本との偶然の出会いをWEB上でも

ジャック・リーチャーが主人公の人気作に注目・今アメリカで一番売れている本は?|ブックレビューfromNY【第13回】

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの13回目。今回は、ジャック・リーチャーシリーズ21作目の話題作に注目します。

《アメリカ人》を探すため、政府のいろいろなデータベースを使って、メッセンジャーと《アメリカ人》が接触してたであろう時期にハンブルグにいたアメリカ人の膨大なデータのチェックが行われた。最終的に4か月間行方がわからなくなっている陸軍上等兵ウィリーの名が浮かび上がってきた。

一方、アジトのアパートからほど近い酒場で、アメリカ人とアラブ人の男が話をしていたという目撃情報があり、このアメリカ人の似顔絵が作成された。

次第に《アメリカ人》がウィリーであることが確実になってくるが、しかし相変わらず売り物が何か、どこに隠してあるかは何もわからなかった。ウィリーのバックグラウンド・チェックが始まった。テキサス州シュガーランド出身の陸軍上等兵で、軍ではあまり人と交わらず、秘密主義だったが、元同僚の兵士は、ウィリーが「おじさんから聞いたデイビー・クロケットの話がきっかけで軍隊に入った」と話していたことを証言した。

おじさんとは、元アメリカ陸軍下士官で20年間ドイツ勤務、退役後はテキサス州シュガーランドでウィリーの母親と同棲していたアーノルド・ピーター・メイソンのことだった。6年の同棲の後、ドイツですでに結婚していることがばれて、ウィリーの母親から家を追い出されてドイツに戻った。リーチャーは会いに行くが、脳腫瘍を患い記憶も定かではなかった。

一方、かつてアーノルドの上司だったウィルソン・T・ヘルムズワース陸軍少将から思わぬ証言がもたらされた。50年代冷戦のさなか、ドイツはアメリカ陸軍にとって対ソ連の前線基地だった。当時米国は大型核兵器の開発を行っていたが、同時に、対ソ連戦を念頭に地上戦で使える小型核の開発も行っていた。持ち運びできる正確な発射装置がなかったので、50ポンドの重さで兵士が背負って移動できるSADMと呼ばれる核兵器が開発された。兵士が核爆弾を運び、タイマーで起爆させる仕組みだったが、タイマーが最長15分しかなく、ヒロシマ級の威力を持つ核爆弾を設置して15分以内に安全圏に脱出することは不可能なので、兵士にとっては自殺ミッションになる。そのため、この小型核は使用されることはなく忘れ去られていた。このSADMこそが、当時軍関係者の間で「デイビー・クロケット」と呼ばれていたのだ。

40年前に、このデイビー・クロケット(SADM)が1箱(10個入り)紛失した疑惑があった。在庫数が書類上の数と合わなかったのだ。ドイツのアメリカ陸軍基地内など世界中が探索されたが見つからず、最終的には書類上のミスで、紛失はなかったと処理されていた。しかし、ヘルムズワース少将は、SADMが何者かに持ち出された可能性は否定できないと証言した。

アーノルドおじさんから聞いたデイビー・クロケット10個紛失の話を深く心に刻んだウィリーは、自分で爆弾を見つけ出そうと思い立って、32歳の時に新兵として陸軍に入隊、砲兵学校で学んだあと、志願してドイツ勤務になっていた。そして最終的に目的達成、爆弾を見つけ出してハンブルグまで運び、倉庫に隠したのだ。

ウィリーが付けたデイビー・クロケット10個で1億ドルの値段に、過激派組織は言い値のまま承諾した。1億ドルがスイスの銀行の自分の口座に入金されたことを確認したウィリーは、受け渡し場所の倉庫に向かう。

ウィリーを追って倉庫に到着したリーチャー達は、そこで瀕死の重傷を負ったウィリーを発見した。デイビー・クロケットはトラックとともに消えていた。買い手の過激派組織が荷物を受け取りに来たのはその直後だった。一足先に到着し、ウィリーを襲撃して荷物を持ち去ったのは誰か?

東西ドイツ統一後、経済的に疲弊し、政治的にも混乱していたドイツでは、ネオ・ナチズム運動が急速に台頭しつつあった。ハンブルグにも大きな極右組織ができて、酒場や警察などあらゆる場所に組織のネットワークを張り巡らせていた。このネットワークがリーチャー達の動きを察知し、デイビー・クロケットをトラックごと奪ったのだ。

リーチャーは爆弾を奪い返すべく、極右組織の本部が置かれた靴工場へと向かった……。

記事一覧
△ ジャック・リーチャーが主人公の人気作に注目・今アメリカで一番売れている本は?|ブックレビューfromNY【第13回】 | P+D MAGAZINE TOPへ