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【ランキング】ラスト100ページで急展開のスリラー小説! ブックレビューfromNY<第30回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの30回目。娘を引き取ったことをきっかけに、崩壊の危機に陥る家族を描いた小説を解説します!

義理の娘殺人の容疑で裁判にかけられた夫

裁判が始まって10日目、ノアは妻マギーの娘アンナを殺害した容疑でまさに裁判長から陪審員の評決を聞こうとしていた。殺人罪か無罪か? ノアは傍聴席に妻マギーの姿を探したが、彼女の姿はなかった。思い返せば、いろいろな状況で、自分は間違った判断をしてきて、その結果がこの始末だと思い知ったのだった。
4年前に妻をがんで亡くしたノアは、小児アレルギー専門医。10歳になる息子カレブがいる。2年前に、離婚を経験しているマギーと知り合い結婚した。マギーはノアを深く愛しただけでなく、失行症(Childhood apraxia)のカレブに対しても心から慈しみ、セラピーや言語訓練に熱心に付き添った。ノア、マギー、カレブの3人はフィラデルフィアの郊外で幸せな生活を送っていた。

マギーには悲しい過去があった。若い時に結婚したが、17年前、娘が生まれると産後精神疾患(postpartum psychosis)にかかり入院せざるを得なくなった。そして入院中に夫のフロリアンから離婚され、生後6カ月の娘アンナの養育権も夫にとられてしまった。IT企業を起こし、その会社を売却したことで富豪になったフロリアンは、アンナを連れてフランスに移り住み、以後一切マギーはアンナと会うことができなかったし、送った手紙、クリスマスカード、誕生日カードに対しても返事はなかった。マギーは娘と会えない悲しみと、病気のためとはいえ娘を放棄した自分を許せない気持ちをずっと持ち続けていた。

イースターの日曜日、マギーは突然アンナからの電話を受け取った。アンナのことを片時も忘れたことのなかったマギーは歓喜した。フランスに住んでいると思っていたアンナは、意外にもメイン州にあるエリート寄宿舎学校に在学していた。早速次の金曜日にマギーはアンナに会いに行くことにした。アンナのことで心に傷を持っていたマギーのことをよく理解しているノアは、マギーがアンナと再会できることを心から喜んだ。

そして、アンナと電話で話した後、マギーは偶然ネットで元夫のフロリアンの死を知った。自分が操縦していた自家用機の墜落事故で、アンナを除く家族全員(再婚後の妻ナタリーと2人の幼い息子)とともに3月に死亡していたのだった。それで一人ぼっちになったアンナが自分に連絡をしてきたのかと納得したマギーだったが、一方でノアは、なぜ電話でアンナは父親が死んだことをマギーに伝えなかったのだろうかと、かすかな違和感を覚えた。

そして、4月21日(金)昼、マギーはメイン州の寄宿舎学校のある町のレストランでアンナと会った。美しく成長したアンナを見て、マギーは感激した。そこで初めて、アンナは父親と家族が飛行機事故で死んだことをマギーに告げた。そして驚いたことに、アンナは父親から「マギーはアンナを虐待した」と聞かされて育ったことを知ったのだった。マギーは、病気でアンナの育児ができなくなり、入院することで、結果的にアンナを放棄したことになったが、虐待したことは一切なかったことをアンナに説明した。それを聞いてアンナのぎこちなさが少し和らいだようだった。話をするうちに、フロリアンが新しい妻やその子供中心の生活を送っていて寄宿舎学校に追いやられたアンナ、寄宿舎学校で友だちがあまりいなくて孤独な学生生活を送っているアンナの姿が浮かび上がってきた。今の学校をやめたいと言うアンナに対して、思わずマギーは自分と一緒に住まないか?と聞いた。

大喜びでマギーと住みたいと言うアンナだったが、養育権を持っていない自分がアンナを連れて帰ることについて、学校としても、法律的にも大丈夫なのか確かめるために、マギーはその日の午後、アンナが学校でアドバイスを受けているスクール・カウンセラーのエレンと、アンナのための信託(フロリアンがアンナの学費や経費のために設置した)の管理をしている弁護士のジェームスと会うことにした。その前にマギーは自分がアンナを虐待していなかったことを証明するために、養育権係争の時の文書のコピーを家にいるノアに頼んでエレンとジェームス宛てにメール添付で送ってもらった。この文書にはマギーが病気でアンナの養育が困難なために夫のフロリアンが養育権を勝ち取ったことが記録されていて、幼児虐待に関しての記述は一切ない。

カウンセラーのエレンは、アンナはもともとおとなしく、あまり友達がいなくて孤立しがちだったこと、特に父親の死後は軽度の鬱の兆候が見られたことをマギーに話した。そして母親から幼児期に虐待を受けていたとアンナから聞いていたが、養育権係争の時の書類を読んで、その事実はなかったことを確認し、唯一の親であるマギーがアンナを引き取ることに学校としても何も問題がないとマギーに告げた。

弁護士のジェームスも、虐待がなかったことを確認した。そしてジェームスは次のように話した。現在の信託はフロリアンによってアンナのために設置され、アンナの学費、生活費を賄っている。18歳になるまではアンナは未成年なので、フロリアンが亡き後、(幼児虐待という事実はなかったのだから)養育権が母親のマギーに移るのは自然のことなので、家庭裁判所に請求を出せば許可はすぐ下りるだろうと言った。そして以後、アンナの将来に関し、マギーが法律的な判断を下す権利があること、アンナがノアとマギーの家で一緒に住んだとしても、アンナに関する学費や経費はすべて信託から支払うことができることを伝えた。現在この信託は、フロリアンの雇った投資会社による投資の成果で300万ドル(3億円以上)の資産価値がある。300万ドルという金額の大きさに驚いたマギーだったが、続くジェームスの話はさらにマギーを驚かせた。結局フロリアンの家族で生き残っているのはアンナだけなので、唯一の相続人ということで、5000万ドル(約53億円)の遺産がアンナの信託に入ってくる予定だということだった。そしてアンナが成人に達するまで、この信託に関しては養育権のあるマギーに法的権限がある。

その日の夜、アンナは寄宿舎の自分の部屋にある荷物をまとめ、マギーの車に積み込みこんだ。そしてその夜はマギーとアンナは町のホテルに初めて一緒に泊まり、翌朝(4月22日)早く自宅へと車を走らせた。連絡を受けていたノアとカレブは、2階のノアの書斎だったベッドルームをアンナの部屋にするため、書斎を地下に移動させ、アンナの到着を待っていた。夕方、一家はショッピング・モールに行き、アンナのベッドを注文し、シーツなど必需品を買いそろえた。マギーはアンナが家族の一員になったことの喜びで胸がいっぱいだった。

判決は殺人罪で有罪

ノアは、マギーからアンナの信託やフロリアンの遺産について聞いた時、だからといってアンナだけが贅沢な消費をすべきではなく、普通の高校生としての生活をしてほしいと願った。だから、来て早々、通学用にレンジローバー(Range Rover)の新車を買いたいとアンナが言ったとき、断固反対し、高校生らしく中古車を月賦で買うべきだと主張した。

しかし月曜日、マギーがアンナを高校にあいさつに連れて行った帰り、アンナがちょっと見るだけというので、ランドローバー(Land Rover)のディーラー店に行くと、すでにアンナが買い上げた黒のレンジローバーが引き取りを待っていた。週末のうちにアンナはネットで注文し、月曜日の朝には弁護士のジェームスが払い込みを終わらせていた。ノアが何と言うだろうと重い気持ちで帰宅の途に就いたマギーだったが、案の定ノアの怒りが爆発した。

ノアとアンナのすれ違いは急速に進み、間に立ったマギーの心労は重なって、家庭内のギクシャクのストレスで、快方に向かいつつあったカレブの失行症もぶり返してしまった。そして極めつきは、アンナがノアから性的虐待を受けたと正式に訴えを出したことだった。ノアは身に覚えがないと完全否定した。5月8日に裁判所で審問が行われ、ノアとアンナの主張は完全に平行線をたどったままだった。しかしマギーが間に入り、ノアが自主的に家を出て別居するということで、アンナも訴えを取り下げた。そのままノアは自宅に戻らず、別居した。

その2日後の5月10日夕方、ノアの別居先の家の庭先でアンナの絞殺死体が見つかった。発見し、警察に通報したのはノアだった。その後アンナの携帯電話にノアから「夕方マギーに内緒で家に来るよう」伝えるメールが入っていることがわかり、ノアの携帯にその発信記録があったことから、ノアがアンナ殺人の容疑者として逮捕された。しかし、ノアはこのメールは自分が送ったものではないと主張した。

ノアは裁判で一貫して無罪を主張した。検察側にはノアを犯人と断定する決定的証拠がないものの、状況は、アンナがノアを性的虐待で訴えたことも含め、限りなくノアに不利だった。ノアの友人でもある弁護人のトーマスは、決定的証拠がないまま決め手に欠く検察側に対し、落ち着いた弁護を展開した。しかし、どうしても自分が証言して無罪をマギーに信じてもらいたいノアは、トーマスから証言は必要ないし逆効果の可能性もあると忠告されたにもかかわらず、証言台に立つと言い張り、トーマスは渋々承知した。トーマスの懸念したとおり、ベテランでやり手の検事リンダの巧みな反対尋問の術中にはまったノアは、次第にトーマスの忠告を忘れ、余計なことをしゃべり、墓穴を掘っていった。

判決の前日に検察側が取引を申し出てきた。トーマスによれば、このままでは「第一級殺人罪」で有罪になる可能性が高いが、検察側も最後まで決定的証拠を欠いていて、陪審員の評議が長引いていることに神経質になっているということだった。そこで、もし罪を認めれば、「第一級殺人罪」ではなく「第三級殺人罪」にするという取引を検察側が申し出てきたことをノアに伝えた。「第一級殺人罪」で有罪になれば、刑は死刑か終身刑(仮釈放なし)だが、「第三級殺人罪」なら懲役刑で仮釈放の可能性も出てくるので、将来息子のカレブとまた会えるかもしれないから、悪い話ではないとトーマスはノアを諭した。しかし、ノアは自分の命よりも何よりも、自分の最愛の妻と息子に自分が無実であることを信じてもらうことが最優先だった。だから減刑のために罪を認めることは絶対に嫌だと突っぱね、トーマスもノアの意向を尊重せざるを得なかった。

そして、裁判10日目、陪審員の評決は「第一級殺人罪で有罪」だった。

物語の結末は?

判決後、ノアはペンシルバニア州のグレートフォード重警備刑務所に移送された。

一方、マギーはアンナを失ったことと、ノアがアンナの殺人犯として裁かれたことのショックから立ち直れずにいた。しかし、何としてもカレブを育てていかなければならないと、その気持ちだけで日々を過ごしていた。ところが11月になってマギーは突然アンナのスクール・カウンセラーだったエレンから電話をもらった。彼女はしばらく学校から長期休暇を取っていて父親の病気の看病をしていたため、アンナの事件のことを全然知らずにいた。そしてほんの数時間前にたまたまネットで事件のことを知り、慌てて電話をかけてきたのだった。この電話をきっかけに、マギーの大活躍が始まり、事態は思わぬ方向へ急展開することになる。

●果たして嘘をついていたのはノアだったのか、アンナだったのか?
●そして予想もしなかった結末とは?

この小説の読者は、ストーリーの時系列の構成のユニークさにすぐ気づくと思う。1章ごとにノアの章とマギーの章が交互になっている。ノアの章はすべてアンナの事件の後の話で第1章は裁判10日目から始まり、章が進むに従い過去にさかのぼっていく。マギーの章は第2章からで、アンナからの電話で始まり、そのあと時系列どおりにストーリーは展開していく。過去にさかのぼっていたノアの章とストーリーが前に進んでいったマギーの章がアンナの殺人事件で同じ時点で重なり、その後は、ノアの章はノアの有罪判決、重警備刑務所への移送、刑務所での危険な出来事などが時系列に沿って語られ、マギーの章も並行して語られていく。読者はノアの章とマギーの章を交互に読みながら、ストーリーの全体像を膨らませていく。同じ出来事に関し、マギーの章で語られていることと、裁判でノアが思い出していることが微妙に違っていることなど、いったいどちらが真実に近いのか疑問を抱き、なかなか興味深い。そして最後の100ページで物語は急展開、すべての真実が一気に明らかになっていく。

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1955年生まれの作者のリサ・スコットラインはペンシルバニア大学ロースクール出身の弁護士だったが、出産をきっかけに法律事務所を退職して小説を書き始めた。1994年“Final Appeal”(邦題:最後の訴え)でエドガー賞(ペーパーバック・オリジナルミステリー部門)を受賞した。以来30作以上のベストセラー小説を出版している。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

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