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モーリー・ロバートソンのBOOK JOCKEY【第8回】丸裸の魂とダイヤモンド

国際ジャーナリストからミュージシャンまで、幅広く活躍中の「モーリー・ロバートソン」による連載の8回目。熱く、ほとばしる情熱がみなぎる、モーリーが歩んできた道のりに注目です!

愛がファックで、ファックが愛

モーリーたちは上海を離れ、関西空港に着陸した。世界地図をちゃんと見たことがなかったのだが、上海と大阪は案外近い。こんなに近いと知っていれば、もっと前から行くべきだったと後悔するほどだ。韓国で警察に追いかけられ、16歳のこれから兵役に行かされる生意気盛りのパンクスと盛り上がり、国営ラジオで一言も反論ができない謝罪をさせられ、北京ではホテルのレストランやバーに突撃しては演奏し、上海ではヤオハンの食堂で向こう側へと突き抜けた。このすべてで、わずか1週間。大阪市内に入ると、数カ月ぶりに日本に戻ってきたようだった。ドトールやソフトクリームやフライドチキンがすぐそこにあり、言葉が通じる。夢のようだ。いや、わけのわからない東アジアと日本はどちらが夢の中なのか、よくわからない。

大阪市内の法華クラブにチェックインした。古いベッドのスプリングが弱いため、体重を乗せるとたわんでしまう。部屋はかび臭い。水の出も悪い。なんだこりゃ? 物価の違いで、北京や上海では四つ星ホテルに泊まれても、同じ価格帯だと大阪では思い切り落ちてしまうことを知る。あまり細かく考えず、その夜のライブ会場であるライブハウス「ベアーズ」に向かった。タクシーから見る夜の大阪は未来都市のように整然としている。

「ベアーズ」での本番。楽屋から出ると、会場はガラガラ。数えて8人しか来ていない。レコード会社はまったく宣伝をしなかったらしい。こちらがあっけにとられる。
「なんで誰も来ていないんだ」
とドラマーに英語で問われるが、答えようとして怒りがこみ上げ、
「それは全部がファックト・アップだからだよ! なんだよ、これは! おれたちは素晴らしいのに、畜生!」
と運の悪さを呪う言葉しか出てこなかった。次の瞬間「やるしかない」と思った。アメリカから地球の裏側、万里の長城にまで行って歴史を変えてきたその直後に、この仕打ちを受けた。この屈辱をけして忘れないようにしよう。大阪「ベアーズ」のこの夜を「8人の屈辱」と呼んで記憶に焼き付けよう。その念に突き動かされ、ガランとした会場に向かって真心をこめて演奏し、歌い、最後までセットをやりきった。途中で体力が急に電池切れを起こしたような感覚にも襲われたが、とにかくちゃんとやった。覚えてろよ、大阪。いつかお前ら全員、土下座させたる! 次は8万人だ!

東京に戻る。中国の熱烈歓迎と大阪の冷遇、魂の飛翔と墜落が交互に押し寄せたため、起きていても半分寝ているかのようにぼんやりする。戻った夜、J-WAVEの番組があった。本来なら凱旋会見をするぐらいの熱で報告をしなくてはならない。だが、ピントを鋭く合わせることができない。ソウルで大変だったんです…と解説を始めると、日本語で話していること自体がまどろっこしく感じられる。あのわけのわからない緊張感とインフラの弱さと下水の匂いとやたら上手い韓国料理とかわいい制服の女子学生たちと、お粗末な音の環境と降りしきる雨。これらは五感の全部で伝えることでしか、わかってもらえない。

見えない壁に遮られながら、体験を伝えようと語気に力を入れる。だが伝えようがない。東京でも言論統制が、実はあったのだ。東京には東京中で共有できる便利な日常があり、人それぞれ無限なバリエーションで出来事や体験が発生している。そう思える。けど、本当は大きな金魚鉢の中にみんないるだけで、その金魚鉢の外にある大混乱や感動や乾いた北京の空や酔っ払った鳩のまずさには届かない。東京のすべての人が一人一人、独自にあの中に突っ込んでいかなくては、魂が共鳴できない。マルコ・ポーロは、かつて行ったこともない日本を「黄金の国ジパング」としてヨーロッパに伝えた。今、20世紀の終わりにこのJ-WAVEのスタジオで精密機器に囲まれて声を電送しても、それほど伝えられる内容は増えていないのだ。3人が遭遇したあの異次元で飛び続けた鳥は、こちらの世界では力を失って落っこちてしまう。30分のうちに焦りが諦めに変わり、最後は執念へと落ち着く。焼けぼっくりになり、遠い将来の次のチャンスを思ってくすぶった。

2日挟んで、このツアー最後のライブを吉祥寺の「曼荼羅2」でやった。3人の出す音は息がぴったりと合い、兵隊のようにビシっとした精神状態が続いている。「曼荼羅2」はいっぱいだった。ステージに上り、ベースを持ち上げる時も、ベースの方から腕に飛び込んでくるほど、自然な感じだった。この日までに1000回だか2000回だかラジオのトークをし続けた勘定になるが、そのラジオの人格を上書きして余りある体験をくぐってきたばかりだ。ラジオの有名人が楽器を持っているのではない。全方位にミュージシャン、バンドマンとしての自己をこの瞬間、実現できる。1曲、また1曲と着実に3人でサウンドを押し出し続ける。「曼荼羅2」の音響は最高水準だ。アジアだけではなく、世界有数と思われるほど音がいい。自分たちのサウンドを理解するミキサーの愛情がモニターから返ってくる。世界を一周してきた3人に花束が渡されているようだ。

客の乗りはいい。しかもリリースしたばかりのアルバムを聴いてくれていて、曲を知っている。そもそも日本語が通じている。全部が、良すぎる。ぐるっと回って物足りなくなる一歩手前だ。しかし、この一瞬をとにかくキープしたい。前に飛び出したくなる心をぐっと押さえ、残る2人のメンバーの音を体で受け止め、音楽の会話をし続け、音だけを前に前にと安定的、継続的に押し出していく。伝わる。充実する。また伝える。こんな最高なセックスは、そうなかなか味わえるものではない。愛がファックで、そしてファックが愛である。

ツアーが終わった。気がついたら途中で資金切れを起こし、国際電話で両親に懇願して100万円を送金してもらっていた。ツアーが終わった直後にも資金がまた足りなくなり、もう100万円。アルバムを作ろうと決心した時、口座にあった金額は約350万円。夏の終わりまでに出費は700万円を超えていた。厳密に言うと借金を背負っていた。だがそれも遠いこと、他人事に感じられた。モーリー・ロバートソンは人生でやるべきことの半分ぐらいを達成してしまい、燃え尽きていた。いや、体の表面が鳩の丸焼きのように焦げ、魂が丸裸、丸出しの「Butt Naked」になっていたのだ。

夏はあっという間に過ぎる。この年の9月、開局したばかりの「パーフェクTV!」がナオミ・キャンベルを起用して大々的な広告キャンペーンを打っていた。ナオミ・キャンベルはイギリスのスーパー・モデルだ。南アフリカのセレブなパーティーに出席した夜、リベリアのチャールズ・テイラー大統領からダイヤモンドのプレゼントを受け取っていたはずである。

モーリー・ロバートソンのプロフィール

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日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍中。現在はフジテレビ「ユアタイム〜あなたの時間〜」(平日 23:30)、BSスカパー!「Newsザップ!」(月曜 18:00)、NHK総合「所さん!大変ですよ」(木曜 22:55)、テレビ東京「チャージ730!」(不定期・月曜-金曜 7:30)、ニコニコ生放送「モーリー・ロバートソン・チャンネル」(月2 )出演のほか、各誌にてコラム連載中。


モーリー・ロバートソンの過去連載記事はこちら
▶第1回:モーリーが、学生活動家「SEALDs」に読ませたい10冊
▶第2回:モーリーが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」①その青春の軌跡
▶第3回:モーリーが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」②その青春の軌跡
▶第4回:モーリーが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」③その青春の軌跡
▶第5回:モーリーが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」(最終回)
▶第6回:~もう一つのサザエさん~
▶第7回:~ロックは必ずしも反アベではない~

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