本との偶然の出会いをWEB上でも

【期間限定連載小説 第37回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第四章の壱 狐火鬼火(前編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
南町奉行所同心、三島が持ち込んだ怪事件。四谷近辺に三日続けてボヤがでた。赤く揺らめく炎、しかし近寄ってみると火はなく、燃えた形跡もない。すわ鬼火か、狐火か。第四章の壱「狐火鬼火」前編。

第四章の壱 狐火鬼火(前編)3

kitsunebionibi_illust_04_01

 百夜たちはまず、近くの四谷塩町一丁目の長屋へ向かった。
 住民の多くが仕事に出かけ、路地に人影はなかった。
 三島はおとないもなく、腰障子を引き開けた。
 部屋の中でお針子の仕事をしていた女が驚いた顔で三島を見た。
「亭主はいるか?」
 三島は無遠慮に三和土に足を踏み入れる。
「仕事に決まっておろう」
 百夜が眉間に皺を寄せて三島の羽織を引っ張った。
 三島は後方によろけて、怒りに顔を染めた。しかし、固く口をつぐんで文句は言わなかった。
「すまんな」百夜は女に頭を下げる。
「二日前の小火の話を聞きに来た」
「ああ……あのことでございますか」
 女は肯いて縫い物を横にどける。
「話によれば、そこもとやご亭主は、鬼火を見ていないようだな」
「はい。『火事だ!』という声に驚いて飛び出したら、皆さんが集まっていて」
「昨夜はどうだった?」
「火の用心をしっかりしましたので」
「いや。あれは本当の火ではなく、鬼火だ」
「鬼火!」
 女は怯えた顔をした。
「昨夜は出なかったのだな?」
「はい」
 女は震えながら肯いた。
「どういうことでござんしょうね、百夜さん」
 左吉が訊く。
「付喪神にしろ亡魂にしろ、我らの分からぬ規則で動いている。昨夜出たからといって今夜も出るとは限らぬ。数年に一度しか出ないモノもある」
「なるほど」
 左吉と三島は得心したように肯く。
「時に、ご亭主は近頃旅に出たか?」
 百夜は訊いた。
「いえ──」女は怪訝な顔をする。
「旅にはこれから出るところでございます」
「これから?」
「はい。伊勢講の順番が回って参りまして。来年の一月に」
 伊勢講とは、何人かが集まって金を積み立て、代表者が伊勢参りをする仕組みのことである。
「旅の準備は調えているか?」
「はい。少しずつ」
「見せてもらえるか?」
「はい」
 女は奥から振り分け荷物の行李と道中差しなどを持って来て百夜の前に置いた。
 百夜は行李を開ける。
 中身は先ほどの甲州屋の箪笥の中にあったものとたいして変わりはなかった。
 革製の火打ち道具、早道──帯に差して使う小銭入れ。しんちゅう製の懐中燭台。小田原提灯、折り畳みの枕──。
「その道中差し──」左吉が覗き込んで言う。
「怪しゅうござんすね」
「怪しい?」
 女は不安げに左吉を見る。
「人を殺めた刀であれば、鬼火が出てもおかしくはねぇ」
「滅相もない。これは形ばかりでございますよ。中は銭入れでございます」
 女は柄を握って引き抜く。中は刃ではなく、銭を入れる筒になっていた。
「読みが外れたな。左吉」
 百夜はにやにや笑う。
「百夜さぁん」左吉は悲しそうに顔を歪める。
「教えてくださいよ。何が付喪神なんでござんす? ここにある物は、ほとんど甲州屋さんの箪笥の中身と同じでござんす」
「次の一軒を回ったら教えてやる」百夜は言った。
「邪魔をしたな」
 百夜は女に「用心のために」と、火除けのお札を渡し、行李に貼るように指示すると三和土を出た。
「次は四谷伝馬町二丁目の呉服問屋だな?」

     ※          ※

 四谷伝馬町は内藤新宿に続く街道沿いの町である。四谷塩町からおよそ三町(約三百メートル)ほど南にあった。呉服問屋の名は越後屋。三島が店に顔を出すと、番頭がすぐに案内に立って母屋の方へいざなった。

kitsunebionibi_illust_05_01

 奥の座敷で待っていると、すぐに恰幅の良い初老の男が現れた。
「主の伊右衛門でございます」伊右衛門は百夜と左吉を見ながら頭を下げた。
「三島さま、こちらの方々は──」
ほうの百夜さまと、そのお弟子の左吉殿だ」
「修法師ではない。イタコだ」百夜は言った。
「それに左吉は弟子ではない。使い走りだ」
「それは酷ぇや、百夜さん」
 左吉は泣きそうな顔をする。
「イタコ──で、ございますか。それではあの火はやはり鬼火で?」
 伊右衛門はさん臭げに百夜を見る。
「そうだ。それで、鬼火はどこに見えた?」
 百夜は訊く。
 伊右衛門は高飛車な訊き方に気分を害した様子だったが、「こちらでございます」と、言って立ち上がった。
 渡り廊下を歩いて店の奥の方へ進む。
「ここでございます」
 伊右衛門が立ち止まったのは店の奥の廊下に繋がった蔵の入り口であった。
 分厚いしっくいの扉が開け放たれ、頑丈そうな格子戸の内扉が閉まっていた。
「大番頭がこの蔵を管理しているのでございます。昨日の夜にこの外扉を閉めようと大番頭が来てみますと、内扉の中に鬼火が見えたとの話で」
「中に入る」
 百夜が言った。
 伊右衛門は困惑の表情を三島に向けた。
「仰せの通りにいたせ。百夜さまをただのイタコと侮るな。大先達さまだ。無礼があると、このたなに不幸が降りかかるぞ」
 三島は言った。
 伊右衛門は慌てて内扉を開けて、愛想笑いをしながら「段がありますゆえ、お足元にお気をつけくださいませ」と百夜の手を取ろうとした。
「無用だ」
 百夜はその手を払いのけて蔵の中に入った。
「灯りをお持ちいたしましょうか?」
「それも無用だ」
 と、左吉が百夜の口まねをして、伊右衛門を押しのけ、蔵の中に入る。
 幾つもの棚が組まれ、木箱が整然と並んでいる。左側には二階に上る階段があった。
 百夜はまっすぐ中央の通路を歩く。そして、とある棚の前で立ち止まった。
「火が見えたのはこのあたりだな?」
 棚の上には〈旅道具〉の張り紙のある木箱が乗っていた。
「その通りでございます」
 伊右衛門は驚いたように言った。
「左吉」
 百夜は左吉に肯く。
「へい」
 と、応えて左吉は木箱を蔵の中から出し、廊下に置いた。
 百夜はしゃがみ込んで箱の蓋を開ける。
 納められた物を一つずつ床に並べて行く。
「百夜さん。変わり映えのしない旅道具ですぜ」
「前の二件と同じ物は何だ?」
 百夜は閉じた目を左吉に向けて試すような微笑を浮かべた。
「ええと、折り畳み枕と、早道と──。あっ!」
 左吉は言って百夜を見た。
「気づいたか?」
「へい。小田原提灯でござんす。これも、前の二つも、まだ新しい提灯でござんす」
「あらためてみよ」
「へい」
 左吉は一見して丸い曲げ物の容器のように見える小田原提灯を引き延ばす。
 小田原提灯は直径が同じの丸い骨を使って、じゃばらの円筒に仕上げるので、畳めば蓋の中に入り携帯に便利である。だから、東海道の小田原宿に逗留する多くの旅人が買い求める。
 骨はたけひごではなく細い板状で、紙を貼り付ける面積が広く、剥がれにくい。そして、もう一つ、大きな特徴があったのだが──。
「ありゃ?」
 左吉は提灯を子細に眺めて、頓狂な声を上げた。
「気づいたか?」
 百夜は訊いた。
「へい。こいつぁ、偽物ですぜ。蓋に金泥で〈御利益提灯〉って書いてありまさぁ」
「その提灯は」伊右衛門が言う。
「四谷御門外の提灯屋で買い求めたものでございます」
ようかいを近づけないばかりでなく、使えば色々な御利益があるという触れ込みか?」
 百夜は訊いた。
「よくご存じで」
 伊右衛門は驚いた顔をする。
「ああ。そういうことでござんすか」
 左吉は大きく肯いた。
「伊右衛門殿。御利益があると称するものは用心しなければならぬ。時に恐い思いをする」
 百夜は立ち上がる。
「行くぞ、左吉」
「へい。提灯屋でございますね」
 左吉と三島も立ち上がった。
「あの──」
 伊右衛門は三人に声を掛ける。
「この提灯が鬼火の原因でございますか?」
「そのようだ」
 百夜は立ち止まって言った。
「それを、そのまま放っておくのでございますか?」
「提灯屋でケリがつく。そのままにしていても構わぬ。ただ、大事に使わねば、祟りがあるぞ」

 
この続きは電子書籍でお楽しみください。

九十九神曼荼羅シリーズ 百夜・百鬼夜行帖 公開中の連載一覧はこちらから

著者紹介

●作 平谷美樹(ひらや・よしき)

1960年岩手県生まれ。
大阪芸術大学卒業後、岩手県内の美術教師となる。2000年「エンデュミオン エンデュミオン」で作家デビュー。同年「エリ・エリ」で第1回小松左京賞受賞。「義経になった男」「ユーディットⅩⅢ」「風の王国」「ゴミソの鐵次調伏覚書」など、幅広い作風で著書多数。

 
●画 99.COM(つくもどっとこむ)

京都造形芸術大学キャラクターデザイン学科・故・小野日佐子教授に率られた、在学生および卒業生からなるキャラクターデザイン・イラストレーション制作チーム。総勢99名。各々の個性を生かした2D・3Dイラストからアニメーション集団制作までを行った。

記事一覧
△ 【期間限定連載小説 第37回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第四章の壱 狐火鬼火(前編) | P+D MAGAZINE TOPへ