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【期間限定連載小説 第38回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第四章の壱 狐火鬼火(後編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
鬼火の出た家に共通したもの、それは偽物の小田原提灯だった。鬼火の謎に迫るべく、百夜たちはその提灯屋へ向かう。偽物に御利益をつけようと、提灯屋がやっていたのは?第四章の壱「狐火鬼火」後編。

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四谷の連続鬼火事件は、品川・稲荷山の異変に発展。神々の領域に踏み込む盲目の御霊使百夜。女修験者・桔梗も登場する新章の幕開け。九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第四章の壱は「狐火鬼火」。

 
 
 
 

第四章の壱 狐火鬼火(後編)4

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 提灯屋は四谷門の西、麹町にあった。障子に〈四谷提灯〉と書かれた小体な店である。
 しかし、店の外には数人の客が並んでおり、〈御利益提灯〉を買い求めていた。
 店には女房らしい女が立ち、奥の作業場で亭主とおぼしき中年男と弟子二人が提灯作りに励んでいる。
 百夜は客が途切れるのを待って女に声をかけた。
「主に話がある」
 偉そうな口を利く小娘に気分を害したように女は口を尖らせて、
「何の用だい?」
 と、訊いた。
「御用の筋だ」
 百夜の後ろに立った三島が、帯に差した十手を見せた。
 女は怯えた顔で作業場を振り返ると、
「あんた! あんた!」
 と、亭主に呼びかけた。
 亭主は顔を上げ、前掛けの木屑を払って店の外に出てきた。
「主の新五郎でございます」
「どこの木を使った?」
 百夜が訊くと、新五郎の顔色が青くなる。
「……出来心でございます。お見逃し下さいませ」
「どういうことでございます?」
 三島は百夜に訊く。
「小田原提灯は、丈夫で持ち歩きに便利なだけでなく、大雄山最乗寺のご神木を使っていて、狐狸妖怪除けのお守りの役目を果たす。そういう理由で、売れに売れている。自分の所の提灯にも、何か御利益を付け加えれば、もっと売れるのではないか──。そう考えたのであろう?」
「ご明察でございます」新五郎はその場に土下座した。
「名前だけ〈御利益提灯〉とつけても、なんだかお客様を騙しているような気がいたしまして、一月ひとつきほど前に出来心でこっそり御神域の木をり、提灯の部品に使ったのでございます」
 新五郎が土下座したので、妻や弟子が慌てて側に駆け寄り、同じようにひざまづいた。
「御神域? 寺か? 神社か?」
 三島が訊く。
「へぇ。木畠稲荷こばたいなりでございます」
「伊勢屋、稲荷に犬の糞ってね」左吉が言う。
「お江戸には腐るほど稲荷がある。その木畠稲荷ってぇのは、どこにあるんだい?」
「品川の木畠村で」
「そりゃまた、遠いところから伐って来たな」
 左吉は呆れた顔をした。
「本当に稲荷か?」
 百夜は小首を傾げながら訊く。
「へぇ。確かに木畠稲荷の御神域の木でございます」
「百夜さん。何かおかしなところがあるんですかい?」
 左吉が訊いた。
「稲荷の気配もあるにはあるが、この木から漂ってくる最も強い気配は別の神のものだ」
「どういうことでござんす?」
「もしかすると、客人神まろうどがみの力が強いのかもしれぬ」
「客人神?」
「主神の社の脇に祀られている神だ。もともとその地の土地神であったものが、有名な神をかんじょうして神社を建てたために脇に追いやられたという例が多い」
「軒を貸して母屋を乗っ取られるみてぇなこってすか?」
「まぁ、そのようなものだ」
「で、どんな客人神なんです?」
「岩だな」
「岩──?」
「岩は昔からご神体として崇められることが多い。古からの岩の神の気配が強く漂っている」
「確かに、木畠稲荷の社の横には注連縄しめなわを回した岩がございやす」と、弟子の一人が言った。
「あっしは富次と申します。木畠村の出でございやして、神域の木をこっそり伐るには木畠稲荷がいいと勧めたのはあっしでござんす」
 富次は顔を歪めて百夜を見上げる。。
「お前たちの出来心のせいで、不審火が続いている」
 百夜は声をひそめて言った。
「ええ? 不審火でございますか?」
 新五郎の額に脂汗が浮いた。
「そうだ。〈御利益提灯〉から夜な夜な鬼火が出てな。このままだと、お前は火付けの片棒を担いだとされ、しょっ引かれるぞ」
「そんな……。そんなことになるとは知らなかったのでございます!」
 新五郎は百夜と三島の顔を交互に見て、おろおろと言った。
「提灯はどれほど売った?」
 三島が訊く。
「百五十張ほどでございましょうか」
「百五十ヶ所から一斉に火の手が上がれば、大江戸は丸焼けでござんすねぇ。こいつぁ、新五郎は大罪人になることが決まりやしたね。火付けは火炙り。〈御利益提灯〉を作った新五郎や弟子、売ったおかみさんまで火炙りでござんすか。ナンマンダブ、ナンマンダブ」
 左吉は合掌した手を摺り合わせた。
「なんとか、なんとかお助けください!」
 新五郎たちは地面に額を押しつけた。
「悔い改めるか?」
 百夜が訊く。
「へい。もうけっして、御神域の木は伐りません!」
 叫ぶように新五郎は言った。
「ならば、助けてやろう」
「本当でございますか!」
 新五郎は涙と土に汚れた顔を上げた。
「本当だ。作業場に残っているご神木を出せ」
「へい!」
 新五郎たちは家に飛び込み、作業場の隅から人の太股ほどの太さのある丸太を引っ張り出す。長さは二尺。それが三本あった。
 そのほかに、一寸角で長さが二尺の部材に加工した角柱状の材木が十本。
「これですべてか?」
「あとはほかの木の屑の中に紛れております」
 新五郎は泣きそうな顔をした。
「まだ売れていない〈御利益提灯〉も並べよ」
「へい」
 新五郎とその妻、弟子たちは、丸太と材木の横に〈御利益提灯〉を五十張ばかり積み上げた。
 百夜は肯いてその前に座った。
 目を閉じ、腰を折るように礼をして、祝詞のりとをあげる。
「高天原に神留まりまします──」
 鎮火祭ほしずめのまつりの祝詞であった。

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 朗々とした百夜の声が作業場に響く。何事かと通行人たちが中を覗き込む。
 祝詞を上げ終えると、百夜は新五郎に顔を向けた。
「丸太を通じて、すでに売ってしまった〈御利益提灯〉にも祝詞が伝わった。これで不審火は出ぬ」
「ありがとうございます!」
 新五郎と妻、弟子たちは百夜に手を合わせた。
「だが、まだ終わっておらぬぞ。これからこの木と提灯を木畠稲荷へ持って行く。鬼火の正体は、御神域へ帰りたい木の思いだ。この木を返さぬかぎり、次はお前たちへの障りとして現れるぞ」 
「へい。わかりました」
 新五郎は神妙な顔で言う。
「もうすぐ陽が暮れる。明日の朝、夜明けと共に出立だ。日本橋のたもとで待ち合わせをいたそう」

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