はとてもいい方なんでございやすよ。ウチの旦那もなんとか引き受けてくれないかと申しておりやして」
「それで、これか」
 百夜は脇に置いた仕込みに触れた。
「へへっ」
 左吉は笑って誤魔化し、餅に手を出す。「あちちっ」と言いながら手の上で転がし、冷ました後に、何もつけずにかじりついた。
「それで、何が出た?」
「そうこなくっちゃ」左吉は手についた粉を払い、餅を咀嚼しながら言った。
「でかい亀が出たんでござんす」
「どのくらいの大きさだ?」
「大人が乗れるほどだそうで。浦島太郎みたいでござんすが、怖がって誰も乗らない。乗ったが最後、竜宮城ならぬめいへ連れて行かれそうでござんすが」
「そのほかに特徴はあるか?」
「三本足だそうで」
「三本足──。どの足を失っている?」
「それが、よく分からないのだそうで」
「姿がはっきりとしないのか?」
「姿ははっきりと憶えているのに、どの足がないのか思い出せないのだそうで」
「なるほどな」百夜は肯く。
「で、何度出た?」
「去年の末から何日か間を開けて三度」
「家人に障りは?」
「何も。庭に面した濡れ縁に上がり込み、のたりのたりと歩いている姿を見せるだけだという話でござんした」
「歩いた後に水は?」
「もうびっしょりと」
「場所はどこだ?」
「麹町六番町の花村興之助様のお屋敷で」
 〈おばけ長屋〉のある湯島一丁目から麹町六番町まで一里(約四キロ)余りである。
「出かける」
 百夜は仕込み杖を手に取ると、立ち上がった。
 左吉は慌てて長火鉢の火の始末をして、焼き網の上の餅を懐紙に包み、百夜の後を追った。

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