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【期間限定連載小説 第26回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第三章の壱 三ツ足の亀(後編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
麹町の旗本、花村の屋敷に現れる巨大な亀。亀の出現と同時期に、池の魚が大量死したという。百夜は四男、又四郎を怪しみ部屋を改める。そこにはかすかな阿片の匂いが…第三章の壱「三ツ足の亀」後編。

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五百石取りの旗本屋敷。庭の池で魚の死骸が大量に浮き、亀の化けものが現れた。解決に向かった盲目の美少女修法師・百夜は再び因縁の旗本集団・紅柄党と対決する羽目に。九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第三章の参は「三つ足の亀」。

 
 
 
 

第三章の壱 三ツ足の亀(後編)3

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 夜。
 百夜と左吉は奥の座敷で豪華な接待を受けた。きんまきの膳に山海の珍味を持った皿が並べられ、銚子の酒も灘の下り物であった。正月であるから、皿には昆布巻きや数の子、かち栗など縁起物も並んでいた。
「料理も美味しゅうございますが、あんどんの匂いが結構でございますな」
 左吉はほろ酔い加減で言った。
 行灯の匂いとは、行灯に使っている油のことである。上等な菜種油を使っているので、燃える匂いが香ばしいのである。
 菜種油は高価なので、庶民は魚の油などをとうみょうに使う。その臭いはひどく魚臭く、着ている物にも染みつくくらいである。
 離れの歌舞音曲が一際大きくなった。
 どうやら芸者を呼び込んだようで、艶っぽい歌声も混じっている。
「いい気なもんでござんすね」左吉は舌打ちしながら盃を傾ける。
「三ツ足亀の奴、あっちへ出て脅かしてやりゃあいいのに」
「付喪神も出る相手を選んでいるのであろうよ」
「選んでいるってぇと?」
「自分を分かってもらえそうな相手の前に出ているということだ」
「するってぇと、百夜さんはもう三ツ足亀の正体がお分かりで?」
「まだ確かめねばならん事もあるが、おおよその見当はついた」
「いつもながら早うございますね」
 左吉は感心したように言いながら空になった盃に手酌で酒を注いだ。
「どなたか御座らぬか?」
 百夜は廊下に声をかけた。
 すぐに返事があり、女中が障子を開けてお辞儀をした。
「中島殿と話がしたい」
「ただいますぐに」
 女中は言って、そっと障子を閉める。
「花村様ではなく、ご用人に何か訊くのでございますか?」
「蔵の中を確かめてもらわなければならんのでな」
「ああ。付喪神の住処を突き止めるのでござんすね」
「少し違う」
 と、百夜が言った時、障子の外で声がした。
「中島がまかり越しました」
「お入り下さい」
 百夜の言葉に、障子が開き、中島が深く礼をした。膝で座敷に入り、そっと障子を閉めて、もう一度礼をする。
「中島殿に一つ頼まれていただきたいことがございます」
 百夜は立って中島のそばに寄り、耳打ちした。
「内緒話はやめてくださいよ」
 左吉は不満げに声を上げる。
「謎解きは後の方がよかろう」
 百夜はにっと笑う。
「承知仕りました。すぐに調べて参ります」
 中島は言って座敷を辞した。
 百夜と左吉が食事を終えた頃、中島は花村と共に戻ってきた。
「いやはや、なんとも──。中島よりお話をうかがいましたが、仰せの物、確かに見あたりませんでした」
 花村は百夜に向き合って座った。中島はその後ろに控える。
「ならば、それが付喪神の正体でございます。おそらく今夜も出現いたしましょうから、後を追って消える場所をお確かめ下さい。おそらくそこに、無くなった物があるはずです」

    ※          ※

 そして、深更──。
 離れの騒ぎも収まり、花村邸は静まりかえっていた。

 ごとり。

 廊下で音がした。
 真っ先に立ち上がったのは中島だった。刀を手に取り障子を開ける。続いて百夜、花村、最後に居眠りをしていた左吉が飛び起きて、部屋を出た。
 外は庭に面した濡れ縁である。幅は一間(約一八〇センチ)。座敷から漏れる行灯の光で、ぼんやりと照らされている。
 濡れ縁に大きな黒い影があった。
 のそり。と、動く。
 ゆっくりと光の中に現れたのは、緑色がかった白色の、大きな亀であった。眠そうに半ば閉じられた茶色の目や、皺一本一本までが鮮明に見えた。甲羅は濃い灰色である。しかし、持ち上げられた首から下は霧に包まれたようにあやふやで、足が三本なのは分かったが、どの足が無いのか判断がつかなかった。

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「似ていませんか?」
 百夜は花村に訊いた。
「うーむ。まさしく……」
 花村は肯いた。
「元の場所に戻りたいのであろう?」
 百夜は三ツ足の亀に訊いた。
 亀は返事をするように唸り声を上げた。
「ならば、今いる場所へ戻れ」
 百夜が言うと、亀はもう一度唸り声を上げて向きを変える。
 その時である。
 手燭を持った女中が濡れ縁に現れた。
 そして、三ツ足の亀を見て悲鳴を上げた。
 離れに明かりが灯った。
 五人ばかりの若侍が刀を持って飛び出してきた。
「こいつが亀の妖怪か!」
 先頭に立って走ってきた若侍が刀を抜き、鞘を捨てた。又四郎だった。
「又四郎様。おやめください」
 中島が又四郎の前に立ちはだかる。
「邪魔をするな。中島! 花村家の屋敷に現れるとは、らちな妖怪だ。おれが成敗してくれる!」
 又四郎は刀を振り上げた。
 中島がその体を押さえた。
 残り四人の若侍が刀を抜いて三ツ足の亀に駆け寄る。
 百夜の体がすっと動いた。
 仕込みが抜き放たれた瞬間、右の一人の刀が宙に舞っていた。

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 百夜は、返す刀で左の侍の首筋を峰打ちにし、右端の侍に駆け寄って仕込みを鞘に収めながら、みぞおちに柄頭を叩き込み、左端の侍の背後に跳んで、その脳天に仕込みの鞘を振り下ろした。
 そして、中島に押さえつけられている又四郎のそばに駆け寄ると、仕込みを一閃させて峰でしたたかに右手を打つ。
 又四郎は悲鳴を上げて刀を落とした。
 中島は又四郎を離して落ちた刀を拾おうとした。
 又四郎はそばに転がっている仲間の刀を拾って、中島の背中に斬りかかった。
 その喉元に刃の尖端が突きつけられ、又四郎は息を飲んで立ち止まった。
 百夜の仕込みの切っ先であった。
「又四郎殿。お静かに願いましょうか」
 動きのとれなくなった又四郎は寄り目になって切っ先を見つめている。
 百夜は仕込みを素早く一閃させ、又四郎の首筋を峰で叩いた。
 又四郎はその場に頽れた。
 濡れ縁で、じっと騒ぎを見つめていた三ツ足の亀は、ゆっくりと動き出した。
 庭を横切り、ツツジの植え込みの向こう側から池に入って行った。離れの縁先のすぐそばだった。
 中島が急いでその後を追い、亀が消えた辺りの水に手を入れた。
「ありました」
 中島は言って、拳よりも一回りほど大きい物を取りあげて、百夜たちの元に戻って来た。
 女中から手燭を受け取った花村が、中島の手元を照らした。
 それは緑みを帯びた灰白色の磁器であった。数本の筋のある円筒の胴。むっくりと丸みを帯びた足が三本。そして円筒の上には半球の、牡丹を透かし彫りした銀の蓋が乗っている。銀は変色して黒みを帯びていた。
「こいつが三ツ足の亀の正体でやんすか」
 左吉が言った。
「三ツ足と聞いた時に、こうの足を思い浮かべた。線香を立てる香炉も、座敷で香を焚く香炉も、よく見るものは三ツ足だ」
「ちなみに、香道の香炉には足はございませぬがな」
 花村が付け加えた。
「中島殿に蔵にある香炉を調べて欲しいと頼んだところ、一つ足りなくなっていると教えてくれた」
「なるほど。内緒話はそれでございやしたか」
 左吉は得心して肯いた。
「宋朝の青磁三ツ足香炉でございます」花村が言った。
「銀のは後から造ったものでございますが、当家の家宝でございます」
 宋とは西暦九六〇年から一二七九年まで続いた中国の王朝である。
「又四郎殿は、これを使って仲間達とツガルを焚いていたのだろう。そこに突然、中島殿が現れたので焦って池に放り投げた。ツガルが水に溶けて、次の日に魚が浮いた」
「なんともはや──。青磁三ツ足香炉は、自分が投げ捨てられたことを報せるために亀に変じて現れたわけでございますな」
「百年を過ぎた物は、いつ付喪神になっても不思議じゃあござんせんからね」
 左吉は顎を撫でた。
 母屋の方から騒がしい声が聞こえた。
 何者かと花村家に仕える侍たちが、なにやら押し問答をしている気配だった。
「又四郎様はお休みでございます! 夜が明けてからになさってくださいませ!」
 どたどたと濡れ縁に足音が響き、三、四人の侍に囲まれて、派手な金襴の刺繍のある唐衣のようなものを纏った男が現れた。
 男は、池の畔に立つ百夜たちを見ると、前に立つ侍を乱暴に押しのけて庭に飛び降りた。
「百の夜、千の夜を彷徨うておる百夜であったか。おまえもいるとは奇遇だな」
 宮口大学であった。
 百夜の仕込みを折った紅柄党の頭目である。
 百夜は何も言わず、宮口の方へ体を向ける。
 自然体であったが、いつでも仕込みを抜ける気迫が体から滲み出していた。
「お前にまた会えたのは、これのせいかもしれぬな」
 宮口はにやりと笑い、紅柄の大刀と共に腰に差した守り刀をぽんと叩いた。
 柄、鞘ともに黒塗りで、咲き誇る桃の花と金蒔絵の雲をあしらった短い刀である。
「お主の折れた刀、気に入ったので作り直した」
 宮口の言葉を聞き、百夜の眉間に皺が刻まれた。

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「しかし──」宮口は、倒れている又四郎の方に向き直る。
「今日はお前と遊ぶ気はない」
 宮口は又四郎のそばに歩み寄り、襟首を掴んで引き起こし、その頬を数度叩いた。
 花村の家臣たちが「何をなさいます!」と怒鳴りながら宮口を囲む。
 又四郎は呻き声を上げて目覚めた。
「最近、お前たちと連んでいる津軽の勤番侍を捕まえて問いただした。どうやらお前たち、その者が持ち込んだ阿芙蓉をやっているようだな」
 宮口は又四郎に顔を近づけて言った。
「宮口殿──」
 又四郎の顔が青ざめる。
「阿芙蓉は癖になるそうだ。吸いすぎると廃人になるという。廃人を紅柄党に置くわけにはいかん。紅柄党を抜けるか? 薬を抜くか?」
「紅柄党におりとうございます……」
 又四郎は震える声で言った。
「そうか」宮口は肯くと、花村に顔を向けた。
「花村殿。この屋敷に座敷牢はあるか?」
「はい──。ございますが」
 花村の声も震えていた。
「案内していただこう。阿芙蓉が欲しくならなくなるまで、又四郎を閉じ込めておかれるがよい」
 宮口は又四郎を引きずり起こす。
「しかし──」
「案内いたせと申しておる」
 宮口の目がすっと細められた。
「中島! 鍵を持って参れ」
 悲鳴のような声で花村は言った。
 中島は弾かれたように母屋へ走った。
 花村は百夜に頭を下げ「お礼は後ほど」と言い、
「こちらでございます」
 と、宮口を誘い、母屋へ向かった。
「それでは百夜。縁があるようだから、いずれまた会うことになろう」
 宮口は百夜に目礼すると、又四郎の背中を押した。
「斬り合いが始まるんじゃねぇかと思ってヒヤヒヤしましたぜ」
 左吉はふうと溜息をついた。
「仕込みを下さった倉田屋殿には申し訳ないが、宮口相手にこれは役に立たぬ。今回は何を言われても堪えようと思っていた」
「へへっ。百夜さんも大人になりやしたねぇ」
「馬鹿」
 百夜は仕込みの柄で左吉のさかやきを叩き、歩き出した。
 左吉は「いてっ」と頭を押さえながら後を追う。
「あれからちょいと調べてみたんですがね、宮口の親爺は三千石取りのたいしんだそうで。だから花村様相手にあんなに威張ってたんでござんすよ」
「もう侍からの仕事の依頼は持ってくるなよ」
「へい。ウチの旦那にもそう申しておきやす」
 東の空が青みを帯びて、正月二日の朝が始まろうとしていた。

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著者紹介

●作 平谷美樹(ひらや・よしき)

1960年岩手県生まれ。
大阪芸術大学卒業後、岩手県内の美術教師となる。2000年「エンデュミオン エンデュミオン」で作家デビュー。同年「エリ・エリ」で第1回小松左京賞受賞。「義経になった男」「ユーディットⅩⅢ」「風の王国」「ゴミソの鐵次調伏覚書」など、幅広い作風で著書多数。

 
●画 99.COM(つくもどっとこむ)

京都造形芸術大学キャラクターデザイン学科・故・小野日佐子教授に率られた、在学生および卒業生からなるキャラクターデザイン・イラストレーション制作チーム。総勢99名。各々の個性を生かした2D・3Dイラストからアニメーション集団制作までを行った。

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