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【ランキング】アメリカのベストセラーを発表!ブックレビューfromNY<第20回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの20回目。バケーションシーズンに突入したアメリカではどんな作品がヒットしているのでしょうか?今回は1位の作品をピックアップします!

フィッツジェラルドの全作品「ギャッツビーと友達」

今月のリストの1位はジョン・グリシャムの“Camino Island”だ。今年1月の当コラムで、彼の前作“The Whistler”をレビューしたときにグリシャムに関しては簡単に説明しているので、今回は省きたいと思う。前作も含めグリシャムはリーガル・サスペンス(法廷小説)の作家として知られているが、今回の作品は、そんな彼の今までの作品とはちょっと趣を変えている。まず、法律家が主役ではない。弁護士や検事、判事、FBIは脇役にすぎず、主な登場人物は、小説が書けずに悩む31歳の駆け出し女性作家、リゾート地の書店店主と骨董家具店を営むその妻、保険会社の調査員、有名・無名の作家、そして窃盗団一味だ。

物語は、プリンストン大学のファイアストン図書館からF・スコット・フィッツジェラルドの自筆原稿5点が窃盗団によって盗まれるところから始まる。フィッツジェラルドは日本でも人気だが、アメリカでの人気はそれを上回り、1920年代のいわゆる《失われた世代》の作家の1人で、生存中は作品が売れず失意のうちに死没している。生前、長編小説を4作品(“The Side of Paradise”, “The Beautiful and Damned”, “The Great Gatsby”, “Tender is the Night”)しか出版しておらず、5作目の小説“The Last Tycoon”は、彼の死後残された未完の原稿と膨大な覚え書きを友人のエドモンド・ウィルソンが編集して1941年に出版されている。グリシャムの最新作“Camino Island” では、このフィッツジェラルドの『グレート・ギャッツビー』を含む小説5作品すべての自筆原稿が、彼の死後に娘のスコッティによってプリンストン大学のファイアストン図書館に寄贈されたという設定になっている[2]

窃盗団は5人組。4人が実行犯で、1人はバッファローの自宅から一歩も出ず、偽ID作りやハッキングが専門だ。前もって一味の1人であるマークはポートランド大学の非常勤講師を名乗り、フィッツジェラルドの研究をしていると称してファイアストン図書館を訪れ、内部を探っていた。犯行当日、実行犯の1人(トレイ)が図書館から離れた建物に発煙弾や爆竹を仕掛け、警察に「銃を持った男が無差別に発砲している」と電話、警察やSWATがその建物に集中している間に、バッファローにいるハッカー(アーメッド)が遠隔操作で図書館の警備システムや電源を解除、残りの3人(デニー、マーク、ジェリー)がまんまと自筆原稿を盗み出した。実行犯4人は隠れ家としてデニーが前もって借りていたペンシルベニア州ポコノスの山奥の山荘に盗んだ原稿を運び込んだ。当面、5点の原稿「ギャッツビーと友達」(Gatsby and friends)をこの山荘に隠し、リーダー格のデニーとトレイは山荘に残り、ジェリーとマークはいったん家に戻ることになった。

ところが、完璧に思えた犯行だったが、ジェリーが盗みの最中に(気づかずに)手首に小さな怪我をし、現場に残ったごく少量の血液から、犯罪歴のあるジェリーの身元が割れ、彼が戻る前にはロチェスターの彼のアパートはFBIの監視下にあった。ジェリーとマークはあっけなく逮捕された。と、ここまでのFBIの動きは素早かったものの、2人が一切口を割らず、逮捕を察知したほかの3人と5点の原稿「ギャッツビーと友達」は忽然と姿を消してしまった。捜査は完全に行き詰まったのだった。

カミノ・アイランドの名物書店

フロリダのリゾート地、カミノ・アイランド(小説上の架空の地名)には、「Bay Books」という名の書店がある。店主のブルース・ケーブルは1996年に元のオーナーからこの書店を買い取り、以来、新刊・古書両方の商いをしている。ブルースは自分の書店で各種の出版関係の催し物や、著者によるサイン会などを積極的に開催し、カミノ・アイランドに住む多数の有名・無名の小説家やライター、本好きの住民たちの中心的人物になっている。肩までの長髪、毎日色違いのシアサッカーのスーツを着て、蝶ネクタイ、素足でバックスキンの 靴というユニークな出で立ちのブルースは名物男なのだ。リゾート地なので観光客も多く、ブルースの本屋はカミノ・アイランドの観光の名所ともなっている。

ブルースは資産家の息子に生まれた。学業に身を入れないブルースに不満な父親のケーブルとの間には深刻な確執があった。その父は、ブルースがまだ23歳の大学生の時、急死した。遺産の大部分は遺言により、ある大学に遺贈され、ブルースには30万ドル(約3300万円)の現金が遺産として遺された。30万ドルは大金ではあるが、投資して5~10%の利息を得たところで、生活を維持できるほどの額ではない。彼は大学をやめて放浪の旅に出、最終的にカミノ・アイランドに行きついた。その間30万ドルには手を付けず、どう活かそうかと投資の研究もしたが、元々文学を勉強していたブルースにとって、投資という考え方は肌に合わなかった。カミノ・アイランドで仲良くなった書店のオーナーが引退を考えていることを知り、店を買い取る決断をする。そして、2006年に骨董家具店の経営者であり、インテリア・デザイナーのノエルと結婚した。

スパイになったスランプ女性作家

マーサー・マンは3年前からノースカロライナ大学の非常勤講師として1年生に文学を教えている。しかし、どうやら来年度の契約更新はなさそうだ。24歳の時に出版した処女小説が、ベストセラーとはいかないまでもハードカバーで8000部、ペーパーバックで1万6000部を売り上げた。批評家たちの受けも良く、マーサーは期待の新人作家だった。ところが、3年前に出版するはずだった2作目がまだ出来ていない。3年前に非常勤講師になった時には、大学の給料で生活を安定させて小説を仕上げるつもりだったが、今は、小説も出来なければ、大学もクビになりそうな危機的状況にある。

そんな時、奇妙な仕事を頼まれた。依頼人エレイン・シェルビーは保険会社の調査員だった。プリンストンで盗まれたフィッツジェラルドの原稿に掛けられた保険の会社である。捜査が行き詰まって6か月近くたち、このまま原稿が発見されなければエレインの保険会社は2500万ドルの保険金を支払わなくてはならない。しかし、大学は保険金よりも原稿が戻ってくることを望んでいる。保険会社はFBIとは別に原稿探索を続けていて、その捜査線上に1人の古書ディーラーの名前が浮かび上がった。カミノ・アイランドの書店店主ブルース・ケーブルだった。

マーサーは6歳から19歳まで毎年夏休みは、カミノ・アイランドに住んでいた祖母のテサと過ごした。2005年にテサがボートの遭難事故で死んで以来、カミノ・アイランドには一度も行っていなかったが、遺産として祖母のコテージの所有権の6分の1を相続している。現在この家は叔母ジェーンによって管理され、冬は叔母が、7月の2週間は姉のコニ―が家族とここで過ごし、その他の期間は貸別荘として使われている。そのようなバックグラウンドを持つマーサーだったから、保険会社は秘密捜査を依頼したのだった。3年遅れている2作目の小説を完成させるために祖母のコテージに滞在するという触れ込みで徐々にブルース・ケーブルに近づき、情報を探ってほしいというものだ。あまりに唐突な依頼で、一度は断ったマーサーだったが、危険なこと、違法なことは一切する必要がないと説得され、また大学から正式に契約更新しないと通知されたこともあって、6か月で10万ドル(1100万円)の報酬と教育ローンの全額返済の肩代わりという好条件に、依頼を引き受ける決心をした。叔母のジェーンと連絡を取り、カミノ・アイランドのコテージに6か月滞在する手はずを整えた。

年度末の試験が終わると、マーサーは身支度をして大学のキャンパスを後にした。カミノ・アイランドのコテージに落ち着いたマーサーは、保険会社のエレインの勧めで、カミノ・アイランドの作家やライターのコミュニティを仕切って《女王蜂》と呼ばれているミラ・ベックウィスに挨拶のメールを出した。人の良いミラはすぐに返事をくれ、作家仲間や書店のブルース・ケーブルと妻のノエルを招待して、マーサーを歓迎する夕食会を開いてくれた。マーサーはカミノ・アイランドの作家コミュニティに温かく迎えられ、ブルースやノエルともすぐに親しくなった。若い女性作家好きのブルースは、マーサーをランチに誘ったり、妻のノエルとともに夕食に招いてくれたりと親切だった。エレインの期待に応えるように、マーサーはどんどんブルースの懐深く入り込んでいった。ブルースは店の地下の厳重な保管庫もマーサーに見せてくれた。その中には貴重な本や頑丈な金庫が置かれていた。とはいっても、ブルースが「ギャッツビーと友達]を隠し持っているかどうかなどマーサーには探るすべもなかったし、保険会社も、店の地下に保管庫や金庫があることが分かっても、盗まれた原稿があるという確証がなければ動きようがなかった。

ところがある夜、ブルースはいいものを見せてあげるとマーサーを地下の保管庫に案内し、金庫の中から“The Last Tycoon”の原稿を出してきた。「盗まれた原稿を持っているなんて最低! 私を巻き込まないで!」とブルースの店から逃げ出したマーサーは、どうしたものか、一晩眠らずに考えてしまった。保険会社にすぐに知らせるのが彼女の任務ではあるが、ブルースを憎からず思っている今は、自分の告発でブルースが逮捕されて刑務所に入れられることを思うと悲しくなった。しかし、祖母のテサのことを考えた時、彼女なら正しいことは正しい、間違ったことは間違いと、決してブレなかっただろうと思い直し、保険会社のエレインに報告の電話をした――。

本好きにはたまらない作品

当然ながら、そのあと保険会社、FBI、フロリダの連邦検事も含めて大騒ぎとなった。はたして、FBIは「ギャッツビーと友達」をブルースの店から押収することができたか?
窃盗団の残りの3人はどうなったか? 驚きの結末に、乞うご期待!

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ニューヨーク・タイムズのレビューではこの小説に関し、「あたかもグリシャムは、ジョン・グリシャムの小説を書くことから休暇を取ったかのように読める」と述べている[3]
。ほとんどのグリシャムの小説では、読者は、アメリカの法廷や司法システムのなかで検事、判事、弁護士やその他の法律家がしのぎを削る深刻なサスペンスに、手に汗を握る。ところがこの最新作では、舞台は法曹界とはかけ離れた出版、書店、古書、作家の世界だ。小説が書けなくなった若い小説家のマーサーの周りで、ユニークな性格の本好き・作家好き・古書大好きの書店店主ブルースを中心に作家たちが独特のカラフルな世界を醸し出している。ペンネームでロマンス小説を書きまくっていたという《女王蜂》のミラとそのパートナーのリー、才能があるのにアルコール依存で小説が書けなくなっている作家のアンディ、売れない詩人のジェイ、吸血鬼や幽霊シリーズで売れているので《吸血ガール》(vampire girl)と呼ばれているエイミー、企業スパイ小説を書く元連邦刑務所囚人のボブ等々。“Camino Island”は犯罪小説としてのストーリーの面白さは言うまでもないが、同時に読者はアメリカの出版業界、書店や古書業界の現状を垣間見ることができる。本好き・古書好きにはまったく興味の尽きない1冊だと思う。(古)本好きの読者はきっとブルースの書店に魅了され、行ってみたいと思うことだろう。

[2]実際プリンストン大学はフィッツジェラルドの自筆原稿を所蔵していて、グリシャムは後書き(Author’s Note)でその事実を知らずにこの小説を書いたことでプリンストン大学に迷惑をかけたのではないかと陳謝している。

[3]https://www.nytimes.com/2017/06/12/books/review/camino-island-john-grisham.html

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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