本との偶然の出会いをWEB上でも

【期間限定連載小説 第40回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第四章の弐 片角の青鬼(後編)

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
深川の藤屋に出た片角だけが長い青い鬼。桔梗の山刀を脛に受けたそれは、ゆらめいて消えた。蔵で見つかった掛け軸には、桃太郎に踏まれる青鬼の絵。鬼の正体はこれか?第四章の弐「片角の青鬼」後編。

百夜・百鬼夜行帖banner

katatunonoaooni_cover_01
「鬼が出るのでございます」。弟子入り志願の女修験者・桔梗が持ち込んだ事件が、盲目の美少女修法師・百夜を巨大な青鬼と対峙させる。九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第四章の弐は「片角の青鬼」。

 
 
 
 

第四章の弐 片角の青鬼(後編)3

aooni_illust_06_01

 藤屋は深川の永代寺門前町にあった。
 湯島一丁目からは一里(約四キロ)ほどである。
 百夜と桔梗、左吉は、陽が暮れる頃、藤屋に着いた。おうらい橋近くの大きな店であった。
 藤屋金兵衛は入り口で百夜たちを出迎えた。後ろに下男らしい老人が控えていた。
「家族も使用人も、目黒の寮でございますから、おもてなしもできませんが」
 金兵衛は恐縮したように言った。
「遊びに来たのではない」百夜は言った。
「ところで、金兵衛殿。先代は幾つで亡くなられた?」
「へぇ。九十五歳で大往生でございました」
「先々代は?」
「手前どもは長生きの血筋でございまして、先々代の久左衛門も確かそのくらいの年であったと」
「久左衛門殿が亡くなってから何年になる?」
「左様でございますね。五十年ほどでございましょうか。わたしがまだ幼い頃でございましたが、久左衛門のことはわずかに覚えております」
「するってぇと、久左衛門さんが生前使っていた持ち物が青鬼の正体ってことになりやすか。久左衛門さんが四十五しじゅうごくれぇの頃に買ったものだと、今年で百年」
 左吉が大きく肯きながら言った。
「久左衛門殿は道楽者であったか?」
「道楽者と申しますか、商売と道楽がうまく並び立っておりました」
「食い道楽ですかい?」
 左吉が訊く。
「それもございましたが、主に器でございますね。古いものを買い求めたり、窯元に揃いのものを作らせたり。お客様のおもてなしを考えてということが第一でございましたが、自分でもいい器を常日頃使っていたようでございます」
「器が青鬼になったと?」
 桔梗が訊いた。
「さてな」百夜は意味ありげに笑った。
「離れは生前、先代が使っていたものという話であったが、先々代も使っておったのか?」
「はい。七回忌が終わったらわたしが使おうと思っておりました」
「なるほど」百夜は肯いた。
「それから、金兵衛殿。用意してほしいものがあるのだが」
 百夜は金兵衛に耳打ちする。
「納戸のずっと奥でございますが──。はい。承知いたしました」
 金兵衛は腑に落ちない様子で首を傾げながらも、そう答えた。
 百夜たちは、すぐに座敷に通された。座敷にはまだ酒の匂いが微かに残っていた。
 一番奥の床の間には、件の桃太郎の軸が掛けられていた。
 百夜はまずその軸の前に立った。
 べにいとおどしの胴丸の上に、錦のじんおりを羽織った桃太郎が、右の角の欠けた青鬼を踏みつけている。青鬼はどうこくしているのであろう、牙のある口を大きく開けている。
 犬、猿、雉も胴丸鎧をつけ、赤鬼を追っている。
「なるほど──」
 百夜は呟くように言い、用意されていた座布団に座った。
「あいつが抜け出しているんでやすね」
 左吉も座布団に座った。
「左吉。気づかぬか?」
「何をでございます?」
「気づかぬのであれば、よい」
 百夜は意味ありげに笑う。
「おそらく、百夜様と同じ事が気にかかっております」桔梗が言った。
「そこの辻褄が合わず、御指南頂きたいと思っておりました」
「なんでぇ、二人とも! あっしだけのけ者でござんすか!」
 左吉は膨れてそっぽを向いた。
 しばらくすると、金兵衛みずから三つの膳を運んできた。
 たちまち左吉の機嫌は直った。
「料理屋でございますのに、手前どもの料理を出せないのが情けのうございますが」
 と、金兵衛は三人の前に膳を据える。
 料理は仕出し屋から取り寄せたものであった。利休卵りきゅうたまごや、軍鶏しゃもの照り焼き、みそ漬け豆腐、野菜の煮付けなどが並んでいる。
「百夜さん。さっき耳打ちしたのはこのご馳走を頼んだんですかい?」
 左吉は嬉しそうに言った。
「まさか」
 と、言って百夜は金兵衛に顔を向けた。
「ああ、頼まれたものは、すぐにご用意いたします」金兵衛は慌てて言った。
「お酒はいくらでもございますから、お申しつけくださいまし」
「気は使わずともよい。久左衛門殿が使っていた長火鉢を用意したら、母屋の方へ下がっておれ」
 百夜は言った。
「長火鉢?」
 左吉と桔梗は怪訝な顔をした。
「ただ今すぐに」
 金兵衛は奥へ引っ込むと、少し間をおいて下男の老人と共に長火鉢を持って座敷に戻ってきた。
「どこへ置きましょう?」
 金兵衛が訊く。
「ここへ」
 百夜は膳を脇によけて、自分の膝の前を指さした。
 金兵衛と下男は「よっこらしょ」と、百夜の前に長火鉢を据える。

aooni_illust_07_01

「それでは、よろしくお願いいたします」
 金兵衛はそう言うと、下男を連れてそそくさと庭に下りて急ぎ足で母屋へ向かった。
「桔梗。お前、わたしについて有ること無いこと吹き込んだのであろう」
 百夜は眉間に皺を寄せて言った。
「滅相もございません。この世に二人と御座おわさぬ法力の持ち主であると申しただけで」
「余計なことを。そういうことを申すから、このような膳が出てくる。これほどたくさんは食えん」
「後から折りをもらいやしょうや。なんならあっしが百夜さんの分も頂いてもようござんすよ」
 左吉は早速、料理を食いながら手酌で酒を飲み始めた。
「お前に食われるくらいなら、長屋の者への土産としよう」百夜は左吉に顔を向ける。
「左吉。飲み食いの前に仕事だ」
「へい。何をすればよろしゅうございましょう?」
 左吉は急いで杯を干す。
「鴨居の下にうずくまれ」
「へ? 鴨居の下に?」
 左吉は言われたように鴨居の下に四つんいになった。
 百夜は左吉の背に足を乗せた。
「も、百夜さん。何をなさるんで?」
 左吉は苦しそうな声を上げる。
 百夜は、左吉を踏み台にして、見えぬ目を鴨居に近づける。
 青鬼の角がつけた傷があった。
 青緑色のものが付着している。
「確かに緑青だ」
「桔梗が緑青だって言ってるんだから、あっしを踏み台にしてまで調べるとこはないじゃないですか。百夜さん、意外に目方があるんで背中が苦しゅうござんす」
 左吉が言う。
 百夜は飛び下りて、左吉の尻を平手で思い切り叩いた。
「さて、桔梗」百夜は座布団に戻って言った。
「軸の絵の何に気づいた?」
「はい。わたしが見た鬼の角は右側。しかし、軸の絵の鬼はその右の角が折れておりました」
「え?」左吉は言って軸の前に這い寄った。
「ああっ。ほんとだ! 右の角が欠けていやがる。百夜さん、これはどういうことでござんすか?」
「桔梗の読み違えということだ」
 百夜は静かに言った。
「面目ございません。またしても、早とちりでございました。緑青を見て、絵具であろうと読みをひねったのが失敗でございました」
 桔梗は言って唇を噛む。
「亡魂の思いを読むのは難しい。たいていの手掛かりは、判じ物の迷路の道標だが、時に真っ直ぐな道を示していることもある。今度の場合は、鴨居の傷を確かめるべきであった。あれは、硬いモノでできた傷。鬼の正体は、体から緑青を吹いているモノ。体は錆びた銅」
「体が錆びた銅?」左吉は首を傾げる。
「その長火鉢と何かかかわりがあるんで?」
「青鬼、片方だけの角──」桔梗が呟くように言った。
「器の道楽、削れた鴨居、錆びた銅」
「まだある。飛び散る飛沫。お前が青鬼の向こう脛を山刀で打った時、青鬼は泣いていたか?」
「いえ。泣いてはおりませんでした」
「青鬼が暴れなければ飛沫は飛ばない。そして、座敷に漂う酒の匂いだ」
「あっ!」桔梗は大きく目を見開いた。
「だから長火鉢ですか」
「話が見えやせんよぉ」
 左吉が情けない声を上げたその時。
 咆吼が空気を震わせた。
 左吉が「ひえっ!」と叫び、ひっくり返る。
 庭先にゆらゆらと青鬼が現れる。
 青鬼は座敷に向かって歩いてくる。
 桔梗は背の山刀の柄を握る。
 百夜は、脇に置いた仕込み杖に手を伸ばすこともなく、長火鉢の後ろに静かに座ったままである。
 左吉は、這うようにして百夜の後ろに隠れる。
 青鬼は縁側に足を乗せる。
「ここへ参れ」
 百夜は言って手招きをした。
 青鬼は動きを止め、小さく唸った。
「ここへ参れ。お前の場所だ」
 百夜は長火鉢を指さした。
 青鬼はゆっくりと縁側に上がり、座敷に足を踏み入れた。
 角が、がりっと鴨居を擦った。
 青鬼は長火鉢を挟んで百夜と向かい合い、座った。
 青鬼の背丈が縮んだ。
 するすると小さくなって行ったかと思うと、煙のようになって長火鉢の中に飛び込んだ。
 桔梗は素早く長火鉢に駆け寄る。
 青鬼の姿はどこにも無かった。
「なるほど。ご明察でございます」
 桔梗は言った。
「まるで話が見えませんぜ」
 左吉は長火鉢に這い寄り、百夜と桔梗を見た。
「ならば、金兵衛殿を呼んで参れ」
 百夜は左吉を追い払うように手を振った。
「へい──」
 左吉はよろよろと立ち上がり、ぎくしゃくした動きで母屋へ向かった。

記事一覧
△ 【期間限定連載小説 第40回】平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』第四章の弐 片角の青鬼(後編) | P+D MAGAZINE TOPへ