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【期間限定連載小説 第37回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第四章の壱 狐火鬼火(前編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
南町奉行所同心、三島が持ち込んだ怪事件。四谷近辺に三日続けてボヤがでた。赤く揺らめく炎、しかし近寄ってみると火はなく、燃えた形跡もない。すわ鬼火か、狐火か。第四章の壱「狐火鬼火」前編。

第四章の壱 狐火鬼火(前編)2

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 三島は四谷坂町の甲州屋のくだんの座敷で待っていた。
 庭に姿を現した百夜を見ると、三島は居住まいを正し、
「お勤めお疲れさまでございます」
 と、深々と頭を下げた。
いんぎんな態度を憶えたではないか」
 百夜は笑ってくつぬぎいしに草履を脱ぐと、離れの座敷に上がった。左吉もにやにや笑いながら後に続く。
 座敷にはもう一人、五十がらみの男が座っていた。
「甲州屋松右衛門でございます」
 男は言って会釈をした。
「百夜と申す。さっそくだが、松右衛門殿、お手前も火を見たのか?」
 百夜は松右衛門に向かい合って座りながら訊く。
「はい。確かにこの座敷の中で火が燃えておりました」
「なにやら鬼火ではないかという話もあるようだが?」
「はい。火事というよりは、鬼火と言う方が当たっているかと。ちょうど、このくらいの火が浮いているように見えました」
 松右衛門は子供の頭くらいの大きさに両手を広げた。
「浮いていた──」
「はい。畳から二尺くらいの所でございました」
「それが、障子越しに見えたのだな?」
「はい」
 その答えを聞きながら、百夜は閉じた目を座敷の周囲に巡らせる。
 片隅の箪笥たんすと文机以外に調度はない。
「ここは何に使っている座敷だ?」
「普段はなにも。わたしが商用の旅に出る前夜使うくらいでございます」
「旅に出る前夜?」
「先代、先々代からの習わしのようなものでございます。先々代の当主が旅に出る前夜、この座敷に寝て、いい商売が出来たということで、いってみればげんかつぎでございます」
「なるほど」百夜は立ち上がり、箪笥の前に立った。
「開けてみてもよいか?」
「はい。旅用の道具やももひきなどが入っているだけでございますが」
 松右衛門は肯いた。
 百夜は下から引き出しを開けてみた。
 確かに松右衛門の言うとおり、振り分け荷物用の行李こうりや、笠、合羽、小田原提灯や折り畳み枕などの旅に使う小物類が納められていた。
「なるほどな」
 百夜は肯いて、元の場所に戻り、座った。
「何か分かりましたか?」
「おおよそはな」
「さすが百夜さん! もう分かったのでござんすか?」
 左吉が手を叩く。
「分かることは分かったが──。同じ怪異がこの界隈で連続していることが解せぬ」
「何が原因だったんでござんす? やはり、つくがみですかい?」
「お前が持ってきた仕事だ。付喪神に決まっておろう」
 百夜は左吉の方を向いて鼻に皺を寄せた。
「へへっ」左吉は舌を出す。
「それで、今回は何の付喪神で?」
「それがなぁ──」百夜は腕組みした。
「付喪神と言い切るのも、何か違うような気がする」
「なんです。勿体ぶらずに教えてくださいよぉ」
 左吉が、だだっ子のように体を揺すった。
「左様」三島が言った。
「物の怪であっても、人のいないところに火の手が上がるのは危険でござる。早いところ始末しなければ、本当に火事になりまする」
「火事にはならぬ」百夜は首を振る。
「“あれ”は気づいて欲しいために幻の火を見せていたのだ。万が一、わたしの読みが間違っていると、左吉に何を言いふらされるか分からぬ。本当に“あれ”が原因であるかどうか、確かめてからお伝えいたそう」
 百夜は懐から一枚のお札を出して松右衛門に渡した。
「これは?」
「火除けのお札だ。箪笥に貼っておかれよ。それで今宵は鬼火は出ぬ」
「分かりました」
 松右衛門は押し戴くようにお札を受け取った。
「それでは、ほかの二件も当たってみますか?」
 三島が訊いた。
「案内を頼む」
 百夜は立ち上がった。

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