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【期間限定連載小説 第29回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第三章の参 五月雨拍子木(前編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
深川六軒堀、木戸番所の信兵衛老人が行方不明になって十日たつ。もはや生きては…誰もが思った。以来どこからともなく、信兵衛の拍子木の音だけが聞こえるように…第三章の参「五月雨拍子木」前編。

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五月雨拍子木

番太小屋に住込んでいた呉服屋の隠居・信兵衛が行方不明になって10日。深夜の深川で信兵衛の拍子木が木魂する。怪異を追った先で盲目の美少女修法師・
百夜が見たものは。九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第三章の四は「五月雨さみだれひょう」。

 
 
 
 

第三章の参 五月雨拍子木(前編)1

プリント

 しんこう。深川の北六軒堀町。
 竪川と小名木川を結ぶ運河のそばにある町である。堀の両側に河岸があるので日中は賑やかだが、今は蛙の声がかまびすしい。
 すでに四ツ(午後十時頃)を過ぎているので木戸は閉まっているが、わくを屋根に乗せた自身番所と、木戸を挟んだ木戸番所には明かりが灯っている。
 木戸番所は五坪ほどの小さな小屋である。ついさっきまで雨が屋根を打つ音が屋内に聞こえていた。
 蒸す夜だったので、障子を開け放ち、六畳の座敷にを吊って、その中に二人の番太が寝転がっていた。とうの明かりが年老いた番太の顔を照らしている。
 九ツ(午前零時)を過ぎた頃である。
 遠くで拍子木の音が響いた。
 番太の一人、安五郎が目を開けた。
 四ツに木戸が閉まった後、出入りをしたい者は木戸番に事情を話し、潜り戸を通る。
 その時、次の木戸に人を入れたことを知らせるために拍子木を叩くのである。
 安五郎は起きあがった。
 また拍子木の音が響いた。
 そしてまた、拍子木の音。
 人が入ったことを報せるための音ではない。
 今聞こえている拍子木の調子は、火の用心を告げて町を回るときのものである。
 すでに町は寝静まっている。こんな刻限に火の用心を告げるなどあり得ない。
 そして、その音色は、普通の拍子木のものではない。黒檀製の拍子木の、甲高い良く抜ける音である。
「信兵衛さんだ……」
 安五郎は皺深い顔を歪めて呟き、耳を塞いで蚊帳の隅で丸くなった。

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