本との偶然の出会いをWEB上でも

【先取りベストセラーランキング】革命で引き裂かれた3人の女性の運命は…… ブックレビューfromNY<第42回>

NY在住のジャーナリスト・佐藤則男が紹介する、アメリカのベストセラー事情と、注目の一作をピックアップするコラムの42回目。今回は、実在の人物をモデルにした、ロシア革命で引き裂かれた3人の女性をめぐる歴史小説を紹介します。

キャロライン・フェリデーの母、イライザ

“Lost Roses”の著者マーサ・ホール・ケリーは米国マサチューセッツ州ミルトン生まれ。子供の頃から読むこと、書くこと、そして歴史が大好きだった。長く広告業界でコピーライターとして働いたが、2016年に処女作となる歴史小説、女性3人を主人公にした“Lilac Girls”を出版した。第二次世界大戦中にポーランドの女子専用ユダヤ人強制収容所で迫害を受けて生き残った女性達の救済に力を尽くした実在の女性で、社交界の名士であり慈善家のキャロライン・フェリデーを主人公の一人にしたこの小説は一躍ベストセラーとなり、ケリーは女性の視点で近代の女性の自立や活躍を描く歴史小説の第一人者としての地位を瞬く間に築き上げた。

そしてケリーは処女作出版から3年後の今年4月、キャロライン・フェリデーの母イライザ・フェリデーを主人公の一人にした第2作目、やはり女性3人を主人公にした“Lost Roses”を出版した。この物語には、子供時代のキャロラインも登場する。

イライザとソフィア

ロマノフ王朝の貴族の娘ソフィアとルバの姉妹と、アメリカ人のイライザ・フェリデーは1912年の夏、3人でフェリデー家のパリのアパートで一週間楽しい時を過ごした。ソフィアとルバの父はロシア皇帝ニコライ2世の従兄で、前の年、姉妹の母親である妻を亡くし、2度目の妻とハネムーンに出かけていた。イライザは、夫のヘンリーと娘のキャロラインより1週間早くパリに来て、ソフィアとルバ姉妹と落ち合った。母親の急死と父の再婚で気が滅入っていた姉妹にとって、イライザと過ごしたパリは夢のように楽しい1週間だった。

2年後の1914年5月、サウサンプトン[2]のイライザの母の家に、今は結婚しているソフィアと夫のアフロン、ソフィアの父のイワンと2度目の妻のアグネッサが招かれていた。ロシア政府の財務大臣をしているイワンと、イライザの夫のヘンリーは、ロシア産の毛皮の取引で仕事上の関係があり、両家は家族ぐるみで親しく、ソフィア達はちょうどアメリカに滞在中だった。そしてその夜、妊娠中のソフィアに急に陣痛がおこり、長男マックスウエルが誕生した。ソフィアは出産後2週間サウサンプトンの病院で過ごした後、サンクトペテルブルグへ一家とともに戻った。その時イライザは夫のヘンリーと娘のキャロラインをアメリカに残し、8月にはアメリカに戻ると約束をして、ソフィアたちに同行した。

サンクトペテルブルグ市内の一等地に建つタウンハウスは、ロシア貴族であるイワンが贅をつくした豪華な邸宅で、イライザはソフィアやルバと楽しい時を過ごした。経済が疲弊し、民衆が貧困にあえいでいたロシアでは、ボルシェビキが台頭し、各地で農民や貧困者によるストライキが起こり、暴動、反乱もあった。しかし、首都サンクトペテルブルグでは表面的にはそんなに緊迫しているようには見えなかった。アメリカに戻る前の晩、イライザは、皇帝の母の住む宮殿アニチコフ・パレスで行われた仮装舞踏会に、ソフィア、イワンの妻アグネッサとともにでかけた。しかし、ロシア滞在の最後の大イベントになるはずだった舞踏会は、銃を持ち自由を掲げる男の乱入により中断されてしまった。

次の日、政治的に不安定なロシアに残るソフィアやその家族のことを心配しながら、イライザはロシアを去り、アメリカへと向かった。そして無事家に帰った直後、ドイツがフランスに対し宣戦布告をし、第一次世界大戦が始まった。

ヴァリンカ

1916年、ソフィアの父イワンは、治安が悪くなったサンクトペテルブルグに住み続けることは危険であると判断した。2年前ドイツがロシア、フランス、ベルギーに宣戦布告して以来、ロシアは内政的にも外交的にも危機的状況に陥っていた。イワンはロシア北部マリノフに広大な領地と邸宅を持っていたので、一家でそこに移り住んだ。サンクトペテルブルグから一緒に来たマックスウエルの子守りがこの地になじめずに家に帰ってしまったため、ソフィアは現地の娘ヴァリンカを子守りとして雇った。

父親は腕の良い金物細工職人だったが数年前に亡くなり、ヴァリンカは森の中で母と2人、父が建てた小さな家で暮らしていた。父の見習いだったタラスは家の離れに住んでいるが、森で狩りをしていて何日も不在のことが多い。父の死後、ヴァリンカと母は経済的に苦しい生活をしていた。ヴァリンカの母のカード占いはよく当たると近隣では評判で、イワンの妻アグネッサが占ってもらいに来るほどだった。それが縁で、ヴァリンカは子守として雇われることになった。

サンクトペテルブルグから遠く離れたマリノフの地にも、だんだんボルシェビキなど革命勢力が力を伸ばして治安が悪くなってきた。軍人であるソフィアの夫のアフロンが対ドイツ戦に参戦するためフランスへの出征が決まった時、イワンはもはや妻と娘2人、幼いマックスウエルとマリノフの地にとどまることは安全ではないと判断し、アフロンがいなくなった後は一家でロシアを去ることを決心した。しかし時すでに遅く、アフロンが去った直後、邸宅はボルシェビキに先導された地元民たちに占領され、一家は敷地内の納屋に幽閉されてしまった。邸宅にボルシェビキ一隊が入った時、ヴァリンカは2階の育児室でマックスウエルと一緒にいたが、とっさに幼子を連れて屋敷の裏口から外へ逃げ出した。

ロシア人亡命者への支援活動

一方、アメリカに戻ったイライザと夫のヘンリーは、病気がちの娘キャロラインの健康のために空気の良いところで暮らそうと、コネティカット州ベツレヘムの古い農場を別荘として買い取った。ところがその直後、ヘンリーは雨に濡れたことが原因で重い肺炎にかかり、看病の甲斐なくマンハッタンの自宅で亡くなった。イライザは何も手につかなくなった。そして、それまで頻繁に届いていたソフィアからの手紙も来なくなっていた。

ロシア革命後、ニューヨークには多くのロシアからの亡命者が押し寄せた。ヘンリーの死の悲しみの中にあったものの、消息の途絶えたソフィアを心配したイライザは、亡命者からソフィアに関して何か情報がないかと聞いて回るうちに、彼らが、特に女性や子供たちが劣悪な環境に置かれていることに気付き、救済のための支援活動を始めた。ロシア人女性の働く場所を見つけたり、女性たちの作った手芸品や人形を売るバザーを開いたりし、そのロシア人支援活動は次第に新聞などでも取り上げられるようになっていった。

1918年、イライザはロシアから送られた小さな小包を受け取った。送り主の名前は無く、中には七宝焼きのブレスレットが一つ入っていて、「これを大事に守っていてください。これは私が持っているすべてです。私たちの大好きな都で会いましょう。」という明らかにソフィアの筆跡のメモが入っていた。ブレスレットは美しい七宝焼きだが別に高価なものではなく、なぜソフィアがイライザに託したのかわからなかった。疑問を解くためには、どうしても「私たちの大好きな都=パリ」に行くしかない、とイライザは思ったのだった。

大好きな都、パリ

ヴァリンカ母子と同居していたタラスは、ロシア革命の混乱の中でボルシェビキの幹部にのし上がっていった。そして、ヴァリンカと母はマックスウエルとともに、ずっとタラスと一緒に暮らしていた。1917年、革命政府はタラスをパリに派遣した。そしてヴァリンカ母子と、今やヴァリンカが本当の子供のように愛情を注いでいるマックスウエルもパリに移り住んだ。

幽閉されていた邸宅の納屋から一人抜け出したソフィアは、困難の末、ウクライナを経てロシアから脱出した。そして1年をかけて1919年1月、陸路でやっとパリにたどり着いた。

1919年、イライザはパリに着いた。第一次世界大戦が終結し、アメリカからヨーロッパへの渡航もやっとできるようになっていた。

●果たして、イライザは、パリでソフィアに会うことができたのだろうか?
●そしてソフィアがロシアから送ってきたブレスレットとメモの謎は解けるのか?
●ソフィアと一緒に幽閉されていた父親イワンやその妻アグネッサ、妹のルバはどうなったのか?
●出征したソフィアの夫アフロンは無事なのか?
●ソフィアは、生き別れになっていた最愛の息子マックスウエルと再会できたのか?
●ヴァリンカ母子はどんな因縁・関係でタラスと同居し続けていたのか? そして3人はずっと同居し続けるのだろうか?

*******************

この物語は、環境も育ちも年齢も全く違う3人の女性が主人公である。裕福な家庭に育ったアメリカン人でティーンエイジャーの娘を持つイライザ、ロシア貴族の娘で軍人の若妻のソフィア、そしてロシア人の貧しい娘ヴァリンカが、ロシア革命と第一次世界大戦という激動の時代に、どのように関わり合い、そして引き裂かれ、苦難の末、パリでまた出会うことになるのか。20世紀の初頭、まだ女性は男性より一段下とみなされていた時代に、3人の女性は夫や父親に頼ることなく、自分で運命を切り開いていった。そして、彼女たちの独立心や勇気は確実にイライザの娘キャロラインに引き継がれ、成人したキャロラインは、後に“Lilac Girls” で描かれたように、第二次世界大戦中、ナチスドイツから迫害にあったヨーロッパの、特にポーランドの女性達の救済のために活躍することになる。

イライザは実在した人物で、著者マーサ・ホール・ケリーはイライザ・フェリデーに関して綿密なリサーチを行っている。イライザと夫のヘンリーがキャロラインの健康のために買ったコネティカット州ベツレヘムの家は現在、「Bellamy-Ferriday House and Garden」という名前で一般公開されている。ソフィアは実在した人物ではなく、ロシアの亡命貴族のいろいろな自叙伝に触発された著者によって作り上げられた人物像で、ヴァリンカもやはり想像上の人物だと著者は述べている[3]

マーサ・ホール・ケリーは現在、時代を南北戦争時代にさかのぼり、イライザやキャロラインの祖先の女性、奴隷解放運動のために戦ったJane Eliza Newton Woolseyについての物語を執筆中だという[4]

[2]ニューヨーク州ロングアイランド(サフォーク郡)にある海辺の町。マンハッタンに住む富裕層の避暑地として栄えていた。
[3]「Author’s note」、p.424-425
[4]「Author’s note」、p.427

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

記事一覧
△ 【先取りベストセラーランキング】革命で引き裂かれた3人の女性の運命は…… ブックレビューfromNY<第42回> | P+D MAGAZINE TOPへ