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盗賊が金のついでに盗んだ面は、頭目の顔に張りついて……平谷美樹の連続怪奇時代小説『百夜・百鬼夜行帖』第五章の弐 肉づきの面 前編【期間限定無料公開 第49回】

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「九十九神曼荼羅シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇時代小説が、この「百夜・百鬼夜行帖」です。
日本橋の紙問屋栄屋に盗賊が入った。金だけでは飽き足らず、骨董品まで狙った盗賊は古い面に目を付ける。痩せ男の能面。しかしそれをつけた頭目は突如苦しみ始め……第五章の弐「肉づきの面」前編。

百夜5-2 肉づきの面バナー

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盗賊の頭が奪った「痩せ男」の面が顔から離れない。祈祷を頼まれた百夜を獣の目で狙う盗賊たち。盲目の美少女修法師・百夜が活躍する九十九神曼荼羅シリーズ内時代劇シリーズ「百夜・百鬼夜行帖」第五章の弐は「肉づきの面」。

 
 
 
 

第五章の弐 肉づきの面(前編)1

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 五月雨がしとしとと降る日の午後である。
 左吉が湯島一丁目の〈おばけ長屋〉の木戸をくぐった時、番傘を差した侍が飛び出して来てぶつかりそうになった。
「気をつけろ!」
 侍はぬかるんだ道に撥ねを上げながら走り去る。
「それはこっちのセリフだい。このスットコドッコイ!」
 左吉はそう返したが、言葉の後半は元気なく萎んだ。
 侍が黒紋付きに黄八丈を着ていたからである。腰の十手は羽織に隠れていたが、絵に描いたような八丁堀同心の風体だったからである。
 左吉は、同心風の男が木戸を出て右に曲がるのを見送ってから、急いで百夜の部屋へ走った。
「百夜さん! 長屋で何かあったんですかい?」
 左吉は腰障子を引き開けるなり言った。
 長火鉢の向こうの百夜は眉間に皺を寄せた。
「騒々しいぞ、左吉」
「誰がひっ掴まったんです? 日雇いの勘助──。いや、助三のほうかな? それとも紙屑拾いの捨松でござんすか? あいつら、いずれ何かやらかすんじゃねぇかって思ってたんでござんすよ」
 左吉は板敷きに腰をかけながらまくし立てた。
「誰も掴まってはおらぬ」百夜は不愉快そうに言った。
「あれは、知り合いの神尾文吾という南町の同心だ」
「へ? 同心にお知り合いが?」
「以前、裏のゴミソのてつと組んで仕事をした時に知り合った。鐵次の所に寄ったついでに、こっちにも顔を出したのだ」
「なんだ。ご機嫌うかがいですかい」
 左吉はがっかりしたように言った。
「八丁堀がほうにご機嫌などうかがうか。仕事できたのだ」
「八丁堀が、お払いを頼みに来たんで?」
「日本橋栄町の紙問屋に、最近御府内を騒がしている相模の権兵衛という盗賊が入ったのだそうだ」
「相模の権兵衛っていやぁ、入った御店の主人の家族や使用人を皆殺しにすることも厭わないきょうぞくじゃないですか!」
「そのようだな」
「ですが──」左吉は怪訝な顔をする。
「なんで八丁堀が捕り物の話を百夜さんに? 手柄を自慢しに来たとか? そうやって、百夜さんの気を引こうって魂胆ですかい?」
「馬鹿。仕事だと言ったろう」
「そこが分からねぇ」左吉は腕組みをして首を傾げた。
「八丁堀が百夜さんに何の仕事を頼みに来たんです? それが押し込みとどういう関係があるんで?」
「仕事と言っても、本当に仕事になるかどうか分からん」百夜は不機嫌な口調で言う。
「その大店の蔵から厄介なモノが盗まれたというのだ。そういうモノの払い清めを依頼されたらば、また、そういうモノを祓った修法師がいると聞いたならば、すぐに届けるようにとのことだった。盗賊がそれのき物を祓った上で、売りさばくかもしれぬ──。そういう読みだったようだ」
「ああ、なるほど。何かが憑いた品物が盗まれたんでござんすか。で、厄介なモノってなんです?」
「肉づきの面だ」
「肉づきの面──」左吉は鸚鵡おうむがえしに言った。
「浄瑠璃とか歌舞伎になってる、被ったら外れなくなるってぇ面ですかい?」
「越前吉崎観音に伝わるれいげんたんとして有名だが、あちこちに似たような話がある。たいてい、姑が嫁を虐める話が発端だ。般若の面を被って嫁を脅かしたはいいが、面が顔の肉にくっついて取れない。あちこちの寺を回り、仏の許しを得て面が外れる──。だから姑は嫁を虐めてはならないという教訓で締めくくられる」
「なんだ。昔話のたぐいじゃないですか。本物なんですか? その肉づきの面は」
「さぁな」百夜は肩をすくめる。
「神尾はちゃんと子細を語らずにすっとんで行ったから、今からそれを確かめに行こうと思っている。来るか?」
「行きますとも!」
 左吉は立ち上がった。
「お前、何か用事じゃなかったのか?」
 百夜は怪訝そうに訊いた。
「こっちは後回しでいいんですよ。なにしろ、あっしが持ち込んだ話じゃなく、百夜さんの所に転がり込んだ仕事でござんす」
「それがどうした?」
「今回の話がつくがみに関わる仕事なら、こりゃあ、百夜さんの所に付喪神がらみの話ばっかり来るのは、あっしのせいじゃないって証じゃござんせんか」
 左吉はニヤニヤ笑う。
 百夜は左吉が付喪神がらみの話を持ち込んで来るたびに、人の亡魂を扱う仕事がしたいとぼやく。
 そして、左吉が付喪神に好かれているからだと非難するのである。
 左吉は、百夜の方こそ付喪神に好かれているのだと思っている。それをいつも自分のせいにされるのが面白くなかった。
 これは、千載一遇の好機であった。
「ねぇ、そうでやしょう? 百夜さん」
 左吉は顔を突き出して訊く。
 百夜はその問いに答えず、乱暴に立ち上がる。
「行くぞ」
 仕込み杖を持ってに降りた。

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