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無宿人・清五郎の故郷に現れた青龍、朱雀、白虎、玄武。その正体は……平谷美樹の連続怪奇時代小説『百夜・百鬼夜行帖』第六章の四 四神の嘆き 後編【期間限定無料公開 第66回】

モノが魂を持って動き出す!怒り狂う怪物、奇跡を起こす妖精。時を超え、姿を変えて現れる不思議の数かずを描く小説群「夢幻∞シリーズ」。そのうち江戸時代を舞台とした怪奇小説が「百夜・百鬼夜行帖」。
無宿人・清五郎の故郷の村に、青龍、朱雀、白虎、玄武の四神が現れた。本物の神の眷族か、それとも怒れる何かが変化したか、百夜は四神の謎に挑むべく上州へ走る…第六章の四「四神の嘆き」後編。

百夜夢banner 第65回

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白い虎、黒い大亀、空を覆う赤い鳥。そして雷雨とともに出現した青龍。故郷の村を襲う怪異に出会った博徒・清五郎は百夜に助けを求めた。盲目の美少女修法師・百夜が活躍する大人気時代劇シリーズ。

 
 
 
 

第六章の四 四神の嘆き(後編)3

「行くったって、百夜さん」
 左吉は外に出て百夜を追いながら言った。手には旅用の小田原提灯を提げている。
 十六夜いざよいであったが、月はむらぐもに隠れていた。雲の端が月光に輝いている。
「どこへ行くんでござんす?」
「神さまのいる所だ」
 百夜は答える。
「磐座神社でござんすか?」
 清五郎が訊いた。
「そうだ。清五郎、お前はこの村で朝起きたら米や塩をばらまかれていた家があったと申したな」
「へい」
「米や塩はその場を清めるものだ。悪いモノがしでかしたのであれば、塩は溶け、米は真っ黒に色変わりする」
「そういう話ではございませんでした」
「ならば、それをしでかしたのは、神か神のけんぞく──。あるいはそれに関わるモノだ。しっかりと訴えを聞いて、対処すれば怪異は収まる。本来ならば、神主の仕事だが磐座神社には神主はいない。勧請した稲荷は、名主がにわか神主を勤めている。誰も聞いてくれる者がいないので、暴れているのだ」
「なるほど。そういうことでござんすか」
 左吉は肯いた。
 百夜たち三人は村の中心を貫く道を進み、稲荷の祠を過ぎて、古い鳥居の前に立った。
 雲が切れて月光が神社の山を照らした。
 正面には石段が続いている。石の隙間から雑草が生えていた。
 石段の左右は鬱蒼とした森である。小高い山の頂き近くに斜めになった二之鳥居が見えた。
 百夜は石段に足を踏み出す。
 その時、低い唸り声が聞こえた。
「百夜さん!」
 左吉が悲鳴を上げた。
 石段を、巨大な白虎が下りて来た。
 目がき火のように赤く光っている。
「そういうことか……」
 百夜はがっかりしたように言った。
 白虎は一度大きく吼えると、百夜に飛びかかった。
 百夜は腰を落とし、仕込み杖を構えた。
 真上から落下してくる白虎。
 百夜は仕込みを抜く。
 刃が白虎を切り裂いた。
 真っ二つになった白虎はすっと消えた。
 激しい羽ばたき。
 月の光を遮り、巨鳥が舞い降りる。
 百夜は跳び上がる。
 大きく翼を羽ばたかせる巨鳥と衝突したかと思った瞬間、百夜の仕込みが閃いた。
 巨鳥は無数の光の粒になって消えた。
 着地した百夜の耳に、地鳴りのような音が聞こえた。
 音の方向に顔を向ける。
 石段を、巨大な黒いモノが転がって来る。
 黒い亀である。手足、首、尻尾を引っ込めた姿は巨石のように見えた。
 左吉と清五郎は慌てて左右に逃げる。
 百夜は地を蹴る。
 宙に舞った百夜の下を巨亀が転がる。
 百夜は刃で甲羅を突き、亀を飛び越えた。
 巨亀が消えると同時に、ぐらりと石段が揺れた。
 石段は青龍の姿に変じ、真っ赤な口を開けて百夜を呑み込んだ。
「百夜さん!」
 地面に転がった左吉と清五郎が叫ぶ。
 青龍の頭部から銀色の刃が突き出た。
 刃は一気に尾まで走る。
 切り裂かれた胴体から百夜が跳び上がった。
 百夜の足が地に着くと同時に青龍は消えた。
「百夜さん……」左吉が百夜に駆け寄る。
「四神を斬り殺しちまったんですか?」
「四神の姿に化けたモノだと言ったであろう」百夜は刃を鞘に収める。
「まぁ、それは見込み違いであったがな」
「四神の正体が分かったので?」
 清五郎が訊いた。
「まぁな。四神は、四神であった」
「じゃあ、やっぱり神さまを斬っちまったんで? クワバラ、クワバラ……」
 左吉は合掌した手を擦り合わせた。
「まぁ、神社まで行ってみれば分かる」
 青龍となったはずの石段は、前と変わらぬ姿で山頂まで延びていた。
 ずんっ!
 と、地響きを伴う轟音が巻き起こった。
 ずんっ!
 ずんっ!
 ずんっ!
 と、少し間を開けながら地響きは続く。
 百夜は石段を上る。
「大丈夫なんですかい?」
 左吉は石段の下から訊いた。
「怖ければ来るな」
 百夜は答える。
 清五郎は石段を駆け上がる。
「ちくしょう、この野郎!」
 左吉は清五郎に負けじと、一段抜かしで石段を走った。
「分かったから、もうおとなしくしろ!」
 百夜が山頂に向かって叫ぶ。
 地響きは止んだ。
 ころころと、石段を小さなモノが幾つか転がってきた。
 百夜は跳んでそれを避けた。
 清五郎は、それを右、左と手掴みした。
「あ……」
 清五郎は立ち止まって掌のモノを見た。
 追いついた左吉も清五郎の手の中を覗き込む。
「なんだ、こりゃあ?」
「栗の実とかやの実でござんす」
 焦げ茶色の木の実であった。
 二人の目の前を今度は平たいモノが漂う。
 清五郎と左吉はそれを捕らえた。
 清五郎が掴んだのは昆布であった。
 左吉は掴んだ感触に驚いて石段に叩きつけた。
「こっちは、腐れかけたスルメだぜ!」
 言って、左吉は顔をしかめ、掌についた汁を道端の蕗の葉で拭う。
 石段の上まで上りきった百夜は、強い気配が闇の中に立ち上がるのを感じた。
 高さは二十尺(約六メートル)を越え、横幅も同じくらいだろうか。長い足をもつモノが木々の暗がりの中から百夜に向かって歩み出てくる。
 胴体と思われる部分は、長い足から比べると扁平に思えた。緩やかな辺をもち、中央部が尖った三角形の影である。虫のようにも見えたが、足は四本──。
 〝それ〟は、体を揺すりながら百夜に近づく。
 大きな叫びが上がる。
 無数の人の声が重なり合ったような音だった。長く尾を曳くその叫びはなにか悲痛なものを感じさせた。
 百夜は〝それ〟が泣いているのだと思った。
「わたしは敵ではない」
 百夜は仕込み杖を持った手を無防備に下ろしたまま言った。
 〝それ〟は、再び叫び声を上げた。
「四神を斬ったのは、止むに止まれずだ。後から元に戻してやる。お前の望みは分かっている。叶えてやろう」
 〝それ〟は動きを止めた。
 本当か──?
 百夜は、そう問われている気がした。
「本当だ。お前の正体は分かっている。だから、お前の望みも分かっている」
 〝それ〟は三度叫んだ。
 その声はしだいに小さくなり、それにつれて百夜の眼前に迫った影も小さくなった。そして、社の側の建物、、、、、、に重なり、そして消えた。 
 百夜は石段の中程を上ってくる左吉と清五郎を見下ろした。
「早く来い」
 百夜は手招きする。
 二人は一気に駆け上がった。
 清五郎は息も乱れていなかったが、左吉は膝に両手を置いて荒い息を整えた。
 崩れかけた社殿が月光に照らされている。
「もう、正体は分かったであろう?」
 百夜は訊いた。
「四神に、栗、榧、昆布、スルメ──」清五郎は首を振った。
「皆目分かりやせん」
「米と塩もだ」
 百夜は付け加えた。
「それでもさっぱりで」 
「あっ!」
 左吉が頓狂な声を上げ、崩れかけた社の下の建物を指さし、そこに駆け寄った。先ほど、百夜に迫った大きな影が消えた場所である。
 四本の柱に支えられた東屋であった。下に四角い盛り土があった。
 奉納相撲のための土俵である。行司が打ち固めたそれは、半ば崩れて、四角く並べた細長い俵も所々土に埋もれていた。
「四角い土俵──、でござんすか?」
 左吉が訊いた。
「古の形を踏襲しているのだ。各地の神社の奉納相撲では、まだこの形の土俵を使うこともある」
「百夜さん、相撲に興味があるんで? 裸の男たちが組んずほぐれつ──」
「バカ。相撲は神事だ」
「あの──」清五郎が口を挟む。
「この土俵と、四神は、何か関係があるので?」
 すると、左吉が得意そうな顔で四本の柱を周り、下に落ちた布きれを拾って戻ってきた。
「さぁ、こいつの色はなんだい?」
 左吉は月光に中にそれぞれの布を掲げて見せた。布は鋭い刃物で断ち切られたように綺麗に切れていた。
「黒、赤、白、青──」清五郎ははっとした顔になる。
「四神の色でござんすね。ああ、そうか土俵の柱には四神が祀られているんでござんしたね。百夜さんが斬ったのは、これでござんしたか」
 現在、大相撲の中継などを見れば、切り妻の屋根の四隅に四色の房が下がっている。昭和の時代、国技館の土俵は吊り屋根となって、柱が無くなり、その代わりに房が下げられるようになったが、それ以前は柱に四色の布を巻いて、四神を祀っていたのである。
「では、栗や榧なんかは、どういう意味があるんで? あっしは相撲にはとんと疎いもんで」
 清五郎は頭を掻いた。
「それじゃあ、教えてやるよ」と、得意そうに左吉が言う。
「土俵を作る時、一番最後に土俵祭として、縁起を担ぎ、無事、怪我がないように取り組みが終わるようにと栗や榧の実、昆布、スルメ、米、塩を埋めるのさ」
「なるほど……」清五郎は肯いた。
「それじゃあ、最初はなっから土俵を現すモノが現れていたってことなんでござんすね?」
「そうだ」百夜は肯いた。
「四神は四本の柱。横切る影や撒き散らされた物は土俵祭の縁起物。地響きは力士の四股の音だ」   
「そうでござんしたか。しかし、なぜこの土俵はそんな怪異を起こしたのでござんす?」
「相撲の奉納のために作られた神聖な場であるのに、打ち捨てられ、忘れ去られて幾星霜。土俵は、もう一度、自らの上で相撲を取ってほしかったのだ。だから四神を飛ばした。本物の四神とは言えぬが、偽物とも言えぬ」
つくがみ、でござんすね?」
 左吉はにやりと笑った。
「まぁ、そうとも言えるな」
 百夜は言った。
「清五郎も付喪神がらみの話を運んでくるようになったかい。これで、百夜一家のさんしたくれぇにはなれたぜ」
 左吉は清五郎の肩を叩いた。
「左吉」百夜は怒った顔をする。
「わたしを付喪神専門の修法師のように言うでない」
 言って、百夜は石段を下りた。
「あれ? 百夜さん、怒っちゃいました?」
 左吉はへらへらと笑いながらその後を追った。
 清五郎は苦笑しながら石段に足を踏み出した。

         ※          ※

 竹造の家の板敷きである。
 村の者たちは帰り、板敷きには竹造とはつ、善右衛門と市兵衛だけが残っていた。
 百夜と左吉、清五郎は板敷きに上がって、顛末を報告した。
「左様でございましたか──」善右衛門は言って深く肯いた。
「それで、これからどのようにすればよいのでございましょう?」
「まず、磐座神社の社殿をなんとかいたせ」
「なんとかいたせと仰せられましても、先立つものが──」
「新しく建てよとは言うておらん。崩れかけた社を取り払うだけでよい。元もと、古い磐座は、社など設けずに拝んでいたのだ。村人たちが事あるごとに手を合わせれば、磐座にまします神もお喜びになる」
「分かりました。そのようにいたします」
「それから、土俵だけは直せ。そして、日を決めて年に一度なり二度なり、相撲を奉納いたせ。それで土俵も落ち着く」 
「それについても、そのようにいたしましょう」
「しかし、せっかく勧請したのだから、稲荷も疎かにするでないぞ」
「はい。肝に銘じて」 
「そうだ!」と、左吉が突然口を挟む。
「奉納相撲の名前、もももうなんてどうでござんすかね? 篝火を焚いて夜っぴて相撲を取るんでござんすよ。いい名物になりやすぜ」
「バカ。人の名前を勝手に使うでない」
 百夜は照れたように頬を赤らめた。
「いえ、それはいい案でございます。百夜さまの恩を忘れぬためにも──」善右衛門はそこで表情を引き締めた。
「それで、初穂料のほうはいかほど差し上げればよろしゅうございましょうか?」
「いらぬ。清五郎からもらっておる」
 何か言おうとした清五郎を百夜は手で制した。
「左様でございましたか」
 善右衛門は複雑な表情を浮かべた。
「離れていても村のことを気にかける男だ。これからは姿を見せても疎ましく思わないでもらいたい」
 百夜は言った。
 善右衛門は清五郎に向き直り、両手をついて頭を下げた。少し遅れて市兵衛も同様に頭を下げる。
「手を上げておくんなさい。この程度のことで、後足で砂をかけるようにして村を飛び出したあっしの行いが償えるとも思えません」
 言って、清五郎は慌てたように立ち上がり、土間に降りた。
「それじゃあ、あっしは一足先に」
 言って、清五郎は外へ飛び出した。
「市兵衛殿。まだ清五郎を許す気にはなれないか?」
 百夜は訊いた。
 市兵衛は答えずに頭を下げたままだった。
「そうか」百夜は溜息をつく。
「ならば、ゆっくりと考えてやるがよい」
 百夜は言って土間に降りた。
 左吉も続く。
「それでは竹造殿、はつ殿。清五郎がまた訪ねてきたならば、よろしく頼む」
「もちろんでございます。いつでも来いとお伝えくださいやし」
 竹造は言い、はつは微笑んで肯いた。
 百夜も肯き返し、竹造の家を辞した。
         ※          ※
「百夜さん。今回はなんていう名前をつけやすかね」夜道を並んで歩きながら左吉が言った。
「今回はちゃんと最初から関わらせてもらいやしたからね。名前のつけ甲斐があるってもんで」
「ならば、よほど立派な名をつけるのであろうな」
 百夜は笑った。
「〈さぶしの土俵〉なんてどうでやしょう?」
「名前のつけ甲斐があるとほざいた割りには、たいしたことのない名だ」
「そうでござんすか? あっしはうら寂しく、いかにもあの土俵にお似合いの名前だと思うんですがね」
 百夜と左吉が坂を上りきった時、道祖神の脇から清五郎が姿を現し、腰を折った。
「お手数をおかけいたしやした」
「二、三日、実家へ泊まって行ってはどうだ?」
 百夜は言った。
「いえ」と、清五郎は首を振る。
「あっしには、百姓は務まりやせん。家へ戻るつもりのない者が泊まって行っても、未練が残るばかりでござんす」
「ならば、せめて父君と仲直りしてはどうだ? 今ならば父君も許してくれるだろう」
「いえ。百夜さん。あっしのような弱い人間は、憎しみやしこりがあるからこそ、離れていても平気で暮らせるんでござんすよ」
「そうまで申すならば、致し方ないな。だが、いつまでも肩肘を張るものではないぞ。お前の心がもう少し故郷に傾いたならば、時を逃さず父に会うて、仲直りをせよ。人というものは、誰もが感じている以上に短命だ」
「へい。お言葉、肝に銘じておきやす」
 清五郎は言った。
 百夜たち三人は夜更けの道を江戸に向かって歩いた。
 十六夜の月が照らす銀色の草むらの中で、気の早い秋の虫が鳴いていた。

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著者紹介

平谷美樹
Yoshiki Hiraya

1960年岩手県生まれ。大阪芸術大学卒業後、岩手県内の美術教師となる。
2000年「エンデュミオン エンデュミオン」で作家デビュー。
同年「エリ・エリ」で第1回小松左京賞受賞。
「義経になった男」「ユーディット」「風の王国」「ゴミソの鐵次調伏覚書」など、幅広い作風で著書多数。

 
本田 淳
Atsushi Honda

1985年東京造形大学油絵科卒業。
(株)日本デザインセンター イラスト部を経て、(株)アイドマ イラスト部入社。
1992年独立。
広告業界に身を置きつつ、2001年より10年間ほど日本南画院展に出品。多数受賞。

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