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【期間限定連載小説 第39回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第四章の弐 片角の青鬼(前編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
前回、百夜に助けられた修法師桔梗が、弟子志願でやってきた。その桔梗が持ち込んだ怪異は、深川の藤屋金兵衛方に現れる、片角だけが長い青い鬼。雷鳴にも似た咆哮が轟く第四章の弐「片角の青鬼」前編。

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「鬼が出るのでございます」。弟子入り志願の女修験者・桔梗が持ち込んだ事件が、盲目の美少女修法師・百夜を巨大な青鬼と対峙させる。九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第四章の弐は「片角の青鬼」。

 
 
 
 

第四章の弐 片角の青鬼(前編)1

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「ごめんくださいまし」
 と、若い女の声がした。
 湯島一丁目の〈お化け長屋〉である。
 覚えのある声であった。百夜は、梓弓あずさゆみの手入れの手を止めた。
 梓弓とは、つるを鳴らして霊を呼ぶ降霊の道具である。
「入って参れ」
 百夜は答えた。
 そろりと腰障子が開いて、桔梗が姿を現した。やまぶししょうぞくに狼の毛皮の袖無し。腰の後ろに山刀を差している。尼削ぎ(おかっぱ)の髪で、顔は陽に焼けて真っ黒だった。
「先日は、お世話になりました」
 桔梗はおずおずとした口調で言った。
 百夜はにやりと笑った。
「また、何かヘマをやらかしたか?」
「師匠には隠し事を出来ませんね」
 桔梗は真っ白な歯を見せて笑う。
「わたしに、いいところを見せようと張り切ったが、失敗した。そんなところだろう」
「ご明察でございます」
 桔梗は頭を掻く。
「そこでは話が遠い。まぁ、上がれ」
「それでは失礼いたします」
 桔梗は言って草鞋ぞうりを脱ぎ、手拭いで足の汚れを払った後、板敷きに上がった。
 その時、「百夜さん。いる?」と、脳天気な声がして障子が引き開けられ、左吉がに入ってきた。
 左吉と桔梗の眼が合った。
「なんでぇ。お前! 本当に弟子入りしちまったのかい!」
 左吉は顔色を青ざめさせた。
「これから正式にお願いするところだ」
「なんだとぉ!」左吉は桔梗の全身をめ付ける。
「見たところ、土産も持ってきていねぇじゃねぇか! イタコの弟子入りは、米を担いでくるって話だぜ。ねぇ、百夜さん」
 左吉は百夜を見る。
 百夜は薄く笑っただけだった。
「土産は持ってきた」
 桔梗は胸を張って言う。
「その土産はどこでぇ! 出してみなよ!」
「今から話すところだ」
「話ぃ? あっ、さては仕事を持ってきて土産の代わりって言うつもりだな?」
 左吉の言葉に百夜は笑った。
「こういうことに関しては、左吉にも隠し事はできぬようだな」
「へへっ。ざまぁみろってんだ」
 左吉は言って板敷きに上がり、桔梗を脇に押しやって長火鉢の前に座り込んだ。
「仕事を土産にして何が悪い。わたしはお前のように大店に飼われているわけではない。自分で稼いでその日の糧を得ているのだ。土産を買う余裕などない。だから、仕事を土産にしたのだ!」
「なにを! 大店に飼われてるってぇのは聞き捨てならねぇぞ!」
 左吉と桔梗は額をつき合わせるようにして歯をむき出した。

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「犬猿の仲」
 百夜はぼそっと言って、自分の言葉に笑い出した。
「犬猿の仲って……。百夜さん、こいつが山猿女だっていうのは分かりやすが、するってぇと、犬ってぇのはあっしで?」
 左吉が悲しげな顔をする。
「桔梗の申すように大店に飼われているではないか」百夜は笑いを噛み殺しながら言った。
「言い得て妙とはこのことだ」
「百夜さん……」
 左吉はへの字に曲げた唇を震わせた。
「まぁよい。桔梗。その仕事とやらを話してみよ」
「はい」桔梗は顔を引き締めて一礼し、語り始めた。
「深川に伝手つてがございまして、うらだなを紹介してもらいました」
「その格好で深川を歩いているのかい」左吉はせせら笑って茶々を入れた。
「そいつぁ、艶消しだ。深川の連中もさぞかし迷惑だろうぜ」
「どのような格好をしていようと、構わんではないか!」
「粋な黒塀の向こうっかわから、チントンシャンと聞こえてる所へ、山猿が歩いていちゃあ艶消しだろうって言ってるんだよ」
「左吉」百夜は鋭く言った。
「黙れ」
「へい……」
 左吉は首をすくめた。
 桔梗は舌を出した。

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