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モーリー・ロバートソンのBOOK JOCKEY【第8回】丸裸の魂とダイヤモンド

国際ジャーナリストからミュージシャンまで、幅広く活躍中の「モーリー・ロバートソン」による連載の8回目。熱く、ほとばしる情熱がみなぎる、モーリーが歩んできた道のりに注目です!

<第8回>丸裸の魂とダイヤモンド

1996年、西アフリカ・リベリアの内戦で激しい戦闘が起きた。以前から不安定な情勢が続き、近隣のシエラレオネやギニア、コートジボワールでもクーデターや紛争が断続的に起きていたが、この年リベリアの首都モンロビアは政府軍といくつもの武装勢力の間で起こった戦火にさらされることになった。リベリアはもともと親米反ソ路線でアメリカの支持を得ていた。ところが1989年に反政府ゲリラだったチャールズ・テイラーの軍勢がコートジボワール側から国境を越えリベリアに侵入し、内戦が始まる。1990年に入ると戦火は全土に拡大。

当時のサミュエル・ドウ大統領は自分自身がクーデターで政権を取った人物だったが、アメリカに救援を要請するも事実上見放される。ドウは大統領官邸に篭っていたが反乱軍に突破され、捕らえられる。反乱軍「INPEL」の陣地に連行されたドウ大統領はリンチにかけられ、耳や指、鼻を切り落とされる拷問を受けた後、銃殺された。この一部始終を海外メディアのカメラクルーが現場で撮影していた。その後内戦は激化し、いくつもの勢力が入り乱れて戦闘を繰り広げる。

ナイジェリアを後ろ盾とした「ECOMOG=西アフリカ諸国経済共同体監視団」はリベリアに進駐するも、民兵や少年兵から成る軍勢同士の戦闘を傍観するのみだった。アメリカの奴隷制が終結した後で解放奴隷が住む国として建国された海岸沿いのリベリアは石油、金、ダイヤモンド、ゴムなどの天然資源に恵まれていたにもかかわらず、過酷な貧困に陥り、不安定な政情が常態化した。部族同士の抗争とも重なる内戦に欧米が介入することはなく、国連軍も来なかった。ECOMOGは名ばかりのPKO部隊を派遣したが、主に民兵や少年兵などからなる軍勢が衝突するのを止めるだけの力を持たず、積極的に人道介入する意志がそもそもなかった。

それぞれの軍閥の長はカラフルな「戦闘名」を名乗った。映画の主人公や映画俳優から取った「ランボー将軍」や「チャック・ノリス将軍」、風土病であるマラリアを媒介する害虫として恐れられる蚊を名乗る「モスキート将軍」、その将軍と敵対する「モスキート・スプレー将軍」など。

1996年4月6日、チャールズ・テイラーの軍勢は「ルーズヴェルト・ジョンソン派」の指導者を捕捉するため、大規模な攻勢に打って出る。この日、首都モンロビアの人口の半分は戦闘を逃れるために避難。「ルーズヴェルト・ジョンソン派」の部隊を率いる野戦司令官であったジョシュア・ブライはこの先頭の最中、素っ裸でトラックの上に立った。片手にはアサルトライフル、もう片手には切り取られた男性の性器を持っていた。ブライは全裸が銃弾を跳ね返す呪力をもたらすと信じ、銃と靴以外なにも身につけないまま戦っていたのだ。また、彼の率いる少年兵の部隊も同様にその呪力を信じて全裸で戦い、または呪力を身につけるため女性用のカツラをかぶり女装して戦闘に臨んだ。ジョシュア・ブライは「お尻を丸出しにした素っ裸の将軍=General Butt Naked」と呼ばれるようになった。

素っ裸で戦うことでブライは銃弾を跳ね返し、敵に見えなくなる呪力を持つと信じていた。また、戦闘前に呪力をチャージするため、捕らえた少女の背中からナイフを刺して殺害し、体内へと切り込んで心臓を取り出す。えぐり出された心臓を小さく細切れに切り、その場にいた少年兵たちに食べるよう命令。これにより、少年兵たちは不死身の呪力を得たと確信し、ある者は素っ裸で、ある者は女装して市街戦に向かった。ブライの部隊はドラッグや酒で常に正気を失った状態であり、全裸や女装によって恐怖心を麻痺させ、民間人から略奪を行い、切り取った首をサッカーボールのようにして遊んだ。

その後リベリアの内戦はいったん停戦を迎え、1997年にはチャールズ・テイラーが選挙で選ばれ大統領に就任する。しかしテイラーは隣国シエラレオネの軍勢に武器を提供して内戦を引き起こし、武器の代償としてシエラレオネで採掘されたダイヤモンドを受け取って密輸した。このダイヤは「血のダイヤモンド」と呼ばれた。テイラーと取引をしていたシエラレオネの軍勢「RUF=革命統一戦線」は村ごとの殺人、強姦、子供の誘拐、少年兵の徴用を行った。また、敵に恐怖を植え付ける見せしめとして片腕もしくは両腕、あるいは足の切断を行うことでも悪名が高かった。切断を実際に行ったのはマチェーテと呼ばれる長刀を持たされた少年兵たちだった。政権についたばかりのチャールズ・テイラー大統領は南アフリカの要人パーティーに出席し、そこで出会ったスーパー・モデルのナオミ・キャンベルにシエラレオネ産のダイヤモンド原石をプレゼントしたとも言われている。

テイラー政権は西アフリカ全域を不安定化させる存在とみなされ、アメリカなどから厳しい経済制裁下に置かれた。そのため内戦が終わっても国の復興はうまく出来ず、状況は悪いままだった。1999年には再びいくつもの武装勢力が蜂起し、第二次リベリア内戦が起きる。最終的に内戦が決着するのはテイラーが国外に脱出した2003年だった。その頃までにリベリアはことごとく戦火に焼かれていた。2006年、ナイジェリアに亡命していたチャールズ・テイラーはオランダの国際戦犯法廷で起訴され、「シエラレオネ特別法廷」で裁判にかけられる。

2010年8月5日にはスーパー・モデルのナオミ・キャンベルが証人喚問され、オランダの国際戦犯法廷に出廷。1997年にダイヤモンドの原石が入ったポーチをテイラー元大統領と会った際に正体不明の男たちから贈られたと証言。キャンベルは当初、
「ダイヤモンドを受け取った事実はない」
と否認し、後に、
「この件に関わると身に危険が及ぶ」
として法廷への出廷を拒んでいた。だが国際戦犯法廷への証言拒否には最長7年の懲役刑が伴うと警告され、いやいや出廷。報道陣には一切答えなかった。

2012年4月26日、64歳のチャールズ・テイラー元大統領に有罪判決が下された。50年間の禁錮刑だった。国際戦犯法廷での国家元首経験者に対する有罪判決は、ナチスドイツが裁かれたニュルンベルク裁判以来であった。

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