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無宿人・清五郎が、かつて勘当され、去った故郷の村に異変が!……平谷美樹の連続怪奇時代小説『百夜・百鬼夜行帖』第六章の四 四神の嘆き 前編【期間限定無料公開 第65回】

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「夢幻∞シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇小説が「百夜・百鬼夜行帖」。
無宿人・不動の清五郎が、かつて勘当され、去った故郷の村。危険を承知で、母の墓参りに村へ戻った清五郎が見たのは、稲光りに浮き上がる、巨大な龍の姿だった。…第六章の四「四神の嘆き」前編。

百夜夢banner 第65回

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白い虎、黒い大亀、空を覆う赤い鳥。そして雷雨とともに出現した青龍。故郷の村を襲う怪異に出会った博徒・清五郎は百夜に助けを求めた。盲目の美少女修法師・百夜が活躍する大人気時代劇シリーズ。

 
 
 
 

第六章の四 四神の嘆き(前編)1

 夕暮れ時である。ひぐらしの声があちこちの森から響いていた。
 街道からはずれた細道を、不動の清五郎は歩いていた。菅笠を目深に被り、顔が見えないようにしている。手には近くの町で買ってきた酒の大徳利をぶら下げていた。
 そろそろ故郷の村が近かった。
 勘当されて出た村である。帰ってもいい顔はされない。
 だから清五郎は暗くなり、道に人通りが絶えてから村に入ろうと考えていた。村はずれに友だちの家がある。竹造という男であった。両親はすでに亡く、女房子供と暮らしている。
 竹造ならば、こっそりと泊めてくれる。
 今夜はそこに泊まり、明日の朝まだ薄暗いうちに母の墓に線香を手向け、江戸に戻ろうと思っていた。
 陽が西の山に隠れ、荒々しい形の雲が燃え上がるような茜に染まった。
 涼しい風が吹き始める。
 真っ直ぐな穂を出したススキが揺れていた。
 景色が藍色に染まって行く中、緩い坂を登り、清五郎はいわくら村の境界で立ち止まった。
 どうじんの側から村を見下ろす。
 数十軒の茅葺き屋根が田畑の中に点在していた。屋根の煙出しから白い煙が立ち上がっている。薪を焚くにおいが、清五郎のいる丘の上まで漂ってきた。
 村の向こうの山の中腹に、傾いた鳥居が見えた。以前は神主のいる立派な神社だったが、清五郎がまだ村を出る前に盗賊が入り、一家は斬殺され、以後荒れ放題になっている。
 村の名前ともなっている磐座を祀った神社であり、大きな神社の末社というわけでもなかったから、後を継ぐ者もないまま、未だにほったらかしになっている。
 新しくかんじようされた稲荷社がその山の麓にあった。小さな祠だったが、村の祭事はそこで行われた。神主の代役は名主が行っている。
 その祠のそばに自分の家も見えたが、清五郎は顔を背けて視線を外した。
 一日の仕事を終えて家路を辿る者たちの姿が薄闇の中に見えた。
 清五郎はしばらく丘の上に佇み、道に人影が無くなるのを待って、坂を下りた。
 道がなだらかになる辺りに、一軒の家があった。小さな母屋と、馬小屋に納屋。庭先に柿の木が立っている。
 障子から明かりが漏れていた。
「竹造いるかい? 清五郎だ」
 と、声をかけるとすぐにこししようが開いた。
 真っ黒い顔の男が相好を崩し、
「清五郎!」
 と、言って清五郎を家の中に引き入れた。
 板敷きには竹造の女房のはつと、今年五歳になる息子の太吉と三歳の娘ふゆがいた。
 はつは口元に笑みを浮かべて会釈した。清五郎とも幼なじみであった。
「すまないな。一晩泊めてくれないか」
 清五郎は土間に立ち、大徳利を竹造に渡す。
 竹造は「すまねぇ」と言いながら徳利を受け取った。
「一晩でも二晩でも──、と、言いてぇところだが、村の者たちの目もあるからな」
 竹造はすまなそうに言った。
「一晩でいいんだ。明け方に出ていく」
「おっ母さんの墓参りか?」
「ああ。夢見が悪くてね」
 清五郎は菅笠を取りながら言った。
 はつが持ってきたたらいの水で足を洗い、清五郎は板敷きに上がった。
「飯はまだだろう?」竹造は訊いた。
「といっても、ウチでは雑炊くれぇしか出せねぇが」
「ありがてぇ」
 言って清五郎は懐から小さい紙の包みを出して竹造に渡した。中には一分金が数枚入っていた。
 重さでそれを察した竹造は、
「こんなにもらえねぇよ」
 と、清五郎に返そうとした。
「多い分は、花代だ。おれの代わりにおっ母ぁの墓に花を手向けてくれ」
「それじゃあ、ありがたく」
 竹造は包みを押し戴いて脇に置いた。
 太吉とふゆは、おとなしく炉端に座ってそんなやり取りを珍しそうに眺めていた。
 はつが茶碗二つと干した大根の漬け物を盆に乗せて現れた。
「清五郎がこれを」
 竹造は言ってはつに金の包みを渡す。
 はつは「まぁ」と言ってそれを大事そうに受け取り、神棚に置いた。
「後から清五郎に雑炊を出してくれ」
 竹造は言った。
 はつは肯いて、太吉とふゆを連れ、板戸の奥に入った。
「まずは一杯」
 竹造は徳利の栓を抜き、茶碗になみなみと酒を注いだ。
 二人は茶碗を掲げる。
「よく帰って来たな。清五郎」
「心配かけて済まねぇ」
 言って、酒を啜った。
「ああ、美味ぇ。清酒なんて久しぶりに飲むぜ」
 竹造は言って、二口目で茶碗を干した。
 清五郎は微笑しながら酌をする。
「しかし、真っ暗になる前に着いてよかったぜ」
 竹造は言った。
「盗賊か追い剥ぎでも出るのかい?」
 清五郎は神社のことを思い出しながら訊いた。
「追い剥ぎならまだいいや」
 竹造は首を振る。
「化け物でも出るか?」
 清五郎が訊くと、竹造は肯いた。
「最初は虎だった」
「虎?」
 清五郎は眉根を寄せる。
「白い虎だ。春の終わり頃、西の山できこりが見かけて大騒ぎになった。みんなで山狩りをしたが、虎は見つからなかった」
「何かを見間違えたんじゃねぇのか?」
「その後、村の者なん人かも、西の山の木の間を走る白い虎を見ている──。で、次が北の溜め池で、村の者がでかくて真っ黒い亀を見た」
「亀なら実害はなさそうだが」
「甲羅が差し渡し二間(約三・六メートル)もある大亀だぜ。みんなで駆けつけたが、姿はなかった。ただ、池の周りにでかい足跡があった。水を抜いて調べようかという話にもなったが、田圃に入れる大切な水だ。もし、秋以降にも出るようだったらやってみようということになった。以後、なん人か池から突き出している亀の首を見ている。大人の体くれぇある首だったそうだ」
 そこまで訊いて、清五郎はぴんときた。
「次は赤い鳥か、青い龍だろう?」
「なんで分かった?」竹造は驚いた顔をした。
「赤い、でっかい鳥だ。寺の天井画にあるほうおうみてぇな姿をしていたそうだ」
「南の空に出たか?」
「お前、何か知っているのか?」竹造は気味悪そうに清五郎を見る。
「確かに南の空だった」
「ならば、次は東に青い龍が出る」
「龍!」
「白い虎、真っ黒い亀、赤い鳥──。じんの中の三つだ」
「シジン?」
「東西南北の方向を守る神さまだよ。北は玄武といって黒い亀。南は朱雀。西は白虎。そして東が青龍だ。そういうものが出るってことは吉兆だぜ」
「吉兆ねぇ。村には何もいいことは起こってねぇよ。米の出来はまずまずになりそうだがな」
 竹造がそう言った時、雨が降り出した音がした。
 遠くから雷の音もする。
「降りだしたか──」
 竹造は言って漬け物をばりばりと噛む。
「雷が鳴っているから通り雨だな」
 清五郎は言った。
 それからしばらく、清五郎と竹造は、離れていた年月の間に、それぞれの身の上にあった出来事を話した。
 雨は激しくなり、雷の音はしだいに近づいて来る。
 入り口の腰障子が稲光に青く照らされた。
 その中に奇妙な影を見て、清五郎は眉をひそめた。
 断続的に青く光る障子の、ちょうど上半分が暗い。何かの影が落ちているのだ。
 最初は茅葺き屋根の影かと思った。
 しかし、うねうねと動いている。
 清五郎は立ち上がって土間に降り、入り口の腰障子を開けた。
 清五郎は息を飲んだ。
 竹造は「あっ!」と、声を上げた。
 家の屋根をかすめるように、巨大なモノが空中をゆっくりと移動している。
 巨大な蛇のように見えた。
 大きな鱗と蛇腹。
 空を切り裂く稲妻に照らされたそれは、艶やかに光る。
 激しい雷鳴。豪雨の音。
 緩やかにうねりながら移動するそれの後ろには、かぎ爪のある足があった。
「青龍だ……」
 清五郎は呟き、外に出た。
 雨粒が激しく清五郎の体を打つ。
 巨大な龍は竹造の家を通り過ぎると、空に向かって頭を上げた。
 たくさんの棘と角、そして長い髭の影が、稲妻に青白く光る空に、はっきりとした影となって見えた。
 龍は体を大きくくねらせると、速度を上げて天空へ上り、雲の中に消えた。

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