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【期間限定連載小説 第28回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第三章の弐 旅の徒然(後編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
相模屋に現れる旅姿の男、先代の亡魂と思われたが、口寄せした百夜は首を横に振る。では付喪神か? 趣味人だった亡父と朴念仁の息子が、二十年の時を経て心を通わせる。第三章の弐「旅の徒然」後編。

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紙問屋・相模屋に早朝かならず現れて、霞のようにきえる旅装束の男。盲目の美少女修法師・百夜が怪異の謎を解く。九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第三章の四は「旅の徒然」。

 
 
 
 

第三章の弐 旅の徒然(後編)3

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 百夜と左吉は、作兵衛の寝所の奥にある彼の亡父が使っていた座敷に案内された。
 その座敷は作兵衛が聞いた足音が来た方向にある。もしかしたら、付喪神となったモノがあるのではないかと思ったが、作兵衛の父の遺品は何一つ無かった。時折、作兵衛が夜に帳簿の確認をするために使うだけという話で、文机と燭台だけが置かれている。
「お父上の遺した物は処分したのか?」
「いいえ」作兵衛は首を振る。
「この歳になってお恥ずかしいのですが、今でも思い切れずに処分できずにおります。すべて土蔵に納めておりますが、ご覧になりますか?」
「拝見しよう」
「何を探したらいいのか分からないのに調べるのは時の無駄──。百夜さん、よくそう仰るじゃありませんか」
 左吉が言う。
「ただの酔狂でくっついてきて、漫然と成り行きを眺めているものとばかり思っていたが」百夜は笑う。
「お前もどうして、よく見ておるではないか」
「馬鹿にしちゃいけませんや。いつかは百夜さんの揚げ足を取ってやろうと思って、虎視眈々と狙っているんでございやすぜ」
「付喪神には、大きく分けて二つある。すっかり物の怪に変化してしまったモノ。時々変化するモノ。二番目の中でも、常に気配を漂わせているモノと、変化していないときは気配さえ漂わせないモノがいる。大抵の付喪神は、変化していないときは気配がない」
「今回は常に気配を漂わせているから、土蔵を調べてみると?」
「いや。ただの暇つぶしだ。明け方まではまだまだ時がある」
 百夜は左吉の耳元に口を寄せ、本気とも冗談ともつかぬ口調で言った。

    ※          ※

 相模屋の蔵は五つあった。その中の一つ、一番左の外れの蔵の二階に作兵衛の父の遺品は納められていた。
 両側に木の棚が組まれ、大量の書籍、帳面と、木箱、やなぎ行李こうりが積まれている。突き当たりの窓が換気のために少し開いていて、分厚いしっくいの扉の間から日光が差し込んでいた。
「父上ははいかいを?」
 百夜は一冊の本を取りあげて言った。松尾芭蕉の【奥の細道】である。
「はい。句会にはよく出かけておりました」
「作兵衛殿は?」
「わたしは嗜みません」
「すると、これはすべて先代が書いた句か」
 百夜は、次に取りあげた帳面を示した。開くと、俳句が数句、流れるような筆跡で記されていた。
「はい。旅のつれづれにしたためたものでございます」
 作兵衛は答えた。
 百夜は灰褐色に古びた木箱を取りあげる。中には茶道の茶碗が納められているようで、表書きがしてあった。
「茶道もなさったのか? それとも、骨董を集めるのが好きだったのか?」
「両方とも。あ、わたしは嗜みません」作兵衛は苦笑いした。
ぼくねんじんでございます」
「旅は?」
「は?」
「旅はお好きか?」
「いえ、それも。わたしは店の中で忙しくしているのが好きでございまして」
「しかし──」左吉は棚の上の様々な品物を眺めながら腕組みをした。
「付喪神になりそうな物ばかりでございますね。謎解きの鍵は旅姿でございましょう?」
「そうだ」百夜は微笑んだ。
「探してみるか?」
「わたしが?」
「そうだ。わたしと共に付喪神と身近に接して来たのだ。そろそろ、お前の勘も冴えてきているかもしれない」
「あっ。そういうことですかい」左吉はぽんと手を打つ。
「わたしの腕試しをしようと、わざわざ蔵に?」
「イタコになるには厳しい修行をしなければならぬが、付喪神の正体は、起きる怪異を判じ物と捉えれば、理屈で探る事が出来る」
「へへっ」左吉は嬉しそうに笑った。
「もちろん、やらせていただきやす」
「大丈夫でございますか?」
 作兵衛は不安そうに言う。
「こ度の付喪神は、危ない物ではない。それに、左吉が見つけられなくても、明日の早朝に姿を現せば、その正体は知れる」
「ご安心下さい、相模屋さん」左吉が張った胸を叩く。
「必ずわたしが見つけてご覧に入れます」
「それでは、任せたぞ」
 百夜は作兵衛を促して蔵を出ていった。
「さてと」独りになった左吉はぐるりと棚を見回す。
「むやみやたらに引っ掻き回しても駄目なんだ。まずは、付喪神の出方から手掛かりを見つけなきゃあならねぇ」
 左吉は座り込む。
「まずは、旅姿のお父っつぁんか。旅姿、旅姿。手っ甲脚半に笠、合羽、振り分け荷物──」
 左吉は棚の一番上に縁を見せている菅笠を見つけた。数個重ねた旅行李の上に乗っている。旅行李とは、旅行の時に肩に担ぐ振り分け荷物にする、小型の行李である。
 背伸びをし、爪先立ちして菅笠の縁を指に引っかけ、下に落とした。
 差し込む光の中に、ぱっと塵が舞う。
 左吉は埃を払い落とし、笠を調べる。
 ためうるしが塗られた上等な笠だった。塗りが剥げた所も紐の汗染みもなく、何回も使われていない様子である。まだ充分に使えそうで、土蔵の中にしまい込んでしまうのがもったいなく思えた。
「おっ」
 左吉は笠の内側に、小さい文字を見つけた。
〈同行二人〉
 と、書かれている。
「おへんにでも出ていたのかね……」
 左吉は首を傾げた。
 四国八十八ヶ所巡りのお遍路は、笠に〈同行二人〉と記す。弘法大師=御大師様と二人で旅をするのだから、途中で倒れても成仏できる。あるいは、御大師様が旅の安全を護ってくれる──。そういう思いを込めた書く言葉である。
「しかし、お遍路なら、もっと大きく書くがねぇ……」
 何回も使われていない笠。
 遺品の中には、これ以外に笠はない。
 とすると、死ぬ間際まで使っていた笠か──。
 左吉は腕組みをし、目を閉じ、こころもち上を向いて考え込む。
 相模屋さんは旅をしない。お父っつぁんは、旅好き──。
「ああ。同行二人って書いて、息子と二人で旅をしているつもりになってたんじゃなかろうかね」
 口に出して言ってみると、それが正解のような気がしてきた。
「一緒に旅をしたかったんだねぇ」
 左吉の顔が歪み、涙が浮かんだ。
「いけねぇ、いけねぇ。笠が付喪神の元と決めてかかるところだった」
 左吉は涙を拭って、今度は旅行李を棚から下ろした。
 下の四つは古びていて、中は空だった。
 上の二つは笠と同様にまだ新しい。
 開けてみると、道中手形の紙や、革の入れ物に入った火打ち道具、俳句を作るときに使ったのであろう小さな帳面類、筆記具、紙入れ、折り畳み式の懐中燭台などが入っていた。
 懐中燭台とは、蝋燭を立てる皿や、据え置くための脚がちょうつがいで留められた燭台で、折り畳むとずいぶん小さくなる。
 それらの品々は、旅行李によく入っているものばかりで、とりたてて左吉の“勘”に訴えかけるものは無かった。
「やっぱり、笠かねぇ」
 左吉は旅行李を元に戻して座り込み、笠を手に取って眺めた。
 相模屋の先代は、息子と旅をしたかった。
 その思いが笠に移って、付喪神となった。
 ならば、付喪神が訴えているのは──。
「いけねぇ……」
 左吉は顔が冷たくなるのを感じた。
 笠を手に持ったまま、跳び上がるように立ち、蔵の階段を駆け下りた。
 蔵の前で鍵を手に待っていた番頭に「閉めといてくれ!」と、叫ぶと、百夜の待つ座敷に走った。

    ※          ※

「百夜さん、てぇへんだ!」
 左吉は座敷に飛び込む。
 お茶を飲んでいた百夜と作兵衛が左吉に顔を向ける。

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「目元が汚れておるぞ」
 百夜は言った。
 埃だらけの顔に涙を流し、それを拭ったので、左吉の目の周りには黒い縞模様が出来ていた。
「いけねぇ」
 左吉はごしごしと目元を拭った。
「何か分かったのでございますか?」
 作兵衛は茶碗をちゃたくに置いた。
「こいつでござんすよ」
 左吉は二人の前に笠を置いた。
「笠の内側をご覧なせぇ。ちっちゃく〈同行二人〉と書かれてござんす。一人は先代の相模屋さんのこと。もう一人は──」
「御大師様で?」
 作兵衛が言う。
 左吉はにやりと笑い、
「そう考えるのが素人の浅はかさ──。いけねぇ、失礼なことを申し上げました。もう一人は作兵衛さん、あなた様でござんすよ」
「わたしでございますか──?」
「先代は、あなたと肩を並べて旅をしたかったのでございます。その思いを込めて〈同行二人〉と書いた」
「そうでございましたか──」作兵衛の目が潤む。
「しかし、それがどうして大変なので?」
「付喪神は作兵衛さんを旅に誘っておるのでござんすよ」
「旅に誘う──」
 その言葉の意味を理解したらしく、作兵衛の顔が青ざめた。
 左吉は作兵衛に顔を近づける。
「先代の元に、作兵衛さんを連れて行こうとしているんで」
「そんな……」
 作兵衛は絶句し、救いを求めるように百夜を見た。
「左吉」百夜は静かな口調で言った。
「お前のきょうじゃく(推理)、途中までは見事だった。なるほど、この度の付喪神、作兵衛殿を旅に誘っておる。しかし、めいへの旅ではなく、本当の旅へな」
「え、でも──」左吉は不満げな顔をした。
「百夜さんは見当がついているんですか?」
「付喪神が作り出した幻は、まだかくしゃくとしていた頃の先代の姿だ。『自分がお供しますから、ご安心なさい』と、言うておる」
「へぇ……。そういうもんでござんすか」
 左吉は口をへの字に曲げた。
「まぁ、そうしょげるな。筋は悪くない」
「へい。ありがとうございやす」
 と言う左吉の顔は冴えなかった。

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