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弦が一本切れた三味線。化け猫と化したそれは、二本の爪で女を襲う……平谷美樹の連続怪奇時代小説『百夜・百鬼夜行帖』第六章の弐 ちゃんちゃんこを着た猫 後編【期間限定無料公開 第62回】

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「夢幻∞シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇小説が「百夜・百鬼夜行帖」。
桔梗は、化け猫に傷つけられた襖から、その正体が弦の切れた三味線と見抜く。しかし付喪神となった理由を量るのは手に余った。謎を解くため百夜が出張る…第六章の弐「ちゃんちゃんこを着た猫」後編。

百夜夢bannerちゃんちゃんこを着た猫

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侠客の親分・傳通院の助次郎の愛人、深川芸者の梅太郎が化け猫に襲われた。弟子の女修験者・桔梗と共に事件に挑む盲目の美少女修法師・百夜。
大人気時代劇シリーズがパワーアップして帰ってきた。

 
 
 
 

第六章の弐 ちゃんちゃんこを着た猫(後編)3

 桔梗の話を聞き終えると、百夜は肯いた。
「なるほど」
「この件、引き受けていただけましょうか?」
 桔梗は訊く。
 湯島一丁目の〈おばけ長屋〉。百夜の家である。狭い板敷きには百夜と桔梗、そしてご機嫌うかがいに来ていた左吉が座っていた。
「そこまで分かっているのに、祓えねぇのかい?」
 左吉はからかうように言った。
「魔物の調ちようぶくならば、百夜様に並び立つほどの力は持っていると自負している。しかし、付喪神の扱いは百夜様にはかなわない。付喪神は力ずくで調伏するものではない」
「お前はがさつだからな」
 左吉は笑う。桔梗は左吉を睨んだ。
「桔梗」百夜が言った。
「今夜、その梅太郎という者の所へ参ろう。お前は先に行って、そのことを告げておけ」
「ありがとうございます」桔梗は深々と頭を下げた。
「梅太郎殿の家は深川大島町のちょっと入り組んだ場所にございますから、夕刻に永代橋までお迎えにあがります」
「そうしてくれ。七ツ半(午後五時頃)としようか」
「承知いたしました」
 桔梗は一礼して立ち上がり、百夜の家を出た。
「百夜さん」左吉が言う。
「桔梗の言うとおり、付喪神なんでござんすか?」
「おそらくはな」
 言いながら、百夜は仕込み杖を取り、土間に降りた。
 左吉は長火鉢の炭火に灰をかけて、後に続く。
 百夜は外に出ると裏手に回って、
逆髪さかがみ刹鬼せっき亡魂ぼうこんさわり 憑物祓つきものはらい 失せ物探し よろず相談申し受け候 ゴミソの鐵次〉
 と書かれた腰障子の前に立った。
「鐵次」
 と、中に声をかける。

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「おう。開いてるからへぇって来な」
 と、声がした。
 障子を開けると、大柄な男が手焙を抱え込むようにして、太いづな煙管きせるを吹かしながら黄表紙を読んでいた。
 ゴミソの鐵次。百夜と同じ修法師である。
「火付け器を貸せ」
 百夜は言った。
 火付け器とは、現代のオイルライターと同じような仕組みで火口に火をつける道具である。いなり寿司のような大きさと形をしたそれの中に、バネと火打ち石と火打ち金、火口を組み合わせた構造が組み込んである。
 湾曲した腕のついた火縄の蓋を開け、それを引くと引き金と撃鉄の仕組みで火打ち石が火打ち金の上に落ちる。火花が飛んで火口に火が移る。
 鐵次がさる大店で憑き物祓いの仕事をしたとき、祈祷料とともに貰ったものだった。
 この当時の日本では、火を熾すには火打石と火打金、火口などが必要だった。家庭ではそれらを火打箱という木箱の中に入れておき、外出用には小さく作った道具類を火打袋と呼ばれる物に入れて持ち歩いた。
 火付け器はとても便利な道具であったが、開発されて間もなく、また、とても高価な物だったので、庶民の手の届く品ではなかった。
「火付け器をどうする?」
 鐵次は胡散臭げな顔をして百夜を見た。
「暗闇の中ですぐに火をつけたい」
「仕事か?」
「仕事以外の何に使う」
 百夜の言葉に「かわいげのない奴だぜ」と言いながら、鐵次は後ろの物入れの中から火付け器を取りだして百夜に放った。
 百夜は飛んでくる火付け器を顔の前でぱしりと受け止めた。
「貸し賃は初穂料の一割」
「お前には数々の貸しがある。それを請求してもよいのならば、初穂料の一割を支払おう」
 百夜が言うと、鐵次は舌打ちをした。
「持って行きな。ただし、壊すなよ」
「綺麗に磨き上げて返してやる」
 百夜は言って腰障子を閉めた。
 脇に隠れるように立っていた左吉は、
「お二人のやりとりを聞いていると、いつもヒヤヒヤいたしやす」
 と、言った。
「左吉ぃ!」
 腰障子の向こうから鐵次の声がした。
「へ、へい!」
 左吉は返事をする。
「百夜の所ばかりではなく、たまにはこっちにも挨拶に来い。美味い酒を持ってな!」
「へい! 次には必ず!」
 言いながら、左吉は百夜の袖を引っ張って木戸へ走った。

    ※          ※

 昌平坂に出て、ほっと一息つき、左吉は百夜に訊いた。
「ところで、夕刻まではまだだいぶ時がありやすが、どこかへ寄るんで?」
「傳通院の助次郎の所へ行く」
「え? 親分の所へ?」
「そうだ。桔梗は助次郎は関係ないと判断したようだが、この件にはあの男が大きく関係している」
「へぇ。桔梗の読み違えでござんすか」
 左吉はにやにや笑った。
「桔梗はいい所まで辿った」
「読み違いは読み違いでござんしょう」
 左吉は嬉しそうに言う。
「人の至らぬ所を嗤う者は、いずれ同様に嗤われることになるぞ。たとえば、お前が二度としないと約束していた博打に手を出したことを、桔梗が知ったらどうなるであろうな」
 百夜は意地悪に笑う。
「あっ。そいつは、ご勘弁を!」
「ならば、お前も得意そうに桔梗の読み違いを揶揄するな」
「へい……」
 百夜と左吉は神田川沿いの道を西へ向かった。小石川の傳通院まで半里(約二キロ)余りである。
 助次郎の家は傳通院の表門の側の小石川金杉水道町にあった。表向きの商売は口入屋くちいれや──、奉公先を仲介する仕事である。
 店に入ると、なん人か人相の悪い男もいたが、ほとんどがきちんとした身なりの奉公人ばかりであった。
「助次郎はいるか?」
 土間に立って百夜が言うと、人相の悪い男たちがじろりと睨みつけた。
 番頭らしい中年の男が慌てて出てきて、
「あの──。主にどのようなご用件でございましょう?」
 と、訪ねた。
「百夜が来たと言えば分かる」
「なんだ、お前ぇは?」
 人相の悪い男たちが百夜と左吉を囲む。
 奉公先の仲介を頼みに来た客たちは、こそこそと外に出ていった。
「番頭殿。店に出す者には、きちんと躾をしておかなければならんぞ」
 百夜は口元に笑みを浮かべながら言う。
「なんだと? 馬鹿にしやがると、小娘だからって、容赦はしねぇぜ!」 
 百夜たちを囲んだ男たちの一人が、腕を捲って刺青を見せる。
「盲目の者を相手に小汚い刺青をちらつかせるなど、本物の馬鹿であったか」
「この野郎!」
 刺青の男は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「野郎ではない。見て分からぬか?」
 百夜が言うと、刺青の男は彼女の襟をむんずと掴んだ。
 その手首を百夜が軽く押さえる。
「痛ぇっ!」
 刺青の男は手首を中心に一回転して土間に叩きつけられた。

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「この野郎!」
 残りの男たちが百夜に掴みかかろうとした。左吉は悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
「百夜さん。それくらいにしてくださいやし」
 と、声が聞こえ、奥から不動の清五郎が苦笑しながら現れた。
「兄さん方」清五郎は百夜と左吉を囲む男たちを見ながら言った。
「そのお方は、兄さんたちの手に余りやすぜ」
「こんな小娘ごとき──」
 一人が百夜に拳を振り上げる。
 百夜はすっと体を入れ換えつつ、男の拳に手を触れる。
 男の体は大きく弧を描き、土間に転がった。
「清五郎の言う通りだ」百夜は言った。
「わたしはお前たちの手に余る」
 百夜がそう言ったとき、奥からどうごえが響いた。
「何をガタガタやってやがるんでぇ!」
 助次郎であった。
 男たちは慌てて百夜から離れ、整列して頭を下げた。
 百夜を見た助次郎の相好が崩れる。
「なんだ百夜ちゃんじゃねぇか」
「〝ちゃん〟はやめよ」
 百夜はむっとした顔で言った。
「手前ぇら。このお方は、手前ぇらが束になってかかっても敵う相手じゃねぇ。引っ込んでな」
 助次郎の言葉に、男たちは「へい」と答えて、不満そうな顔で通り土間の奥へ入っていった。
「それで百夜ちゃん。今日はなんの用でぇ?」
「深川大島町の梅──」
 百夜がそこまで言った時、助次郎の顔色が変わり、
「おおぅ! ちょっと、ちょっと待ってくんな!」
 と、言って土間へ下りてきた。
 百夜と左吉を押して、外に出る。
「なんだ。妾の話は家の者は知らぬのか」
 百夜が言うと、助次郎は口元に人差し指を立て「しっ!」と言った。
「女房にも舎弟にも、まだ話してねぇんだよ」
「なぜだ? 妾を持つのは男の甲斐性ではないのか?」
「そこは、それ、色々あるのさ」
 助次郎は引きつった笑いを浮かべた。
「そうか。お前は女房の尻にしかれているのか」
「なんとでも言いやがれ」助次郎は舌打ちした。
「それで、梅太郎がどうかしたのか?」
「猫の化け物のことでござんすよ」
 左吉が言う。
「梅太郎の奴『あんたがいなくなったら化け猫が出なくなった。だから、もうしばらく家には近寄るな』なんてつれない手紙をよこしてさぁ」助次郎は寂しげに言う。
「なぁ、百夜ちゃん。やっぱり真榮寺で賭場を開いたんで、おれは祟られているのかい?」
「お前がいなくても出るようになった。それで梅太郎は足を挫いた」
「え? 梅太郎が怪我をしたのかい! それは大変てえへんだ!」
「怪我はたいしたことはない」
「しかし、どういうこったい? おれがいなくても化け猫が出たのかい? するってぇと、おれは関係なかったってことかい?」
「いや。関係は大ありだ」
 百夜がそう言った時、店から清五郎が出てきた。
「清五郎。もうちょっとあっちへ行ってな」
 助次郎は清五郎を振り返りながら言った。
「おかみさんが『親分がどっかへ出かけるようなら、清五郎、あんたがお供をしてしっかりと見張っておいで』と、仰るんで」 
「そいつは、どうも、勘づいてやがるな」
 助次郎は腕組みをした。
「勘づいていないと思っているのは親分ばかりでござんすよ」
 清五郎は呆れた顔をした。
「え? そうなのかい?」
 助次郎は驚いて清五郎を見た。
「そんなことはどうでもいい」百夜はうんざりした顔で言う。
「今夜、決着をつけるつもりだ。一緒に来るか? 来ないか?」
「行く、行く。行くよ。清五郎。ついて来きな」
 助次郎は急ぎ足で歩き始めた。
「へい」
 清五郎はその後に続いた。
 百夜、左吉は少し後ろをのんびりと歩いた。
 前を歩いていた助次郎が振り向き、小走りに百夜と左吉に近づいた。
「百夜ちゃん。なにやってるんだい。早く行こう。梅太郎が心配だ」
「暗くなるまでは大丈夫だ」
「だってよぉ……」
「情けない声を出すな。侠客の名が泣くぞ」
「いったい何が起こってるんだ?」
 助次郎は百夜の横を歩きながら訊いた。
「お前は三味線を弾くか?」
 百夜は助次郎の問いに答えずに訊いた。
「三味線? おお。手慰み程度だがな」
「梅太郎の家でも弾いたか?」
「ああ。稽古用の古いやつを借りて」
「弦を切ったであろう?」
「ああ。一本切っちまって、直すのも面倒だから弾かなくなった──。三味線は猫の皮を張る──。あっ。三味線が祟ってやがるのか!」
「祟っているのならば、お前の所に出る」
「あ、そうか。なら、なんなんだい?」
「襲いかかる猫。そして、梅太郎の頬にできたという二筋の傷。襖の二筋の傷。いずれも、三味線──、二本弦になってしまった三味線を意味している」
「さっぱり分からねぇ」
 助次郎は首を振った。
「まぁ、今夜になれば分かる」

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